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4 『彼女のための決意』




「くっそ、本気でまずった。何で俺はこうも考えなしなんだチクショウが……!」



 授業中、昨日の後悔を呟く。


 昨日の夜、リアはいつもの公園にはいなかった。あいつのことだから、もうこないだろう。

 転校することを事前に話しておくべきだったか?いや、それも駄目だ。結局どちらかの派閥に無理やり入ることになって、その場合ジークかリアのどちらかが敵に回るだけだ。



 それにしても、あのシチュエーションが酷すぎた。まだ一対一であったならなんとかできたかもしれないが、あの場ではどうしようもなかった。

 俺が昨日するべきだったのは、ジークと接触こそすれど、その水面下で気づかれないようにリアとの誤解も解かなければいけなかったのだ。



 しかし、それを念頭に置いておいたとしても、上手くできる自信はない。俺が学園に入学した時点で、リアが敵に回るのは確定事項だったのかもしれない。

 そもそも、勇者とヒロインと悪役とプレイヤーが混ざってるっていうこの状況が一番おかしいんだよ。



「どうしたんだレオ。体調でも悪いのかい?」



 栓無きことをウジウジと思惟にふけっていると、ジークが話しかけてきた。平民の出である人間は、大抵同じクラスに編入することになる。俺たちが話していることに気づくと、イリアも参加しようと近寄ってきた。



「いや、調子は良いんだけど、ちょっとな……」


「昨日のこと?」


「ああ、そういえば、エレリアと会ってから少しおかしかったね。彼女と知り合い、なのかい?」



 少し、ジークの目に猜疑心が宿る。隠そうかとも思ったが、今更とも思ったので素直に打ち明けておく。



「友達……なんだよ」


「エレリアさんと……?」



 のほほんとしているイリアが、意外そうに告げる。これは相当に仲が悪そうだ。



「でも、いつもと態度が違くてさ。そんで頭ン中ごっちゃになってるんだ」


「彼女はいつもああだけど……。もしかしたら、僕と一緒にいたのが悪かったのかもしれない。僕は彼女に嫌われてるから。そうだとしたらすまなかった」


「そんなもんお前のせいにするわけないだろ。いいんだ、こうなることは若干予想ついてたから。……こうしてるのは自分の馬鹿さ加減に嫌になってるからだ」


「君の中の彼女というのを、聞いてみてもいいかな」


「別に、いいけど」



 言われて、気づいた。


 そうだよ。何もリアの親の呪縛を解くだけじゃなくて、ジークを味方につけるっていうのもアリなんだ。リアが実はいいやつで、親にやらされてるんだってわかってもらえれば。

 そうと決まれば、やることは一つだ。



「実はあいつは――」



 俺はリアとの会話を思い出しながら、出す情報に配慮しつつかいつまんでジークたちに話した。話してみると気さくで優しいんだ、とか。歌が死ぬほどうまくて、小動物が歌を聞きに集まってくるほどなんだ、とか。

 三割増しで優しいエピソードを盛りつつ、リアを猛プッシュしておいた。



「……少し、信じられない話だ」


「わたしにも、ちょっとね」


 ジークは顎に手を添え考え込むように。イリアは苦笑しながら言った。


「だろ?だから俺も昨日のリアを見て驚いたんだよ」



 説得は、そう簡単にはいきそうになかった。それは仕方ない。彼らには、取り巻きを使って虐めてくる彼女のイメージがあるのだ。それを一日で払拭するなんてできるわけもない。



