第十三話 武人が観る世界
「あっ」
三番通用門から出てきたディランに最初に気付いたのはゾマーだった。
「よお、待たせたな。何か美味いものを喰えたか?」
第六〇一小隊の衛兵たちの予想に反して、新任隊長は怪我一つない健康体である。むしろ、ちょっとすっきりした顔をしていた。
「た、隊長ぉー。だ、大丈夫だったんですか? そのぉ、何か危ないことは……」
「ああ。チンピラに絡まれたな」
「え……」
小男のリューリンクはディランの答えに青ざめる。もちろん、ディランの身を心配したわけではない。何しろ、ゾマーに命令されて顔なじみの不良どもに『生意気なおっさん隊長をぶちのめせ』と依頼したのは彼なのだ。
「全員、連れてきてるぞ。おーい! 立ち止まるなよー!」
「……へいへい」
「痛てっ! 引っ張るなよぉ!」
よく見ればディランは片手に紐を持っていた。その先には……ボコボコにされた若者たちがきっちり十二人、数珠つなぎになっている。
「こ、この人数を魔術器なしで一人で?」
「マジか」
衛兵三人は信じられないという顔をしていたが。実際に、それを身体で体験した若者たちは、恨みがましい目で彼らを見た。
「てめぇ、リューリンク、覚えてろよ」
「何がぽんこつおっさんだよ。化物じゃねーか」
非難を浴びる衛兵たち。その図が、彼らが若者をディランにけしかけたことを証明していた。
「お前らなぁ」
その三人に、ディランは額を押さえて声をかける。
「な、なんだよ!」
「……」
ディランは額に触れたまま、片方の眉を持ち上げる。
「文句があるなら直接くるかと思ってたんだが……意外と臆病だな。特にゾマー、お前はもう少し根性のある奴だとな。私の目も濁ったものだ」
やれやれ、と呆れ果てたように首を振る。もともと沸点の低いゾマーが暴発するのに十分な煽りだった。
「やったろうじゃねえか、ああ!?」
羞恥と怒りに燃えたゾマーは、連結棍棒を壁に叩きつける。ガン! と、石壁の一部が砕けた。
逮捕した若者たちを留置場へ叩き込んでから、ディランたちは衛兵司令部へ帰還した。そのまま訓練場に直行する。
「これはあくまでも訓練だ。だからお前らが私を半殺しにしようが文句は言わん」
「おもしれー。良い度胸じゃねえか」
素行は悪くても、戦力としては一目置かれる六〇一小隊の面々を前に、ディランは平然と告げた。
「なんだなんだ?」
「また六〇一かよ……」
他の衛兵たちも、何事かと訓練の手を休め見物を始める。
「ちょっとぉ、止めましょうよ隊長! 姐さんは魔術が使えるんすよ?」
「そうだったな。別に魔術を使っても構わん。ヴィダルの魔術器もな」
「ああ!?」
ゾマーは赤毛を逆立てるかと思うほど怒った。
魔術や魔術器は使用禁止と、自分たちでも思っていたのだ。それほど、魔術のアドバンテージは大きい。つまり。
「あたしらをとことん舐めてやがるな」
「舐めていないが」
「はっ! そういえば、あんた娘を魔術師学院に入れたんだってなぁ? 良いよなぁ、英雄さんはよぉ! あちこちにコネがあるんだろ?」
「んん?」
上司に娘の簡単な状況くらいは説明している。噂となってゾマーたちが知っていてもおかしくはないが。今その話をするのか? と、ディランは首を傾げた。《もしかすると、ゾマーの鬱憤は、そのあたりに原因があるのかもな》
魔術適性が高いのに、魔術師学院に入学できない。何か複雑な事情があるのかも知れなかった。
「まあ、良い。そろそろ口じゃなく身体を動かそう。……三人まとめてかかってこい」
「……!? 分かったよ……娘に会えなくなっても恨むんじゃねーぞ?」
「あーあー……」
「……」
赤を通り越して白くなってきた顔で、ゾマーは宣言した。リューリンクは諦めたような顔で、ヴィダルは目だけギラつかせ、ゾマーの隣に立つ。
「開始だ」
木剣を三人に突きつけ、ディランは宣言した。
「火精! あたしの武器に破壊の力を!」
ゾマーは真っ先に火の魔術を行使した。彼女の手にした連結棍棒が赤く輝き、炎を纏う。
正式な訓練を受けていないゾマーは、火の矢を発射するような魔術は使えない。しかし、熟練した戦士としての彼女には、ある意味理想的な魔術の使い方だった。
火精の魔力を注がれた棍棒は、ただ燃えているだけではない。重装甲越しの打撃でも、中の人間を焼き殺せるほどの威力がある。
「やべっ。マジで姐さんキレてるよぉ……」
「……俺もだ」
確かに、ヴィダルは静かにブチ切れていた。ゾマーの炎の棍棒はそれでも、寸止めという手加減ができる。
だが、ヴィダルは躊躇なく火竜槍をディランに向け……。
「危ねぇっ!」
見物していた衛兵の誰かが叫んだ。火竜槍の穂先から、その名のとおりの炎の槍が撃ち出されたのだ。鋼鉄も貫く熱線である。
誰もが、中年隊長が胴を貫かれ燃え尽きることを確信した。
ディランはヴィダルが火竜槍を自分に向けた瞬間から動いていた。木剣は上段。胸元に伸びてくる炎の槍へ振り下ろす。
他の者にとっては一瞬。
ディランには数秒に感じられる空間で。
ディランの目には、炎の槍が赤い『粒子』の集合体に『観えて』いる。
この世界の武人は、この『粒子』のことを『気』と呼んでいた。『気』は空間にも物体にも無限に満ちている。むしろ、自分たちが『気』の海の中を漂っている。今のディランはそのように世界を『観て』いた。
ディランは木剣の『気』を核として、空間に充満した『気』も巻き込んでいく。水中で剣を振った時、そこにできる波と渦。
振り下ろす木剣は、『気』の激流を生み出していた。
「喝っ!」
炎の槍の先端に木剣が触れた瞬間。
裂帛の気合。木剣とともに炎の槍に正面から激突した『気』の流れ。それを、木剣を旋回させることで巨大な『渦』に変える。
「っ!!」
「なにぃぃぃ!?」
「馬鹿なっ」
ヴィダルたち衛兵には、ディランが円を描くように木剣を廻したとしか見えない。その円に合わせて槍が軌道を変え、跳ね上がったとしか思えない。
跳ね上げられた炎の槍は、訓練場の天井を貫き虚空へ消えていく。
「……そん……げっ!?」
呆然としたヴィダルの鳩尾を、踏み込んだディランの木剣が突いた。青年は長身をくの字に折り、胃液を吐く。
「馬鹿もん! 魔術器を使うのが良いが、私が避けたらどうするつもりだ!? 他の者が怪我をするだろう!」
「ひええ……」
蹲るヴィダルをディランは怒鳴りつけた。確かに、ディランの背後にも見物の衛兵が居た。自分の胸に穴が空いていたかも知れなかったことに気付いた衛兵たちは、顔を青くしている。
他の者たちも、魔術器の攻撃を生身の人間が防ぐという異常事態に驚愕していたため、『いや避けるのも無理だろ!』と突っ込むことはできなかった。




