暗がりの中で
「……ここは?」
真っ暗で何も見えず、ここがどんな所かも分からない。
手足を動かそうにも鎖で繋がれているのか、大した身動きすら取ることもままならない。
「おーーーい、誰かいるかにゃーーー?」
返事が無いかわりに聞こえるのは私の声の残響だけだった。
どうやら広い空間に居ることだけは分かったが、どんな所なのかは検討もつかない。
「わたし、どうしてここにいるのかにゃ」
少しばかりの頭痛をこらえ、記憶を遡ってみる。
レイヴと共に御家騒動に巻き込まれ、その後廃墟に辿り着いた。それから――
「そうだにゃ、わたし……あそこで気を失って……」
なんとなくだが把握してきた。
「そっか、多分あの予言者に捕まったんだにゃ」
となると、レイヴだ。
「レイヴ!
レイヴいるの!?」
私の呼び掛けに応える声はなかった。
彼のことだ、まさかとは思うが安否が気になる。
「うそだよね、そんなことないよね……まさかレイヴがそんなこと……」
短い時間ではあるが、彼といた想い出が甦り涙が溢れてしまう。信じたくない気持ちは、この場にいない現実に押し潰されてしまいそうだった。
膝を抱え、嗚咽を漏らしながら泣く私の耳に足音らしき物が聞こえてきた。
「おやおや、何やら騒がしいと思って来てみると意識を取り戻したのですね、猫娘」
少しばかりの光りにも目は慣れず姿形しか見えないが、声の感じからするにあの時の予言者だろう。
「レイヴはどうしたにゃ!?
ここはどこにゃ!?
わたしをどうする気にゃ!?」
高ぶる感情のままに飛びかかろうとしたが、鎖に邪魔され伸ばした手は空を掴んだ。
「一度に質問されても困りますよ、私だって人の子ですのでね」
「それなら!
レイヴは、レイヴはどうしたにゃ!?」
「あぁ、あの男ですか。
意外としぶとく厄介な男ですよ、彼は。
そんな彼に付き合ってられるほど暇ではないのでね、私の方から身を退きましたよ。
それに私の目的は貴女でしたし」
生きている、ちゃんと生きているんだと実感するとまたも涙が頬を伝っていく。
「そっか……レイヴ、無事なんだ」
「他人の心配ではなく、少しは自分の心配もしてはいかがですか?
クックックッ」
確かにそうではあるが、私はもう親しい人とお別れするのは耐えられない。ならば、自らが犠牲になるのはいとわない。
「だったら!
ここはどこにゃ!」
ようやく目も慣れ、男の姿が薄明かりの中に浮かび上がっている。やはり、あの予言者の男そのものだった。
「ここは?
というと、地下牢とでもいうべきでしょうか。
それとも、大陸から離れた独自の文明をもつ島とお答えするべきかな?」
聞いたことがある。一時だが行動を共にした女性が、独自の文明をもつ島国から来たのだと言っていた。
一度は行ってみたいと思っていたが、こんな形で来る羽目になるとは想像もしていなかった。
「そんな遠い島国に来てまで、地下牢に閉じこめるなんて変にゃ。
大陸でも良かったはずにゃ」
「ふむ。
まだ少女だというのに目のつけどころが良い。
そう、こんな島国に来なければならない理由というものがあるのです。
そうでなければ、わざわざ来ませんよ」
話を聞けば聞くほどに疑問の数も増えていく。
「だったら、この島国でわたしをどうするにゃ?
また実験台にするにゃ!?」
少し声を荒げ放った言葉に男は鼻で笑ったかと思うと、高笑いへと変化していった。
「実験台か!
なるほど、貴女はあいつの元から逃げて――いや、殺してきた人猫だったのですか。
これはこれは、面白いものですな」
私の予想もしていない答えが帰ってきた。予言者同士は繋がりを持っていて、情報の交換は常にしているものだと思っていた。多分、レイヴもそんな風に思っていたと。
「どういうことにゃ?
あの予言者とは話してないにゃ?
結局、目的はなんだにゃ!?」
「また質問責めですか。
いやはや、困ったお嬢さんですね。
今、貴女に色々とお話する訳にはいかないのです。
ここまできて、せっかくの未来が変わってしまっては台無しですからね。
ただし、これだけは言っておきましょう。
明日になれば少しずつ分かってきますよ。
クックックッ」
含み笑いに苛立ちを感じるも、これ以上は聞いても無駄だと判断し言葉を呑み込んだ。
すると、男も話すことはないのか一歩踏み出し立ち去るのかと思うと、急に歩みを止めた。
「そうそう、ちなみに今はまだ日も沈んだばかり。
夜はこれからです。
食糧と飲み物は持って来させましょう」
「だったら、魚とミルクがいいにゃ!」
今の私に抵抗出来ることといえば、このくらいの我が儘しかない。惨めと言われればそれまでだが、大好物を要求するのに惨めもへったくれもない。
しかし、男は用意させると言い高笑いと共にこの場を立ち去った。
それには呆気に取られたが、用意してくれるのならここは黙って待ってみようかと思う。




