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第十九話 戦友

 娘が級友たちの喝采かっさいを浴びているころの父親。


 ディランたち六〇一小隊が所属する衛兵第三中隊は、とある任務中だった。帝都と外部を結ぶ最も大きな門、『皇帝門』前の大広場である。


 差し渡し千歩以上ある広場は、モザイク模様の石畳が敷かれていた。荷物を満載した馬車や人夫が忙しく行き交い、きらびやかな衣装の人々が談笑する。

 『三軍神』の彫像が飾られた噴水の周囲では、楽師が軽妙な音楽を奏で詩人が美声を披露する。

 帝国の豊穣ほうじょうと文化ここにあり、といった風情だ。


「そろそろ時間か。いつでも動けるようにしておけよ」

「っす」

「ああ」

「……」


 そろそろ中隊長の指示が出る時間か。

 頭上で輝く太陽を見上げ、ディランは部下に言った。

 ゾマーたち問題児と、特別仲良くなったわけではないが、最初のころのように露骨に嫌がらせをされることはもうない。


「なあ、おっさん。あんた、魔術器アークが使えないってマジなのか?」

「おっさんじゃない。隊長、もしくは少尉と呼べ」

「どうなんだよ、おっさん」


 赤毛の女衛兵ゾマーは、その呼び方だけは変えなかった。最初に注意された服装については、言われたとおり直しているのだが。

 ディランは頭をぼりぼりかくが、そこは半分諦めている。


「使えない。等級が七級だからな」

「……マジなのかよ……」

「そんなんでよく大昔の戦争で戦えたっすね?」

「……」


 小柄なリューリンクが呆れたように言う。代表的な魔術器アークである火竜槍を担いだヴィダルは、何度も頷いた。


「そりゃ昔は魔術器アーク自体なかったし、魔術師も少なかったからな。全部、これ・・で済ませてた」

「はぁ。のんびりした時代だったんすね」


 これ、と言いながらディランは腰の長剣の柄を叩いた。リューリンクの感想には、流石に苦笑を浮かべている。あのころの苦労をわざわざ説明するような性格ではない。


「……火竜槍の炎を防いだのは、どういう理屈だ?」


 ヴィダルが我慢できないというように聞く。それでも、視線をディランに向けていないあたり、彼も筋金入りだ。


「ああ、あれは武術だな」

「武術?」


 ゾマーが反応した。別に、現代において武術という言葉がなくなっているわけではない。通常武器同士、魔術器アーク使い同士であれば、武術の差が勝負を決める、というのも分かる。

 だが。


「武術ってのは武器の使い方の技術だろう? 何で魔術を防げるんだよ」


 ヴィダルは食い下がった。自慢の火竜槍が通じなかったのがよほど悔しかったのだろう。


「いやだから武術だよ」

「あたしだって、武術くらい習ったぜ。でも、あんなの無理だろ」

「もっと修行すればできるようになるさ」

「……」


 『修行すればできる』。凄いパワーワードに三人の若者は黙るしかなかった。




 四人の衛兵が待機していると、正門の方からワッという歓声が響いてきた。

 誰か、もしくは何かが広場に入ってきて、それを群衆が取り巻いているらしい。


「ご到着だな! 総員、かかれ!」

「はっ」


 中隊長の号令がかかった。衛兵たちは事前の打ち合わせどおり、群衆をかきわけその原因へ近づく。


「ガウウウウゥゥ!」

「ひえっ」


 凄まじい獣の咆哮が響いた。

 正門から入ってきたのは荷馬車と、それを囲む重武装の一団。荷馬車には恐ろしく大きく、頑丈そなおりが積まれている。咆哮を上げたのは、檻の中の巨大な魔獣だった。




 本日の衛兵たちの任務は、生け捕りにされた魔獣を闘技場の獣舎じゅうしゃまで護送することだったのだ。


 魔獣の名は、キマイラという。

 基本的には獅子に似た、四足の獣だ。身体の前半身は雄の獅子、後ろ半身は山羊。尻尾の代わりに、黒い大蛇が鎌首をもたげている。加えて、背中に山羊の首が生えており、『一体で三体の魔獣』であるのだが……。


「山羊の首がないな」


 荷馬車の横を並んで歩きながら、ディランは呟いた。

 本来山羊の首が生えているはずのキマイラの背中には、傷跡が残るだけだった。ちなみに、キマイラの身体には何重にも鎖がかけられ、毒蛇の首も自由に動かせないように枷をはめられている。


