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第二十一話 オステオの涙

 普段は剣闘などを行う闘技場だ。

 円形の舞台をぐるりと客席が取り囲むという構造はシンプルだが、とにかく大きく広い。客席と舞台の間には、魔術器アークによって風の障壁が張り巡らされていた。



 ディランたち一行は、アイネの父が入手してくれた券の効力で、かなり前方の良い席に座ることができた。

 さすがに、皇帝が観覧するということで、入り口で武器を預けている。


 ディランの長剣とユーリアの小剣二本の代わりといっては何だが。


「これ美味しいね! あまーい」

「うむ」


 一行の手には棒状の菓子パンがあった。小麦粉に蜂蜜を練り込み、伸ばして砂糖をまぶした闘技場名物だという。


「まだ始まらないかな?」

「いや、ものには順序があるからね」


 わくわくが止まらない様子のユーリアにアイネが説明する。実際、演劇が始まるまでいくつかの儀式があった。

 まず荘厳な楽の音とともに皇帝が入場する。その間、ディランたち臣民は全員起立しなければならない。

《陛下も歳をとられたなぁ……》ディランは大戦直後から五年間、左遷になるまでは皇帝の近衛騎士だった。記憶にある、金髪の伊達男はすっかり壮年になっていた。貫禄と威厳を身に付けてはいるものの、老けたことに変わりはない。

 次いで、興行を企画した侯爵が何やら長々と口上を述べ、出資した各貴族や大商人の名を紹介していく。


「……ん?」


 生あくびをしながら聞いていたユーリアは、侯爵の台詞の一部にぴくりと眉を上げていた。侯爵は『今回、劇の臨場感を出すため最後の決戦場面においては本物の魔獣を使用する。その場面では、役者に代わり魔装騎士団が魔獣と対決し、帝国の威光を示す』と言ったのだ。


「本物の魔獣って。まさかあのキマイラか」

「まそうきしぃ? まさかあの男の人?」


 ディランもユーリアも心当たりが凄くあったので、嫌そうに顔をしかめる。


「ま、まぁまぁ! 本物の魔獣と魔装騎士の戦いなんて凄いじゃん! 勉強になるよ、きっと!」


 と、アイネがフォローしてくれる。招待主を前に文句をいうのも図々しいと、父娘は大人しく観劇することにした。




 劇が始まった。


 『オステオの涙』は、大戦で活躍した一人の騎士の生涯を描いた感動的な大作である(パンフレットから抜粋)。

 貧しい農村で生まれた少年オステオは、魔族軍の侵攻によって故郷を滅ぼされた。復讐を誓った少年は帝国軍に志願する。

 帝国軍で奮戦するうちに、オステオは皇女と出会い、恋に落ちる。

 帝国への忠誠に目覚めたオステオは次々と魔族軍を撃破していく。途中、エルフの姫やドワーフ王の協力を得て決戦に挑んだオステオは、見事魔王を打ち倒し皇女と結ばれる。


 ……まあストーリー自体は陳腐ちんぷの極みだ。

 要するにこの劇のは本来、身分違いの恋に悩むオステオと皇女。またオステオへの愛を秘め隠すエルフの姫の姿を主眼においた、ラブストーリーなのだ。その、王道ラブストーリーを捻じ曲げているのが、帝国の政策を正当化するためのプロパガンダである。



