第十一話 黄金の皇女
声をかけてきた女生徒は『使い』だと言った。
彼女はユーリアを教室の最前列まで案内する。アイネとブルダンも付いてきていた。
「お呼び立てして申し訳ございません。私、イルゼ・ゴルド・ヴァリアールと申します。非才ながら、このクラスの級長を任されておりますの」
「……ヴァリアール」
淑やかに一礼したのは、黄金の髪も麗しい少女だ。『気品』という絵画の題材になりそうな、美貌と物腰である。
ユーリアは少女の家名を小さく呟く。その名は、ヴァリアール帝国皇族でなければ名乗れない。
「ユーリア・マイクラントです。よろしくお願いします」
ユーリアは折り目正しくお辞儀を返した。
父に見せる甘えた顔でも、たったいま友人たちに向けていた年相応の少女の顔でもない。余所行きの顔だ。
「ええ、こちらこそ。慣れないことばかりでご苦労もあるでしょう。皆さんも、ユーリアさんにご配慮くださいね?」
「はい、イルゼ様」
「もちろんですっ」
もちろん、イルゼの周囲には多数の取り巻きがいた。ほとんどが女生徒である。同じ制服姿だが、髪や指、胸元に豪華な装飾品がきらめいている。口々に返事をしたが、ユーリアを見ているものはいない。
「ユーリアさんは、光の属性持ちですとか? 実は私もなのです。等級は一級。同じ属性の方と初めてお会い出来て、嬉しいですわ」
「光栄です」
イルゼの言葉も表情も極めて友好的で温和だった。しかし、髪と同じ黄金の目にあるのは好意ではなく、もっと冷静な何かだとユーリアは感じていた。
そして、ユーリアが気付いたことはもう一つ。
「……私、このような者ですので、お嫌かもしれませんけれど。仲良くしてくださいませ?」
イルゼはそういって自らの髪をかきあげた。ユーリアが気付いたことは、隠しているわけではないらしい。
黄金の髪の間から見えた耳の先は上品に尖っていた。エルフ……の血を引いている証だ。
すでに学生たちは知っているのであろうが、取り巻きやアイネたちは軽く息を飲んでいた。
エルフは帝国に従属する『友好亜人』の一種族だ。その美しさや長寿、賢さによって人間から憧れの目を向けられている。一方で、たった二十年前までエルフと人間は熾烈な戦いを続けていた。結果は人間――帝国の勝利であり、現在でも、エルフを敵・奴隷種族と思う人間もまた、多い。
「あ、別に私そういうの気にしないので」
ユーリアは素に戻って言った。演技でもなんでもない。彼女が育った魔境都市には、種族による差別など存在していなかったのだ(正確にいえば、差別などしている余裕がなかった、のだが)。
「あ、ありがとう。これからよろしくお願いいたします」
この日ユーリアが見た皇女の表情の中で、この小さい驚きだけが本物だった。
午後の講義も終わり、ユーリアと友人二名は中庭のベンチでくつろいでいた。
「ユーリアちゃん、イルゼ様相手にも堂々としてたねー。凄いわ」
「息詰まる対決」
「そんなことないよー」
やはり、話題はイルゼの件だった。
アイネたちの説明によれば、イルザは皇帝が侍女に手をつけて生まれた十三番目の皇女らしい。その侍女が遠くエルフの血を引いていたことは、帝国でも指折りのスキャンダルであったそうだ。
「だから、イルゼ様も微妙な立場なんよねー」
「皇位継承などは最初から無理筋。他国との政略結婚くらいしか使いみちなし。しかし、稀有な光の属性持ちあることが判明したため、学院に入学。彼女が身を立てるには、魔術師としての道しかない、という次第」
「……」
端的に皇女の立場を解説し、眼鏡を光らせるブルダン。その顔に、ユーリアとアイネは冷たい視線を向けた。
「な、なんですかな?」
「言い方ぁ!」
「おぼわっ!?」
またしても、少女二人のボディブローがブルダンの腹を襲った。
皇女イルゼは、筆頭教官ウードに呼ばれ彼の研究室に居た。級長である彼女が筆頭教官に呼ばれること自体は、良くあることである。
「何か御用でしょうか?」
「……ユーリア君とはもう会ったね」
「? はい。光の二級ですとか。それに何だか、不思議な方でした」
予想外のウードの言葉に、イルゼは首を少し傾げた。そんな仕草ですら、気品がある。
「学生たちを混乱させたくなかったので秘密にしているのだが、君にだけは伝えておこう。実は、彼女は全属性、全特級だ。いわゆる、万魔王だよ」
「なっ……!?」
さらに思いもよらぬ言葉に、イルゼの表情が崩れた。不審から驚愕、そして……絶望。
「もっとも、彼女は万魔王より万魔王女が良いと言っているがね。……そういうわけで、皇女であり級長である君には、彼女にいろいろと配慮をしてあげてほしい。良いね?」
「……ぁ……ぁ……。あ? は、はい……承知いたしました」
青ざめ、呆然とする皇女。その皇女を、筆頭教官は冷静に見つめていた。