「そりゃあそうだ。俺が斬り落としたからな。山羊の首が一番厄介なのは知ってるだろ?」

「む?」


 そう、キマイラの山羊の首は魔術を使う。それで昔、痛い目に……と思い出したところで、ディランは愕然とした。背後からの声に聞き覚えがあったからだ。


「おまっ……シュレイドか!?」

「他の誰に見えるってぇ!? もうボケたのかディラン!」


 見慣れない白銀の鎧姿ではあったが。長身痩躯ちょうしんそうく、日焼けした肌に黒髪、鋭い黒い瞳。毒舌を吐き出す、つり上がった口元。

 間違いなく、シュレイド・トレーネ。三十年前の『大戦』において肩を並べて戦った『八武王』の一人だ。


「この左遷野郎が! いつ戻ってきやがった!?」

「二十日ばかり前だ! 懐かしいな! 私が帝都を出て以来……二十五年ぶりじゃないか!?」

「まったく、ジジイになりやがって!」

「そういうお前も白髪が増えたな!」


「何やってんだこいつら……」


 魔獣を捕獲した檻の横で、中年親父二人がいきなり肩を抱き合いじゃれつきはじめたのを見て、ゾマーはジト目で呟いた。




「しかしお前、その格好は……」

「ああ、今は魔装騎士サマってわけよ」


 白銀の鎧に大剣を担いだシュレイドは肩をすくめて言った。荷馬車を運んできたのは、同じ格好をした騎士たち――魔装騎士団だった。


「くくっ。ま、『武王』ってことで騎士団結成時にまぎれ込めたのは良かったがな。貴族じゃねーから、この二十年下っ端よ」

「……そ、そうなのか。このキマイラはお前たちが……?」

「ああ。わざわざ北の辺境まで出向いてな。三ヶ月もかかったぜ。我らが魔装騎士団の実力を、皇帝陛下にお見せするための見世物にするんだとよ」


 説明するシュレイドの顔は酷くすさんでいた。地獄の戦場をともに生き抜いた友の表情に、ディランはため息をつく。


「そういえば、シシアはどうしてる? レオンは? もう一人前になってるんじゃないか?」


 話題を変えたくなったデイランは戦友に聞く。シュレイドは大戦後、早く家庭を築きたいと願っていた自分を差し置いて、ちゃっかり結婚して子を成していたのだ。


「二人とも死んだよ。俺が任務で辺境に出向いてる間にな」

「……」


 何も言えず、ディランは黙って歩くしかなかった。部下たちも黙々と荷馬車を護衛している。

 魔装騎士団と衛兵隊が囲む荷馬車は、広場から中央大通を抜け、貴族地区へ向う。

 そこに建つ闘技場の檻へキマイラを移すためだ。


 貴族地区の美しい建物に挟まれた通りを歩きながら、ディランはようやく声を出した。


「シュレイド。二人のことは……残念だ。何も力になれなくてすまん」

「良いんだ。悪いのは俺だ」

「そんなことは……」

「ディラン、お前の方はどうなんだ? ど田舎で女の一人や二人は捕まえたのか?」


 シュレイドの声は最初の力を取り戻していた。ディランも緊張を解く。


「結婚はできなかったんだがな。娘はいるよ。養女だが」

「ほう? ……良い子か?」

「ああ。俺にはもったいないくらいな」

「そうか……。こっちにきてるのか?」

「魔術師学院に入れたよ。あの子は……あの子は、まあ、元気に育てば良いと思ってる。お前も会ってやってくれ」

「……そのうちな」


 『あの子は天才なんだよ!』と続けそうになるのを自重したディラン。その表情をじっと見つめたシュレイドは、口元を少し歪めて笑った。


「そろそろ闘技場に着くぞ! 総員、気を引き締めろ! シュレイド! おしゃべりしていないで万一に備えてろ!」

「……了解」


 二人より大分若い魔装騎士の隊長が怒鳴った。シュレイドは大剣を携え、列の先頭へ向う。

 彼の大剣は間違いなく魔術器アークだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 武術って武器を扱う技術ではなく、物理的、科学的に基づく身体操作技術だよな、現実においても。 ダイの大冒険の大地斬を大地の反作用を活かして、海波斬を脱力による無拍子、空波斬を速度をいかして視界…
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