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第二十三話 不死身の魔獣 VS 武術

「マジだよ! マジであの魔獣、犬の魔獣の首が生えて……!」

「身体も巨大している模様」


 観客席。

 事前に話を聞いていたアイネとブルダンも、魔獣キマイラの出鱈目な能力を見て驚愕していた。


「ちょっと、ここからだと逃げられない……。二人とも、しっかり手を繋いで。絶対に離れないで」

「う、うん」

「承知っ」


 ユーリアは鋭い声で友人に指示を出した。他の観客たちは、騒いではいるもののまだ逃げ出す者はいない。魔装騎士と風の障壁を信じ切っているのだろう。

 まだ混乱はないが、満員の客席が空くわけではない。慌てて逃げると、かえってパニックを誘発する可能性もあった。ユーリアはぎり、と歯噛みする。



 舞台では魔装騎士たちが慌てていた。

 やっかいな魔術を使う山羊の首のない、楽勝の相手と思っていたキマイラが、新たに魔犬の首を生やしたのだ。しかも、その体格は確かに一回り以上巨大化している。

 とはいえ。


「こ、こけおどしだっ! 火竜槍で殺せ!」

「りょ、了解!」


 よろよろと立ち上がりながらセオドールが指示をする。五人の騎士が槍を魔獣に向け、五本の炎の槍を発射した。

 超高速、超高熱の朱槍がキマイラの巨体へ殺到する。


「ガアアアア!」


 彼らは忘れていた。口枷で封じていたが、魔犬ケルベロスには特殊能力があることを。キマイラの背中に生えたケルベロスは大きく口を広げ、灼熱の炎を吐き出した。

 五本の槍とケルベロスの炎が激突し、凄まじい爆発を起こす。


 ドオォォ!


「何ぃ!?」

「くっ!?」


 爆風に押され膝をつく騎士たち。ディランは耐えたが、この一瞬が致命的な遅れになった。

 キマイラは大きく跳躍し、舞台の反対側で騎士たちと戦っていたヒドラの胴体に噛み付いたのだ。


「キュオォォォ!?」

「ガルウウゥゥゥ!」


 あっという間にヒドラの胴体を噛みちぎり、咀嚼するキマイラの獅子の口。


「くそっ!」

「おい待てっ、あっ!?」


 ディランは駆け出した。反射的に伸ばされた魔装騎士の腕をかいくぐり、その腰の長剣を抜き取っている。何せ《あのキマイラがヒドラの再生力を得たら手がつけられん!》のだから。


「ぬあっ!」


 ダッシュの勢いのまま踏み込み、まだヒドラの胴に突っ込んでいた獅子の首に斬りつける。


「ガアッ!?」」


 長剣は分厚い毛皮と筋肉をあっさりと斬り裂き、獅子の首を上から下に通過した。

 ズルリとずり下がる獅子の首。しかし、時間を巻き戻すように元の位置に戻ってしまう。


 「……グルウゥ……」


 すでにキマイラは、首を落とされても傷口から新たな首を生やすという、ヒドラの再生能力を手にしていたのだ。


「……お前らはヒドラに早く止めをさせ!」

「くっ。言われずとも!」


 キマイラを睨みながら、ディランは魔装騎士に命令した。もともとヒドラと戦っていた数名は、とにかく目の前の大蛇を倒そうと火竜槍の熱線を叩きつけていく。


「ええい! 何をしている! さっさとあの化物を殺せ! 撃ちまくれ!」

「ははっ!」


 立ち上がったセオドールが残りの魔装騎士を怒鳴りつける。騎士たちは、火竜槍の炎の槍を放ち、風や氷をまとった剣で斬りかかる。


「ぎゃぁぁ!?」

「うわぁーーっ!」


 しかし時すでに遅かった。

 キマイラは、先ほどまで彼らが『出し物』として鼻歌まじりで相手をしていた存在ではなくなっていた。炎の槍は炎の息吹でかき消され、魔力をまとった剣でいくら斬り裂いても、すぐにその傷は塞がってしまう。


 さらに、毒蛇の頭部が霧のような毒を撒き散らし、騎士たちの動きを阻害する。

 そうして動きが鈍ったところに、当初の倍以上になった巨体が猛然と飛びかかれば、体当たりだけで騎士は吹き飛ぶ。


「う、ぁっ」


 魔力の尽きた火竜槍を手に棒立ちになっていた魔装騎士を、獅子の爪が引き裂こうとした瞬間。


「ちっ!」

「ガアッ!?」


 ディランが横からその前脚に斬りつける。奪った剣は魔術器アークだったが、魔力のないディランにとってはただ重く扱いずらい剣でしかない。

 それでも、人間の胴ほどもある獅子の脚は綺麗に切断していた。まだ動けない魔装騎士を、ディランは突き飛ばす。


「グルァァッ!」

「ぬんっ!」


 背中の黒犬がディランに炎を浴びせる。ディランは降り注ぐ業炎を長剣で十字に薙いだ。有り得ないことに、炎は四つの塊に分かれ霧散していく。

 キマイラも驚いたのか、後方にジャンプし間合いをとった。さきほど切断された前脚はとっくに再生している。


「な、何だこれは……何なんだこれはぁ!?」


 セオドールが絶叫した。ヒドラは何とか倒しきったが、代わりに魔装騎士も彼を残した倒れている。つまり、舞台の上にいるのはディランとセオドールだけ。

 舞台下で演出をしていた下級魔術師たちはとっくに逃げ出しているが……まあ、残っていても戦力にはならなかっただろう。


「これは……危険なんじゃないか!?」

「魔装騎士が、あんなに簡単に……」

「お芝居なんじゃないの!?」


 観客席の人々も、ようやく舞台の上で起きていることを理解しはじめていた。ざわめきが広がり、立ち上がって逃げ出そうとするものを出始める。



「アレを倒すには、一瞬で全身を焼き尽くせば良いんだ。できるか?」

「できるかぁぁ!」


 ディランはセオドールに聞いた。答えは予想通りだ。長剣をぶら下げキマイラを睨みながらディランは一人頷く。《そうすると残る手段は……》


「じゃあ、私がやる。一瞬だけでいい、あいつの動きを止めてくれ」

「ふざけるなぁぁ! この私に命令するなぁ! なんなんだ貴様はぁ!?」

「……あ、そう」


 両手に高価な魔術器アークを構えながら、右往左往しかできない魔装騎士団副団長を見て、ディランは大きなため息をついた。


「仕方ない。久しぶりにちょっと命でもかけるか……」

「お父さん!」


 修羅場を斬り裂く、凛とした少女の声。銀髪のユーリアが、父の隣に立っていた。素手だ。黒いショートコートの肩口や袖が何箇所か切り裂かれ、血が滲んでいる。ディランと同じく風の障壁を強行突破したのだろう。


「ユーリア。友達は大丈夫なのか?」

「うん。アイネがお父さんを助けてやれって。あの二人なら平気」

「そうか」


 ディランとユーリアは、一瞬だけ視線を合わせた。それだけで、十分なのだ。


「じゃあ、頼む」

「分かった! 後でギューね!」


 ユーリアは巨大な魔獣に向けて駆け出した。


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