第十七話 魔装騎士
次の週の実技である。
いつものように運動場に整列する基礎課程クラスの生徒たち。今日に限っておしゃべりもせず、かなり緊張している様子だった。
前に立つ教官も同様。それは、教官の隣に立つ男女のせいだろう。
白銀の鎧の男と、白いローブの女。どちらも二十代だろうか。自信に満ちた表情と態度だ。
まず、金髪を伸ばした男がよく通る声で挨拶する。
「学生諸君。私が魔装騎士団副団長セオドール・マルバラである。本日は特別講師として参上した。よろしくお願いする」
魔装騎士団。
帝都を守護する組織の一つだ。魔族や他国による奇襲攻撃に暗殺、強大な魔物の襲撃などへの最後の切り札。そのため、無数の魔術器が配備され、魔術師も多数所属している。皇帝の親衛隊という面もあるため、通常団員は全て皇族か貴族から選ばれる。
「素敵!」
「漆黒の疾風のセオドール様!」
「あれが魔装騎士か……全身魔術器だな……」
女子生徒からは黄色い歓声が、男子生徒からは感嘆の呻きが上がった。セオドールは皇帝や上級貴族の護衛として民衆に顔を見せることが多い。美形であることも手伝って帝都での人気は高かった。
「私はリリアナ・バンクス。魔術の真髄を見せてあげるわ」
「おぉ、氷雪の乙女リリアナ様だ」
「やばい、美しい」
「静粛に! 静粛に!」
女魔術師リリアナが名乗ると、主に男子生徒が歓声を上げた。
それを両手を振って宥めた教官が、魔装騎士たちにぺこぺこと頭を下げる。
「お二人のような高名な魔術器使いと魔術師においでいただき、光栄です。ここに居るのはまだ精霊と契約もしていない初級者ばかりですが、お二人の高度な魔術をその目にすることで成長できることと思います」
「そうだな。若いうちにその目でしっかりと魔術を体験し心に焼き付けることが、魔術の成長には必要だ。協力は惜しまないよ」
最後列で魔装騎士の挨拶を聞いていたユーリアが、隣のアイネに囁く。
「見るのが大事、ってどういうこと?」
「ふわぁ……。ん? えっと、確か」
「魔力を操ったり精霊に命令する場合、実際にどのような効果を求めるか心の中に強く描くことが必要。正確に心の中に描くために、本物の魔術を数多く見ておくのですよ」
「ですよ」
「なるほど」
ブルダンの解説にアイネと一緒に頷くユーリア。さらに。
「『氷雪』の属性は水だよね? 『漆黒の疾風』は何属性?」
と聞いた。
「漆黒の疾風ってだっさいよね」
「文字どおり闇と風の属性という意味。セオドール殿は帝国でも希少な二重属性なんですな」
「へー」
生徒たちは広い運動場に円を描くように広がった。
その中央には魔装騎士二人。まず、リリアナが杖を掲げる。
「良く見ておきなさい! 水妖よ! 無慈悲な吐息で万物を氷結させよ!」
呪文の詠唱。リリアナの背後に、ぼんやりと薄衣をまとった貴婦人の姿が浮かび上がる。彼女の魔力を受け取った水の精霊だ。
貴婦人が空間の一点を指差せば、そこにゴウ!と吹雪が舞う。
氷の粒と雪と冷風が空中で荒れ狂い、ギチ、ギチという硬い音が何度も響く。
数秒で氷の嵐が消え去ると、そこには人間の三倍ほどの氷の塊ができていた。
「おおぉ!」
「凄い!」
「リリアナ様ー!」
生徒たちは拍手喝采し、歓声を上げる。
ほとんどの生徒は貴族の子弟で、魔術は日常的にその目にしている。が、これほどの規模と威力のある魔術を間近で見るのは初めてだった。
魔術は歩いたり走ったりという普通の動作とは違い、後天的に身につける技術だ。いくら『君は魔術ではこういうことができる』と言われ頭で理解していても、それを信じ強くイメージするのは難しい。
そのため、魔術師学院ではこうやって実際の強力な魔術を目にする機会を設けているのである。
「おーすごっ。やっぱ魔装騎士半端ないわ」
「帝都でも五本の指に入る魔術師ですからな」
「……」
アイネとブルダンも素直に感心していたが。ユーリアは不思議そうに首を傾げている。《あれ? 今のは攻撃魔術? 暑い日に涼しくする魔術じゃなくて? あんなに遅いと、発動する前に斬れちゃうけど……。みんなに見せるためにわざとゆっくりやってるのかな? それとも、壁役がいるのが前提の大技なのかな? 大技にしては威力も……》
約一名、納得していない生徒がいても講義は進む。
今度は白銀の鎧の騎士、セオドールが剣を抜いた。もちろん、その剣も高級魔術器である。
「風魔よ刃を振るえ! 闇の王子よ剣を投げよ! 我が敵に二重の二倍の罰を与えよ!」
