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第十話 基礎課程

 ユーリアたちは学生棟で荷物を置き、身軽になっていた。ついでに、ユーリアは支給された制服に着替えている。

 初めて制服を着たユーリアは、顔を赤くしながら歩いていた。


「やっぱりちょっとこれ、恥ずかしいんだけど……脚丸出し……」

「タイツ履いてるんだから全然へーきっしょ? ユーリアちゃん脚長いんだから、活用しないと!」

「シルエット的には、先程の衣装とあまり変らないように思えますが」

「ズボンとは全然違うよぉー」


 ユーリアはこの数年、魔境都市の冒険者として、魔獣を斬り殺したり魔物を斬り殺す生活をしていた。そんな彼女に『おしゃれ』という概念は馴染みが薄い。漠然とした憧れのようなものはあったが……。


「まさか私がこんな短いスカートを履く日がくるなんて……」


 両手でスカートの裾を掴んで押さえながら歩くユーリアの肩を、アイネががばっと抱いた。身長はアイネの方が少し高い。


「いやー光の属性持ちなんて、いけすかない超エリートさんかと思ってたけど、ユーリアちゃん可愛いよねぇー! 何でも教えてあげるから、分からないことあったら遠慮せずに聞いてね?」

「右に同じ」

「う、うん。ありがと……」


 ユーリアは新しい『友人』の言葉にまた少し赤面した。




 今日最初の講義まだは時間があるということで、ユーリアはアイネとブルダンに連れられ学院内を巡っていた。


 大食堂、保管庫、運動場、教官棟、研究棟、実験場、治療院。購買部。警備員詰め所に祭儀場、大講堂。

 帝国政府や各種ギルド、神殿からも資金援助を受けた学院は、いたれりつくせりの環境だった。


「あそこが図書館ね。あんま行ったことないけど」

「拙者は大いに利用しておりますぞ」


 アイネが三階建ての一際荘厳な建物を指差していった。ブルダンの解説によれば、魔術や魔工学に関する貴重な書物はもちろん、ダンジョンから発掘された神器アーティファクトや魔導書も保管されているという。


神器アーティファクト? そんな危ないものを置いているの?」

「ここは研究施設でもありますからな。教授たちが研究用に使うようですぞ」

「ふーん」


 ユーリアは、魔境都市近辺のダンジョンを探索して危険なアイテムを発見したこともある。町中にそうしたアイテムを保管しておくのは危険かも、と思ったのだが。《帝都の人たちは頭良いっていうし、きっと凄く厳重に封印してあるんだろうなー》



「さ、ここがあたしら基礎課程生の教室だよー」


 アイネとブルダンがユーリアを連れてきたのは、劇場のような建物。内部はほとんど扇型の教室に占められている。扇の要の部分に教卓があり、それを階段式の学生席が取り囲む構造だ。


 講義は始まっていなかった。

 ユーリアを真ん中して左右にアイネとブルダンが座る。一番上の席の端に座る三人、特にユーリアには生徒たちの好奇の視線が遠慮なく向けられていた。


「あ、あれが光の属性持ちか……」

「しかも二級なんだろ? 凄ぇよなあ」

「凄い美人ねぇ。でも平民なんでしょ?」


 ユーリアのネクタイを直してやりながら、アイネがにやつく。


「ふふーん。あたしらのユーリアちゃん、注目度抜群じゃん」

「付き合いの差は一刻程度しかありませんがな」


 ブルダンはユーリアに白紙の帳面ノートをくれた。魔境都市では紙の書物、ましてや消耗品の帳面などは贅沢品なので、ユーリアはぴょこりと頭を下げる。


「ありがとう」

「合格祝いに、金持ちの親戚から貰ったものですからな。ユーリア殿に使ってもらった方が、帳面も喜ぶでしょう」

「あんた、私にはくれなかったよね?」

「アイネ殿は、その親戚よりも金持ちの家の生まれではないですか」


 自分を挟んで言い合いを始めた二人の顔を交互に見て、ユーリアは思わず微笑む。


「ふふ」

「おー笑った笑った! かぁーわーいーいー!」

「ひゃっ」


 アイネに強烈に抱擁され、目を白黒させるはめになった。




 講義がはじまった。

 教官は中年女性で、教科は『精霊基礎』だ。


「前回は、地水火風の精霊は、世界の根幹を成す四大元素の化身である、というお話をしました。今日は、光と闇について解説します……」


 魔術師学院では、講義は座学と実技に分かれる。

 昔ながらの魔術修行では、座学はかなり軽視されていた。しかし、魔術器アークの研究・開発を専門とする『魔工学』は違った。座学、すなわち知識とその応用力がもっとも重要なのだ。魔術適性が低くても、座学で良い成績をとり、魔工学課程へ進めば出世の道が開ける。

 そのため、学生たちはとても真剣に講義を聞き、筆を動かしていく。


「光と闇の精霊は、私たちが知覚する物理的な光、闇だけでなく精神的な領域を象徴しているとも言われています……」


 右に座ったピンクブロンドの少女と、左に座った肥満体の少年。アイネとブルダンも意外なほど真面目に講義を受けていた。


 一方、中央のユーリアと言えば、重くなる瞼を止めようと意志の力を振り絞るのに必死だった。《せっかく先生がお話してくれてるんだからちゃんと聞かないと! 人が真面目にやってることは真面目に見て聞けってお父さんも言ってた!》


「……そういうわけで、現在魔術師が確認している精霊は元素精霊四種、上位精霊二種です。しかし、これは人間が認識できる限界というだけでのことで、それ以外の精霊が存在する可能性も……」




「……」

「おーい、ユーリアちゃーん」

「はっ!?」


 机につっぷして爆睡していたユーリアを、アイネが揺り起こした。講義はいつの間にか終わっている。


「ごめんね、あたしらも気付かないうちに爆睡してたからさ」

「恐らくお疲れだったのでは」

「あぁぁぁ……やっちゃった」


 口元から溢れた涎を慌てて拭い、ユーリアはしょげかえった。周囲の学生の視線もかなり冷たい。


「んーまーね? あたしの柄じゃないけど、あんま良くないと思うよ、ユーリアちゃん」

「基礎課程とはいえ、テストはかなり難関らしいですからな。体調管理をしっかりと」


 アイネとブルダンは真剣に忠告した。二人とも、特待生であるユーリアとは親密になった方が良い、という打算くらいはあったが――純朴なくせにどこかに『怖さ』のある少女のことを好きになっていたのだ。


「う、うん。ごめん。……ありがとう」

「分かってくれればいーよ! 今度、眠気覚ましのアメ買いにいこっ」

「後で拙者の帳面を写すと良いでしょう」

「うん!」


 ユーリアはユーリアで、自分の直感が正しかったことを確信して温かい気持ちになっていた。

 そこへ。


「ちょっとよろしい?」


 顔をあげると、まだ名前を知らない女生徒がどこか見下ろしていた。


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