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第二十二話 複合魔獣の逆襲

「ど、どうしたの?」


 アイネはユーリアに聞いた。

 無理もない。さきほどまで目を輝かせていたユーリアが、突如眼光を鋭くしたのだ。明確に感じたわけではないが、雰囲気も変わっている。ユーリアは殺気を放っていたのだ。


「ちょっと、まずいかも」

「そうだな……くそ、武器がない」

「一体、何が起きたのです?」


 ただ事ではないと、眼鏡をずりあげるブルダンに父娘が説明する。


「キマイラは特殊な魔獣だ。あいつは、他の魔獣を喰ってその能力を取り込むことができる」

「しかも、能力を取り込むとその力は何倍にも強くなるの」

「……何ですと」

「あいつらがそれを知らない可能性は、あるな」


 魔装騎士団にはシュレイドがいた。彼なら、キマイラの特性を知っているはずだが。という心の声をひとまず無視する。舞台の魔装騎士たちに危機感がまったくないからだ。


 苛立ちと焦りを抑えながら舞台を見守ると……。


「はっはっ! 目の前の敵よりも食事を優先するか。所詮、獣だな」


 オステオを演じるセオドールは、高笑いしていた。

 炎の魔術で貫かれ倒れたケルベロスの腹に、キマイラの獅子の口が噛み付いたのを見たのだ。とどめを刺すでもなく、悠然と立ち尽くしている。


 他の騎士たちは、多数の頭をくねらせるヒドラ相手に手間取っていたが、緊迫感はない。ヒドラの強みはその再生力であるが、炎の魔術であればそれを封じられるのだ。

 実際、ヒドラはほとんどの頭を失い、あとは止めをさすばかり、という状態だ。


「むう……」


 ディランは顔をしかめた。

《どうする!? キマイラが強化しても、あいつらが上手く倒してくれるかも知れないし、俺が飛び込むのも余計混乱が大きくなるかも……》


「お父さん! 私いってくるから、二人を守って!」


 ユーリアは迷わなかった。席を立ち、舞台へ駆け出そうとする。が、ディランはその手首を掴む。

 娘の判断の早さに内心舌を巻きながら。


「私が行く! お前が二人を守るんだ!」

「お父さん……はい!」


 ディランはジャケットを脱ぎ捨てると、跳んだ。ダン! ダン! と、客席の背もたれを踏んで一直線に最前列へ向う。宙を駆けているようにすら見える動き。


「ほぁ!? 何あれ、何であんなことできんの!?」

「身軽というレベルを超越」

「それより、逃げ道を確保しとかないと。一番近い出口はどこ?」


 と、父の命令を守って友人を守る算段をしながらも、ユーリアの一部はしっかりと父の姿を追っていた。《おおお! お父さん格好良い! 最高!》


「わわっ」

「何だっっ!?」


 客席の貴族や貴婦人の驚く顔を見る余裕もない。目の前には風の精霊が張り巡らせた障壁がある。

 一秒の何百分の一かの時間で、ディランは目を細め視界を『切り替えた』。


 青い粒子の粒が、目の前に敷き詰められている。それが風の障壁だ。武術の師であれば、粒子――『気』の隙間に滑り込んで壁抜けするような真似もできたろうが。


「強行……突破ぁ!」


 自分はせいぜい、周囲の気を身体に巻き込み、障壁をぶち破るしかできない。

 全身に細かい切り傷を作りながらも、風の障壁をぶちぬいたディランは、受け身を取って舞台に立つ。


「……何だお前は!?」

「劇の進行を邪魔する気か!?」


 突然の乱入だ。役者である魔装騎士たちも騒然とした。ヒドラに対している数名を除いて、ディランを取り囲む。先頭は当然セオドールだ。せっかくの主演(代理だが)作を邪魔され、不機嫌の極みという顔である。


「貴様! 一体どういうつもりだ? 今すぐ立ち去れ!」

「黙れ小僧!!」

「ひぃっ!?」


 鼓膜を震わすディランの一喝いっかつに、魔装騎士たちは硬直した。

 礼儀正しく挨拶や説明をしている時間はない。かといって、彼らを敵にまわすわけにもいかない。あまり期待はしていないが、とにかく早口で要点だけを告げる。


「あのキマイラは他の魔獣を食らってその能力を取り込む性質がある! 今すぐとどめを刺さないと、手のつけられないほど強化する危険がある! わかったか!」

「なっ……?」


 彼らがこの警告を聞いて、さっさとキマイラを倒してしまえば、それで済むと思ったのだ。だが。


「わけの分からないことを!」

「逮捕だ、逮捕!」


 魔装騎士たちに、ディランの言葉を聞く余裕も謙虚さもなかった。……まあ、思いっきり不審人物ではある。


「くっ」


 セオドールはディランの前に立ち塞がった。口元を歪めるディラン。


「もう良い! どの道、ここまで劇を滅茶苦茶にしてくれたんだ……ぐはあっ!?」


 台詞を言い終えることはできなかった。

 魔術器アーク、風魔剣に手をかけた瞬間、セオドールの脇腹にディランの回し蹴りが炸裂したのだ。

 またしても、二十歩ほどふっ飛ばされ舞台を転がるセオドール。


 ドガッ!

 一瞬前までセオドールが立っていた場所に、巨大な獣の前脚が叩きつけられた。

 石の舞台の表面が砕けるほどの獣の一撃。

 ディランが、倒れたセオドールが、騎士たちが。そして観客たちは見る。


「グルウォォォォォ!」


 山羊の首があるべき背中から、黒い犬の首を生やした――ケルベロスの能力を取り込んだ魔獣、キマイラの姿を。


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