第一話 伝説の『武王』
魔界から襲来した魔族軍と、人類軍の戦争が始まって三年が過ぎていた。
戦争の経緯はおおむね、人類勢力の連戦連敗、人類同盟の結成、反抗開始、最後の決戦、の順に進んだ。
最後の決戦。
舞台はハイラス平原。両軍合わせて十五万の軍勢の激突。そう、今まさに――。
「ディラン! 行ったぞ!」
「任せろ!」
ディランと呼ばれた若い戦士は、突進してきた魔族兵を一刀で斬り捨てた。
もう、何十体斬ったか分からない。長剣も鎧も、顔まで返り血に塗れていた。
「おい、生きてるか!?」
「まだ元気さ」
会戦が始まってから数時間。人間側も魔族側も指揮系統を分断され、それでも乱戦を続けていた。普通の戦争ならあり得ないのだが……分かっていたのだ。この戦いで負けた側が、大陸での生存権を失うのだと。
「部隊と合流できないか!?」
「いや無理だろう。多分……俺たち以外全滅してる!」
ディランと、相棒のシュレイドは、声をかけあいながら混乱しきった戦場で剣を振り続ける。
二人ともまだ少年という年齢だ。しかし、その武術は圧倒的であった。
「はっ!」
ディランは敵の動きを読み、必要最低限の動きで攻撃する。魔族兵が武器を振り上げた瞬間、踏み込んで喉を貫く。横から突き出された槍を掴んで向きを変え、前方の敵の腹に叩き込む。
家よりも大きい巨人が踏みつけようと足を上げれば、すかさず軸足の腱を断ち切り、倒れたところで喉を切り裂く。
「おらおらおらっ!」
シュレイドの戦闘理念は一つ。相手より先に動き一撃で致命傷を与えること。その理念を実現するだけの瞬発力を彼は備えていた。
シュレイドが地面を砕くほどの踏み込みに合わせて大剣を振るえば、ほとんどの魔族兵は何をされたかもわからず首を斬り飛ばされていった。
「俺は可愛い嫁さんもらって、子供二人と幸せな家庭を築くまで死なないぞ!」
茶色の髪の少年。普段は無口なディランが吠える。
「俺は皇帝陛下の騎士になる! 出世しまくってやる!」
黒い髪の少年、シュレイドは剣筋同様真っ直ぐな欲望を力に変える。
「ディランこの野郎! いつも仏頂面で真面目ぶりやがってるくせに、本音はそれか! 軟弱者が!」
「そっちこそ出世の亡者はみっともないぞ! 恥を知れ!」
若き二人の戦士は罵声を浴びせ合いながら、次々と魔族兵を血祭りに上げていく。ふざけているわけでも、余裕があるわけでもない。ただ、戦場の狂気と恐怖からお互いを守るために軽口を叩き合う。
ディラン・マイクラントとシュレイド・トレーネ。
この『大戦』を通じて多大な功績を挙げ続け、『武王』と称えられた戦士である。
「……なろぉっ!」
「ガァァァッ!?」
茂みから飛び出してきた魔獣の喉を、振り向きざまに正確に斬り裂いたディラン。さすがに少し息が上がっている。
「おっ! あれ見ろよ!」
同じように疲れた顔をしたシュレイドが、乱戦の一箇所を指差した。そこで、巨大な爆発が起こり数十体の魔族が吹き飛ばされたのだ。
「魔術師か! 頼もしいな」
「あんなのが千人もいたら、こんな戦争すぐ終わったのにな!」
「そうなったら俺たちもお役御免だな」
「ああ。だがその前に……」
「こいつを……やらないとな!」
竜巻のように魔族を薙ぎ払い続ける二人は、魔術師以上に目立ったのだろう。彼らの前に、獣頭に角と翼、魔剣を携えた巨体の魔族が立ち塞がった。真紅に燃える瞳に漆黒の闘気をまとった威容。ひと目で強敵と分かる。
「魔神将……だな?」
「イカニモ。人間ノ武人ヨ……サア、死ト踊ロウゾ!」
結局のところ、人類軍は半数の犠牲を出してハイラス平原の会戦に勝利した。
それ以上の被害を受け、魔族軍は壊滅状態になった。『魔城の空間転移による帝都奇襲攻撃』など、様々な抵抗を示しはしたが、全体の戦局から見ればそれは悪あがきに過ぎない。
会戦後三ヶ月で魔族軍は魔界へ撤退し、『大戦』は終わった。
『三軍神』『五竜騎』……そして『八武王』。
戦後、武名を挙げた者たちは異名と報酬、それなりの立場を得た。
ディランもシュレイドも、たった数年で並の軍人の数十年を越える修羅場を味わい、その犠牲に相応しい幸せな生活を……手に入れた…………はずだったのだ。