ユウト君とマユミちゃん
外は白の世界が広がっていて、子ども達は雪合戦をしたり雪だるまを作ったりしている。子どもは風の子というから、皆元気に外で遊んでいる。
校舎には先生しかいないよね? 寒いからって、ストーブの前を陣取っている子どもなんていないよね……っていたよ! ニット帽を被って首にはマフラーを巻いていて両手には手袋をしていてスケッチブックに絵を描いている女の子が。そんなに防寒しなくても服とズボンだけで十分じゃない? この部屋ストーブで暖かくなってるし。
それともう一人いるな、雪景色をぼんやり見ている男の子。この子は女の子程防寒をしてないけど、ニット帽はしているな。
「ねえユウト君、外で遊ばないの?」
「寒いし遊ばないよ、マユミちゃんは?」
「私は寒いのが苦手だし絵を描いてるのよー」
「寒かっても絵は描くんだ。はいカイロ」
ニコッと笑ってユウト君はマユミちゃんにカイロを渡した。マユミちゃんはありがとう、と言った後にクシャミをした。
絵を描く事が大好きなマユミちゃんは何処へ行くにもお友達のスケッチブックを連れていく、晴れた日にはたまに駅前で似顔絵を描いてたりします。一人前じゃないので無料、絵描きのお父さんは有料です。
「クシャミしたし一応確認するね、ないと思うけど」
そう言ってユウト君はおでこをマユミちゃんのおでこに付けた。マユミちゃんのほっぺたは赤くなっている、照れているのかな。
「うーん、熱はないね! ホッとしたよ」
「……」
「熱あるかもーって心配したのに、お礼ないんかー」
「……あ、ありがとう」
ユウト君は困った顔をして窓の方へと歩いていった。そしてまた雪景色を見ている、ぼんやりと。
右手で握っているカイロを見つめているマユミちゃんは、ため息を付いてカイロをポケットに入れた。
「今日はどっちが勝つかな? 雪合戦」
「んー、私は勝つのマサキ君だと思うよ」
「何で?」
「だってマサキ君には好きな女の子がいるからねー」
ニコニコしているマユミちゃんは楽しそう、ユウト君はふーんて言うだけで楽しそうじゃない。
マユミちゃん白い息を吐いて、スケッチブックに描いている絵を見たあとユウト君をチラッと見た。
顔を真っ赤にしながらスケッチブックをカバンに入れる、そこに描いてあったのは男の子の絵だ。
「そうそう」
何かを思い出したかのようなユウト君は、ストーブの前に座っているマユミちゃんを横切って黒板の前にやってきた。そしてチョークを掴み、黒板に何か文字を書き始めた。
チョークの音だけが響く教室、まるで授業中のように静かだ。こんな時少しでも音を出したら、注目の的になっちゃうよね。
「マユミちゃん、これ見てくれない」
書き終わってマユミちゃんに手招きをした。
「何? 算数の計算わからないから教えてとか?」
振り向いて黒板に書いている事を見たマユミちゃんは、声が出ないぐらいビックリした。何も言わないまま椅子から立ち上がって、黒板に近づく。
――ユウトとマユミはラブラブ
黒板にはそう書いていた。マユミちゃんはユウト君を見た、しかしユウト君はいつもと同じ。自分が何をしたのかわかっていないのかな。
「ラブラブって何かマユミちゃんは知ってる? 僕はわかんないなー」
どうやらユウト君はラブラブの意味を知らないみたい、知らないのにどうしてこんな事書いたんだろう。
「まあいっかー、別に知らなくても良いし。ゴメンねマユミちゃん、質問なんかして」
ユウト君は黒板消しでその文字を消して廊下の方へと歩いていきます。大きな黒板の左下にちゃんと消せてない文字、ラブラブはありました。
「待ってユウト君!」
教室中に響く大きな声で呼び止めたマユミちゃん、ユウト君は待ってと言われたので立ち止まります。
おでこを押さえてマユミちゃんのそばへと歩いてくるユウト君、ほっぺたが赤くなっています。
「なんかね、おでこが熱いんだよね、熱かも」
「……あとで保健室に一緒に行こう、私保健係だし」
「今すぐ行きたいんだけど、頭も痛いしー」
頭とおでこを押さえているユウト君、ホントに辛そうです。保健係のマユミちゃん、早く保健室に連れていかないと!
