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第二十四話 秘剣、魔獣を降す

「グル……ウッ!?」


 ユーリアに向けて黒犬の口を開き、炎を浴びせようとするキマイラ。近づかれる前に焼き尽くすつもりだ。軽く息を吸い……その瞬間にはもうユーリアは目の前だった。一瞬で目の前までこられたキマイラにしてみれば、移動というより瞬間移動に近い。

 ガンッ! と、獅子の頭部が真下からの凄まじい衝撃で揺れた。ユーリアはその細い足で、獅子の顎を蹴り上げたのだ。


「ガルァァァ!」

「はっ!」


 背中の黒犬の首が口を広げる。その奥から噴き出した灼熱の炎は、一瞬前までユーリアがいた舞台の表面を舐めただけだ。彼女は全身がバネであるかのように跳躍している。ブーツのつま先が獅子の頭部を踏む。少女の身体はさらに高く飛んだ。


「んー……だっっ!!」


 高く飛び上がった空中で、ユーリアは両手の掌をキマイラの巨体へ向けた。全身全霊の魔撃マナ・ボルト


 ドゴォッ!


 天空の巨神が振り下ろすハンマーのように、魔力の塊がキマイラの全身を真上から押しつぶしていく。


「あの女の子は何者だぁ!?」

「魔獣を素手で……凄い!」


 観客の驚愕の声と、キマイラの苦痛の声が重なる。


「グルオォォォォォ!?」


 あまりの重圧に、キマイラは舞台の上に突っ伏した。ユーリアがその背中に落ちてきて……ぽんと獅子の頭部を踏んでから受け身をとり、着地する。


「お父さん!」

「おお!」


 ディランは長剣を中段に構え、這いつくばるキマイラの正面に立った。

 獅子、黒犬、そして毒蛇の三つの頭が六つの目で睨みつけてくる。


「ガルゥゥッ」


 ユーリアの魔撃で殴りつけられ痺れた身体だったが、六つの瞳の憎悪は燃え盛っていた。だが。静かに構えるディランの茶色の瞳と視線があった瞬間。


「……ガッ!?」


 キマイラの巨体がびくりと震えた。過酷な環境を生き抜いてきた魔獣の本能が、目の前の人間の強すぎる殺気に恐怖したのだ。視線を外すことができない。


「……ふぅー」


 ディランは、キマイラの恐怖と憎悪と殺意に濁った意識の流れ――『気』を感じていた。自らも精神を集中し、鋭く鋭く尖らせていく。

 ゆっくり剣を上段へ。キマイラはその剣先に注目せざるを得ない。キマイラの意識が、徐々に誘導されていく。

 実際には一秒程度だったろう。ディランの『気』が、キマイラの『気』を飲み込んだ。


「喝っっ!!」

「…………ッ!!??」


 裂帛れっぱくの気合。空を裂いて振り下ろした剣先は獅子の顔の目前で停止した。

 物理的にはそれだけのこと。だが、キマイラは自らの命そのものが真っ二つにされる感覚を味わっていた。


「ギ……」


 ズズ、ンと。 魔獣は舞台の上に転がった。三つの頭部は白目を剥き、口から泡を噴き出している。完全に気絶していた。


「ふぅー……」


 ディランは、額の汗を拭い大きく息を吐いた。


「……あれ? 倒しちゃった……?」

「何だこれ、何だこれ、どういうことだよ……」


 ユーリアは呟くだけの余裕があったが、セオドールは完全にオーバーヒートしていた。

 ディランとしても、別に彼に義理はない。ユーリアの頭を優しく撫でてやり。


「『気殺きさつ』という技だ。ま、言ってしまえば暗示とか瞬間催眠術みたいなものだが」

「おおー。ああいうやり方もあるんだね!」


 久しぶりに見た父の技に、ユーリアは興奮して抱きついた。その背中を撫でてやりながら、ディランはセオドールを見る。


「気絶してるだけだ。早く魔術師を何人か連れてきて処理するか、厳重に拘束するかしておいてくれ。キマイラが取り込んだ能力は一日くらいで消えるから、できれば拘束が良いと思うが」

「……ぅ、あ……あ……。い、言われなくてもなぁ! 起きろ! 能無しども!」


 呆然としていたセオドールは、気絶していた騎士を蹴飛ばし怒鳴り散らす。重傷を負った騎士も多かったが、死人はでていないようだった。




「し、死んだのか? 魔獣が……」

「あの男がやったのか!?」

「わけがわからないが……ただ者じゃない」


 観客たちも、事態に頭がついていかないようだった。困惑と混乱は静まる様子もない。まあいずれにしても、劇の続行は不可能だろう。

 そこへ。


「ユーリアーー! あんた最高だよぉーー! おじさんもカッコイイーー!! 愛してるぅー!」

「拍手喝采!」


 客席の一角から、天に届くようなソプラノの歓声と、力強い拍手が響いた。アイネとブルダン。


「う、うむ……確かに素晴らしい技だった!」

「女の子がキマイラを蹴飛ばしたもんな!」

「可愛らしいわぁ!」

「あの男、魔術器アークも使わずに魔獣の首を落としていたぞ!」

「剣で触れもしないで、どうやって魔獣を倒したんだ!?」


 二人の歓声と拍手は加速度的に観客席全体に広がった。熱狂的な歓呼となって、闘技場を満たしていく。


「あの男……もしかして武王じゃないか?」

「そういえば、見覚えがあるような……八武王のディランに似ているぞ!?」


 中には、中年親父となったディランの若かりし頃を思い起こす者も出始めている。


「あわわ……どうしようお父さん」

「ううむ。これは……」


 通りすがりの一般市民なら、通用門から退散することもできるだろうが。非番とはいえ衛兵という立場ではそうもいかない。

 結局、ディランはその後の後始末を手伝わされ、ユーリアも付き合うことになった。




 拍手と歓声はなかなか止まなかった。

 観客たちは初めて見た本物の武人と、可憐な少女の恐るべき戦いぶりに熱狂している。


 が。

 客席の中央、皇帝と側近が座る貴賓席は少々様子が違っていた。

 内務卿、軍務強に、魔装騎士団団長、もう一人の副団長。『オステオの涙』を企画運営した侯爵や、その他上級貴族。

 帝国政府の重鎮がずらりと顔を並べている。苦々しい顔、懐かしむ顔、小さな笑み、嘲笑。様々な表情を浮かべている。


「ディラン・マイクラントか。……変わらんな、彼は」


 『懐かしむ顔』。そんな表情を浮かべ呟いたのは、ヴァリアール帝国皇帝その人だった。


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