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第二十話 演劇を見に行こう

 ディランは衛兵として、ユーリアは学生として、それぞれの生活に慣れはじめたころ。

 夕食の後、ユーリアはディランに満面の笑みを向けて言った。


「お父さん! 来週のお休みに闘技場に行こう!」

「……闘技場?」


 食後のお茶を楽しんでいたディランは、娘の唐突な言葉を繰り返した。闘技場なら先日、魔獣の護送という珍しい任務で訪れたばかりだったが……。


「闘技場っていっても、剣闘を見に行くんじゃなくて! 演劇をやるんだって!」

「なるほど。演劇か……」


 帝都には巨大な闘技場が一つと、各種劇場が三つほど建てられている。闘技場は当然、剣闘や決闘、スポーツの競技会などが開かれるのだが。


「あのね、すっごいお金と人を使った大規模な劇なんだって! 普通の劇場じゃ狭いんで、闘技場でやるんだって! しかも、皇帝陛下もお越しになるって!」

「陛下が? それは凄いな」


 ヴァリアール帝国皇帝は魔術研究を強力に推し進め、国力増強に努めるなど賢君として知られる。また、文化事業にも力を入れており、何人もの芸術家や劇団などを支援しているという。

 一方、残念ながらディランは学があるとは言い難い。この二十年ほど文化や芸術と程遠い魔境都市で軍人暮らしをしていたこともあり……まあとにかく、劇場だのには縁がなかった。

 それは娘も同じだったはずだが。


「しかし、急に一体どうした?」

「アイネが誘ってくれたの! お父さんも一緒にって!」

「ほう、アイネさんが」


 まだ直接会ったことはないが、新しい友人二人のことは良く聞いていた。アイネの父親は帝都でも有名な穀物商人なのだという。それくらいの財力があれば、皇帝が観覧する劇の券でも入手できるのかもしれない。


「帝都でも有名な劇団の公演なんだって! ……あれ? もしかして、行きたくない? それなら断るけど……」


 今ひとつ反応が薄い父を見て、明るく輝いていたユーリアの笑みが曇った。心配そうに首を傾け、ディランの表情をうかがう。

《衛兵隊に入って最初の休みだし、少しゆっくりしたかったんだが……。ま、ユーリアと一日遊べば疲れなんぞ吹き飛ぶというものだな!》


「ん? いやいや! ちょっと意外でびっくりしていただけさ。観劇か。せっかく帝都にきたんだ、ヴァリアール文化に親しんでおくべきだろう」

「ほんと? 良かった!」


 厳しい顔を作って、もっともらしく言う父の腕に、ユーリアは抱きついた。




 約束の日。

 父娘の自宅前。いつもより、少し上等なジャケット姿のディランと、いつもの冒険者紛いの格好のユーリアが立っていた。待つほどもなく、金銀で装飾された二頭立ての馬車が二台やってくる。

 闘技場は貴族地区だった。広い帝都のこと、徒歩だと一刻以上かかってしまう。それで、アイネの父親が馬車まで用意してくれたのだ。



 馬車から降りてきたのはアイネと、いかにも成金といった派手な格好の商人だった。アイネの父、大商人ハンダー・グロングである。


「いやあ、いつも娘がお世話になっております!」

「いえいえ、こちらこそ……。本日はアイネさんに誘っていただいたそうで。ありがとうございます」

「いやこちらこそ」

「いやいや」


 父親同士がごく平和な接触をしている横で、子どもたちもはしゃいでいる。


「やっほー! ユーリア! ……って、またその格好!?」

「こういう服しか持ってないんだけど……おかしいかな?」


 アイネは、髪の色に合わせたピンクのワンピースで華やかに決めていた。ファッションにはかなり拘りがあるようである。そのアイネが、きりっとした顔で言う。


「ユーリアのためを思ってビシっというけど、芋だね! もう採れたての芋だよ!」

「い、芋!?」

「つまりファッションセンスがない、ということですな」

「むー!」

「ユーリアもお前には言われたくねーわ!」


 当然のような顔でついてきていたブルダンは、だぼっとした黒のローブ姿だった。これにはユーリアも目を吊り上げる。


「おお……。ユーリアがあんなに子供らしくしてるのは久しぶりに見ました。アイネさんとはすっかり仲良くなっているようで」

「ははは。私も同感ですよ」


 実際は、『自分の前以外では』初めて見たのであるが。常識とずれたところのある娘に、ちゃんと友人ができたことを確信してディランは感激していた。

 その、ちゃんとした・・・・・・友人はといえば。


「ほおぉ。たしかにユーリアが言うとおり、おじさん格好良いねぇー。マジ渋いわ」

「んふふー!」


 ひそひそと友人ユーリアの耳元にその父親への評価を下していく。予想通りの高評価にユーリアは得意満面の笑みである。


「普通おっさんって、不潔じゃないってだけで大分印象違うんだけど。おじさんの場合そのあたりを飛び越して、美しいってレベルまで行ってるわ。ほんと、俳優か吟遊詩人みたい……いや、それよりもっと逞しい感じ?」

「アイネ殿がここまで男性を高評価するのは初めて聞きましたなー。いや実際、お父上の貫禄は大したものですな」

「うむうむー! もっと褒めて褒めて!」



 アイネの父ハンダーは仕事があるとのことで、一台目の馬車にのって帰ってしまった。どうも予定どおりらしいが、寂しそうなハンダーの背中に同情したのはディランだけである。



 馬車の中。

 ディランの対面に座ったアイネが、興味津々、という顔で話しかけた。


「ねーねー、おじさんって大昔の戦争で活躍した人なんでしょ?」

「うん? 大戦か。三十年前だから確かに大昔だなぁ」

「そうだよ! お父さんはもうメッチャ大活躍して人類連合を魔族から守ったんだから! ちょー凄いんだよ!」


 娘以外の若い女性と話をすることなどあまりないディラン。距離感がいまいち掴めていない。一方、ユーリアは状況に浮かれていることもあり、自慢たらたらである。


「拙者も少し勉強しましたが。にわかに信じられぬほどの武功でしたな。魔神将をお一人で倒したとか?」

「いや、一人じゃないよ。シュレイド……そいつも『武王』だったが、と二人がかりで死にそうになってやっと、ってところさ」

「それでも凄まじいですな。魔術師も少なく魔術器アークもない時代に、魔神将を倒すなど」

「でしょでしょ? ブルダンは分かってるねー!」


 ブルダンの率直な褒め言葉に、ディランは少し頬を緩める。が、内心では多少違うことを考えていた。《今の、魔術師がいて魔術器アークが揃っている時代なら、魔神将にも楽に勝てるかもしれないな。本当に、時代は変わったんだよなぁ》




 馬車は予定どおり、半刻程度で闘技場に到着した。貴族地区だけあって道行く人々も馬車も全てがきらびやかである。

 そうした人々の長い行列が、巨大な円形の闘技場に続いていた。


 行列に混じっている一行。

 ディランがふと思いついたように聞いた。


「そういえば、劇の演目は何なんだね?」

「え、ユーリアには言ったんですけど」

「……忘れてた」


 てへ、と舌を出すユーリア。


「まあ良いけどさ。あのね、『オステオの涙』っていうんだよ」

「ほう。恋愛物かな?」

「いや、戦記物ですな」


 劇のタイトルを聞いて、ちょっと苦手だなぁと内心思ったディラン。その内心を見透かしたように、ブルダンが捕捉する。


「『大戦』を舞台にした一大スペクタクルだそうで」


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