「私ね、ユウト君の事が好きなの」
「僕の事が?」
マユミちゃんはユウト君の手を引っ張った、そして手袋を取ってユウト君に付けてあげた。
「ありがとう」
「どういたしまして。でね、私はユウト君とラブラブになりたいの」
人差し指を窓ガラスに付けたマユミちゃん、今から何をするのでしょうか。
空いてる手でポケットに入れていたカイロを取り、ユウト君へと軽く投げた。
「口で言ってもわからないと思うし絵で伝えるね、すぐに消えちゃうからよく見ててよ」
「う、うん」
冬はさ、画用紙とかスケッチブックがなくても絵を描けるんだよね。
えっ、何処に描けるかって? 窓ガラスだよ。冬の寒い日は窓ガラスって、あたたまった部屋の水蒸気で真っ白にくもってるでしょ。だから冬だけ、窓ガラスは画用紙とかスケッチブックがわりになるんだよね。窓ガラスに描くなら、紙が勿体なくならないし色んなトコロに落書きをしちゃうイタズラっこはママに怒られなくて済むんだ。
てかそんなトコロに描かなくても、砂があるとこなら年中絵を描けるよ! コレなら窓ガラス同様紙が勿体なくならないしママにも怒られなくて済む、それに絵を残そうと思えば残せる! 風で元に戻っちゃうから、風をふせがないとイケないのが問題だけど。ああ、あと雨もだ。
「こんなもんかな」
マユミちゃんはあっという間に窓ガラスに、ネクタイを付けている人とスカートをはいている人が手を繋いでいる絵を描いた。背景は山に川に観覧車。
「これがラブラブ?」
「うん、二人はラブラブなんだよ。ラブラブな二人はとても仲良しだから、色んなトコロに遊びに行くの」
窓ガラスに描かれた二人は笑っていました、とても幸せそうにとても嬉しそうに。
その時遠くの方から足音が聞こえてきました、もう直ぐ休み時間が終わるから皆教室に戻ってきてるのかな。
「わかったような、わからないようなー」
「どっちよ」
「でも心に残ったよ、ちゃんとね」
ユウト君はニコっと笑った。しかし、頭を押さえてしんどそうにしている。
マユミちゃんはあたふたしている。こんな時どうすれば良いのかな、人工呼吸するほど重傷じゃないよね、消毒しただけでは治らないか、と色々考えてパニックになっているかもしれない。
「ユウト君、ほんとに熱あるの?」
「あるんじゃないのー、おでこ熱いし」
「じゃあ確認するね」
勢い良くドアが開いて、クラスメイトが教室に入ってきた。楽しかったねーと皆笑顔だ、マサキ君一人を除いて。
マユミちゃんはユウト君のおでこに自分のおでこをつけていた、それを見たクラスメイトは口をぽかんと開けている。
「熱あるね、早く保健室に行きましょう」
「だからさっき言ったんだよー」
マユミちゃんはユウト君の手を繋ぎ保健室に行こうと思った、しかしそこにいたクラスメイトは目を手で隠していた。
「私今からユウト君を保健室に連れていくから」
首をかしげて、何やってんだろうと呟いたマユミちゃん。ユウト君はクラスメイトを見て、真似をして目を手で隠した。
「マユミちゃん、やっぱりユウト君とラブラブだったんだね」
「もう一回キスしろー!」
「お幸せにね、結婚式には呼んでよ」
「ヒューヒュー」
クラスメイトの皆は盛り上がっている。ユウト君とマユミちゃんはいつも一緒にいるから、ラブラブだと思われているのだ。
マユミちゃんは突然の事にオドロいて数秒白目になっていたが、何かに気付いたのか首をぶんぶん横に振った。
「違うの、アレは違うの! おでことおでこを付けてただけで、キスとかしてないの!」
二人がラブラブかはワカラナイけど、さっきマユミちゃんが描いた絵と同じように今二人は手と手を繋いでいる。
黒板の左下にあるラブラブという文字は残っているけど、窓ガラスに描いたラブラブな二人の絵は消えていた――。