 例えば。オープニング。


「我、魔王なり! 大陸の人類全てを滅ぼし、魔族の王国を築き上げようぞ!」


 荒野に出現した『魔界門』から魔族たちが出現する場面。

 侯爵家が本腰を入れているだけあって、大道具は素晴らしい。巨大な『魔界門』のデザインも質感も本物と見紛うほどである。役者の質も上等だ。

 舞台下に魔術師が控えているのだろう、渦巻く風や轟く雷鳴もリアル(本物)だった。


 ディランに言わせれば、魔族軍の総指揮官はあんなに醜くなかったし魔王とも名乗っていなかった。


 例えば。オステオの故郷が魔族軍に襲われる場面。


「ひゃははは! やっぱり人間の肉は若い個体に限るなぁー」

「ババアやジジイの肉は硬くて喰えたもんじゃねーぜー!」


 などと、魔族が人間を食料にしていたような設定になっているが、これは単なる捏造だった。まあ、魔族軍を倒す中心だった帝国としては、魔族の残虐性を強調したいのだろう。



 例えば。オステオが騎士として魔族軍と戦う場面。


「我が名はオステオ! この魔術器アークを恐れぬなら、かかってこい!」


 魔術器アークの剣を振り回し、魔族を蹴散らすオステオ。……当然のことながら、魔術器アークが開発されたのは大戦後である。これも、魔工学を推進したい帝国政府の方針を正当化する小細工の一つだろう。

 もっとも、大戦自体の記憶が既に薄れている。観客たちは特に気にする様子もない。



 例えば。オステオとエルフの姫君の別れのシーン。


「姫、私はやはり皇女様を愛しているのです。貴方の気持ちに応えることはできない……」

「ああ、オステオ。それでも私は貴方をお慕いしています。エルフはこの先も未来永劫、帝国の友として魔族と戦いましょう」


 そもそもオステオは架空の人物なのだから、この姫君も実在しない。もちろんこの演出も、エルフやドワーフを『友好亜人』として同盟扱いし、その力を利用したい帝国政府のプロパガンタだ。

 もっとも、帝国市民の多くが未だに持っている強い差別意識を緩和したい、という意図もあるようだ。




「……とまあ、色々と酷いもんだなこりゃ」

「おかみが作る創作物ですからな、捏造も当然かと」


 などと、シーンごとに細かい時代考証や設定にダメ出しをしながら観劇しているのはディランとブルダン。ディランは、なにせ当事者として言いたいことがあるし、ブルダンは事前に予習をしてきた上に細かいことを気にする性質だ。

 が、文句を言っているわりに熱心に見ているし、盛り上がっているのは何故だろうか。


 一方、ユーリアとアイネはそんな野郎どもに冷たい目を向けていた。


「あーもーオステオのにぶちん! そこは姫様を抱きしめてあげなさいよ!」

「……姫様可哀想……でも皇女様も幸せになってほしい……」


 と、ラブストーリーとしての劇をしっかり堪能している。どちらが正しいわけではないだろうが、精神衛生的に好ましいのは女子の側だろう。



「お、そろそろ例の決戦シーンか?」

「ですな」


 野郎どもが身を乗り出す。

 舞台では、オステオが率いる騎士団が勢揃いしていた。設定に合わせて青い鎧姿だが、すでに中身は魔装騎士団員にすり替わっている。もちろん、オステオ役は『あの男の人』副団長セオドールだ。


 騎士団は十人。中身が魔装騎士団で魔術器アークも所持しているなら、キマイラ一体程度には勝てるだろう……とディランは楽観していた。


「皇帝陛下に勝利を!」

「おぉー!」


 騎士たちが雄叫びをあげる。同時に、闘技場の入場門が、ギシギシと重い音を立てて開きはじめる。


「ガァァァァ!」

「グルルルウッ!」

「……オオオウッ!」


 入場門から飛び出してきた巨大な影は三つだった。

 三つの獣の集合体、キマイラ。三つ首を持つ魔犬ケルベロス。そして一際巨大なのは多数の頭の大蛇、ヒドラ。


「きゃああ!」

「す、凄いな! 魔獣が三体も!」

「ま、魔装騎士なら勝てるんだよな?」「そりゃ楽勝さ!」

「セオドールさまぁー!」


 観客席からの悲鳴と歓声。

 客席と舞台は魔術の障壁で遮られているし、魔装騎士団は魔術器アークを手にしている。さらに、キマイラの首は一つ斬り落とされていたし、ケルベロスの三つの口は鉄の枷で封じられていた。

 観客たちに恐怖などはなかった。しかし。


「!?」


 ディランとユーリアだけは、『その』危険性に気付いていたのだ。


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