5 『複雑』
プレイヤーが圧倒的な力を持って世界に干渉したとして、それで思い通りにいくとは限らない。そんな無力感を、俺はこの二年間で味わっていた。
リアを救ってみせると大言壮語を吐いて息まいてみせたあの日から、もう二年。何をやっても上手く事が運ばない。
いつもあと一歩の所で計画が台無しにされる。
まさにそれこそが決定された『運命』のように。
ジークとイリアはもう、学園にはいない。リアと貴族による政治の搦め手で、王国全域に及ぶ指名手配が広がった。この国に彼らの帰るところはもうない。
シナリオに乗っ取れば二人は多種族の国へ行き、彼らを襲う事件を解決し他国の王と懇意になり、権力をつけているころだ。さらにジークは精霊と契約し、これから主人公としてのチートっぷりを発揮してくる。
イリアが聖女として覚醒し、専用武器聖杖グランデルドを手に入れる頃には、いよいよ舞台は終盤へと向かっていく。
思ったよりも事態が進行するペースが早い。期限はあと、二年あるかどうか。
ジークたちが仲間を引き連れ内戦を起こし始めた時、最終決戦となる。それまでに俺も、必要なものを揃えておかなくてはならない。
『ニンゲン……何を求め、我の前に立つ』
目の前の巨大な黒竜が、高圧的に言葉を発する。竜帝ガルヴァン。クリア後に残された裏ボスである。
ジークは文明の隠し遺産『転移魔法陣』で世界各国を移動。リアは最新の移動手段である『飛空艇』による移動。
「いやあ、ちょっとね――」
こうしてみると、すごい厨二だなあと苦笑する。慣れた動作で剣を引き抜き、切っ先を黒竜に向けて戦意を示す。それに呼応するように黒竜は伏す体勢を解き、高々と咆哮した。
彼らが各地で発生させるイベントに追いつくためには、俺にも移動手段が必要だ。
「――俺のリムジンになってくれや」
『ならば、我を打倒してみるがよい!』
正直、黒竜さんの弱点は全部知っていたのでフルボッコだった。
***
「レオンハルト……どうやってここに。ここ、上空よね?」
「久しぶりだな、リア。ここまで追っかけんの苦労したぜ、いやマジで」
黒竜を味方にしてから数か月後、上空をランダムにウロチョロする飛空艇を探し出すのは困難を極めた。最終的にゲームで覚えていた、待ち人を探す占い師のことを思い出さなかったら、ずっと見つけられなかったんじゃないかと思う。
「前方に黒竜!回避急げ!」「あれは封印されているはずの……!?」「雷雲が集まってきている!あいつが呼び寄せたんだ!」「魔力の異常気象により現在位置不明!一体どうなっている!」
黒竜――ガルが突如現れたことにより混乱している船員たち。鉄仮面のリアもさすがに動揺している。
「おぉーい!敵じゃないから!威嚇しなくていいぞ!」
窓から叫ぶと、警戒を解いたガルが静まり、天気が次第に回復していった。
雷のせいで俺まで叩き落されたらどうなっていたのだろう。
「あの竜、あなたのなの?」
「ちょっと前に倒して仲間になってもらったんだ。格好いいだろ」
鼻を高くする。ガルの乗り心地は最高で、風やらゴミやらはすべて結界により弾き飛ばされるので、実に優雅な空中の旅をくつろげることができるのだ。
約一年越しに見るリアの姿には、もうあどけなさは残っていなかった。女性として完成に近づく体は膨らみを宿してきていて、見ていると目に悪い。
それに元々将来有望そうだとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
凛とした目はそのままに、大人の色気が加わっている。とんでもない美女だ。
「元気そうで良かった」
「あなたは、変わらないわね。竜を仲間にするなんて……本当に、あのとき仲間になってほしかった」
「俺の言葉は、あの時のままだ。いつだって君を助けるさ。本当に助けを求めてくれたんならね」
「まだ、その話をするの?」
「そんな話がしたかったから、ここまで来たんだ。本気じゃなかったらこんなトコこねえよ」
ジークにも会いに行ってみたが、説得には応じてくれなかった。彼の方も内戦のための準備をしてきて、もう戻れない立ち位置にある。
そろそろ終わりにしなければ、あとがない状況にまでなってきている。
「頼むよ、リア。話を聞いてくれ。俺は戦争を止めたい。お前が傷つくのは、見たくないんだ」
リアの瞳は、大人びても変わらない。達観したように、諦観のこもった目でコチラを見返してくる。寂しそうな眼で、俺を捉えて離さない。
「なんで、あなたの中で私の負けが決定しているのか、問いただしてみたいところだわ」
「――!違う、そう意味で言ったんじゃない!」
「どうかしら……思えばあなたは、最初から私に停戦を持ちかけてきていた。まるで私の味方になるかのように。でもそこで私が頷けば、ジークたちの望む結果になる。あなたのやっていることは中立ではないわ」
「なんで……なんで!」
なぜ、こうも上手く伝わらないのだろう。リアのためにというのは、都合の良い免罪符でしかないのか。
「なんで、わかってくれないんだ、リア!」
「――エレリア、よ。レオンハルト。あなたが言っていることは、私に何もかもを捨てろということよ。この場で私が逃げ出せば、両親の立場はどうなる?私を信じてくれている仲間を裏切れと?ジークたちに内乱を起こさせて、すんなりと国を引き渡せと?――そんなこと私はできない。それをしてしまえば、私はエレリアじゃなくなる。生まれてきた意味が、今まで我慢してきた苦しみが、すべて無駄になる。レオンハルト、あなたの言っていることはとっても優しくて、甘美で、残酷よ」
「そんなこと、わかってる!綺麗ごとだってのもずいぶん前から気づいてた!だから、でも、君を助けたいんだ!」
誰かに助けてほしかったから、気づいてもらえるように歌っていたんじゃないのか。
あの涙は、嘘だったのか。
「レオンハルト……私はもう、十四の少女じゃないの。もう十七歳よ。自分の道は、自分で決める」
なぜそこまでして、間違った決意を固められるのか。たかが十七が、なんで大人のフリをしなくちゃならない。周りの大人は、なんでもっと助けてやらない。リア一人に責任を押し付ける。
「ストーカーにはならないと、言ったわよね。ならもう、ここからお帰り願えるかしら。これ以上私を惑わそうというのなら、あなたを攻撃します」
彼女が宣言すると、周囲を囲っていた兵が獲物を構え始めた。
何度言っても交わらない。俺たちは、どこで間違っているんだ。
「また……来る」
「今度は、私の下につくか、殺し合いよ。あなたは戦力を持ちすぎた」
「もう、味方になるとは言ってくれないんだな」
「……出ていって」
俺は、何を期待していたのだろう。
彼女を追いかけて、説得して。そんな、今までと変わらない行為をすれば、いつかは通じると思っていた。ジークにしてもそうだ。なあなあで会話を終わらせるんじゃない。もっと決定的な、踏み込んだ話をするべきだったんだ。
「今度会うときは、救ってみせる……」
誰にも聞こえない声で、ポツリと呟いた。