セオドールの呪文に応じて姿を現したのは、風をまとう乙女と、黒いマントの青年。実体化まではしていないが、リリアナの水妖よりもはっきりしている。
乙女と青年が一点を指差すと、闇のエネルギーでできた無数の短剣が豪雨のように降り注ぐ。闇の短剣は地面に触れると爆発し、轟音で生徒たちを震わせた。
「きゃぁー!」
「セオドールさまぁー!」
「……これが二重属性か……」
「あんなん真似できねえー!」
生徒たちは再び驚愕した。
呆然とするのは比較的冷静に見ていたもので、歓声を上げるのはまあ、魔術よりセオドールに興味がある生徒である。
「おわぁ……こりゃあ、人気でるわー」
「驚愕に値す」
「……」
アイネとブルダンも流石に目を丸くしていた。
ユーリアは、先ほどよりは冷静にセオドールの魔術を評価する。《時間がかかるのは魔術の共通点みたい。やっぱり、武器っていうより兵器だなぁ。軍隊でいうなら投石機とか破城槌みたいな使い方なら良さそう。でも白兵戦だとなー……》
「諸君も努力すれば、このような大魔術を操れるようになる! 今の光景をしっかり頭に刻み込んでおくように!」
生徒たちの興奮が収まったところで、教官が大声を張り上げた。
「そして、本日はセオドール殿にもう一つ、実技を見せていただく! 心して観察するように!」
もう一つ、という教官の声に生徒たちは緊張感を取り戻した。ここに居るのは確かに貴族の子弟で苦労知らずのボンボンやお嬢様だ。が、魔術を極めることがどれだけ自分の将来にプラスになるのか、分かっていない者はいない。
「これから見せるのは、先ほどのような上級技術ではなく、基礎だ。『魔撃』という。要するに魔力放出の強化版なので、その気なら現在の諸君でも再現可能な技だが……非常に有効だ」
セオドールが説明する間に、係官たちがせっせと運動場に人型の標的を設置していた。
その標的に、セオドールは片手を向ける。
「破!」
鋭い気合。瞬間、標的の頭部の部分が弾け飛んだ。木製の人型とはいえ、戦槌で思い切り殴る以上の破壊力だっただろう。
「うおぉぉ、何だあれ!?」
「あんな威力の魔力放出ってできるの?」
「セオドール様ー!」
またしても歓声をあげる生徒たちに片手をあげるセオドール。その足元は少しだが揺れていた。
実際のところ、魔撃は戦闘する魔術師にとっては命綱といってよい重要な技だった。ただし、短時間に大量の魔力を消費するため連射はできない。やはり効率を考えるなら精霊を使う方が良いのだ。
《……あれ魔撃って言うんだ、初めて知った……。まあ一番てっとり早いし有効だよね》。まだ精霊と契約していないユーリアにとっても、実は馴染みであり頼りにする技術でもあったのだが。
「お前たちは基礎訓練を嫌がるが、基礎でも極めればこうなるっていうことだー!」
「せっかくなので、誰か挑戦してみないか? 私に魔撃を撃ってみたまえ」
「!?」
セオドールの呼びかけに、生徒たちは硬直した。ほとんどの生徒は、まだ魔力放出の基礎段階である。
「セオドール殿。よろしくお願いいたします」
が、躊躇せず進み出る生徒がいた。
イルゼである。『ダサい』運動着姿でも、美貌と気品に陰りはなかった。
「これは、皇女殿下。素晴らしい意気込みですな」
イルゼの前でセオドールは腰を折って騎士の礼をした。その目にはしかし、明らかな嘲笑があった。
「もう一名……。ああ、君!」
「私?」
セオドールは、ユーリアを指差した。ユーリアはきょとりと目を丸くしたが、魔装騎士は構わなかった。
「確か、ユーリア・マイクラント君だね。あの、八武王マイクラントの娘とか」
「!? そうです! お父さんをご存知なんですね!?」
ユーリアはさきほどまでの無関心をかなぐり捨て、目を輝かせた。また一人、父のファンを発見したと、思ったのだ。
が。
「大昔、最強と言われていた剣士だったね。しかし現代では、魔術器使いと魔術師こそが最強だ。それを分かっているから、マイクラント殿も君をここに入れたのだろう?」
「……」
明らかな挑発と嘲笑。ユーリアはむっつりと押し黙った。目が座っている。
「ちょちょっと、ユーリア! 落ち着きなよ!」
「ここは自重を」
「ねえ」
横から必死に宥める友人二人に、ユーリアは聞く。
「もし、あいつをぶっ飛ばしたら二人は困る?」
アイネとブルダンはしばし顔を見合わせた。
ユーリアの中に絶対の自信があることを感じたのだ。そして二人は、この新しい友人を信じることにしている。
「いや、スカっとする!」
「熱烈歓迎」
答えを聞いて、ユーリアは微笑んだ。
「じゃ、やる」