 取りあえず、休憩時間が終わりそうだったのでジークたちは席に戻っていった。

 次の時間は、模擬戦闘だ。



   ***



「あああ……またやっちまった……」


 校長室の前に立ちながら、またも俺は後悔していた。

 隣について来てくれた二人がフォローを入れてくれる。


「大丈夫だよ。少しやりすぎたとはいえ、先生も間違っていたんだ。いきなり停学や退学の処分はないはずだ」



「それに、レオは私たちの言葉を代弁してくれたようなもんだし!すごい格好良かったよ!」


「うう、ありがとう。俺こういうのやった後にすげえ後悔するタイプなんだよ……」



 校長室に呼ばれた理由は、先の模擬戦闘の授業で担当した教員があまりにも平民を馬鹿にしてきたので、俺が喧嘩を買ってしまったのである。

 内容は省略しているが、結構えげつない事まで言われていた。



 結果、無駄にスペックだけはある俺が圧勝。教員を気絶させたことで、校長室に呼び出されたということだ。


 慰めてくれる二人は心強いが、俺としては猛省しかない。なんで静かに過ごそうと思ってた矢先に問題ごとを起こすのか。



「それにしても、本当にレオの剣捌きは凄まじかった。一体どこであんな技を……」


 うう、ゲームでピコピコしてただけです……。

 真顔で言われるぶん耳が痛い。


「――レオンハルト君、入りなさい」


 準備が整ったようで、部屋の中から声が聞こえてきた。


「……リア?」


 その声が明らかにリアだったので、ドアを回す手が一瞬止まる。


「それじゃあ、もうしわけないけど僕たちは次の授業があるから」


「変なこと言ってきたら、クラス全員で直談判しにいくから!」


「あ、ああ」



 声の持ち主に気づいていない二人は、最後まで心強い事を言って教室に走って行った。休憩時間ぎりぎりまで勝手に突っ走った奴の心配するなんて、本当に良いやつ過ぎて怖いぞ、あいつら。

 決心をしてドアを開けると、そこには校長の姿は無く、やはりリアだけがいた。




「よお……昨日は、めずらしくこなかったな」



 できるだけ平静を装って言う。

 リアの機嫌はいくらか直っているようで、昨日ほどの冷たさは感じられない。



「ごめんなさい、昨日は、少し考え事をしていて」


「奇遇だな。俺も今日、ずっとお前のことで考えてた」


「……そう」


 狼狽も、いつもの余裕たっぷりの笑みも浮かべない。


「そういや、校長は?俺は今から説教されるはずなんだけど」


「校長先生には、少しばかりご退室を願ったわ。あなたと話したことがあったから」


「ジークのことで……か?」


「当たらずとも……ってやつね」



 これがメインキャラの威光というやつだろうか。リアは何もしていないのに、威圧されているようだ。もしかするとこれが金持ちのオーラなのか。



「単刀直入に言うわ。……レオ、私の味方になってほしい。あなたがデゼル先生を倒したという話は聞いたわ。その力、私のために使ってほしいの。お願い」



 まあ、内容は予想した通りだ。

 耳が早いとは思うが、話をたまたま聞きつけたリアが校長室に呼び出したということなのだろう。生徒会室にでも呼び出せばジークたちがついてくるだろうしな。

 それに邪魔者のいないここなら、友人としての取引が行える。



「なんでジークと争ってるか、聞いてもいいか?」



「…………。彼が、後々王国を脅かす人間になるからよ。イリアさんも同じ。彼女は、必ず災いをもたらす」



 嘘だ。そんなことないのはリアが一番良くわかっている。こういう言葉で、俺を騙そうとしているのだろう。確かに事情を知らなければ、俺はまんまとリアについていっていた。



「……友達には、なれなかったか」



「なれないわ。言ったはずよ、友達を作るのは、簡単なことじゃないって。みんなが騙そうとしてくる。みんなが嘘を吐く。……だから、あなたが欲しいの。仲間になって。信頼できる人が欲しい。あなたなら私は、信じられる」



 頭を掻いて、ため息を吐く。



「なんでそう、決めたらソッチ一辺倒なんだ。もう少しだけでもあいつらに耳貸してやってもいいんじゃねえか?もしあいつらが未来に悪いことをするって知ってても、今も敵同士になる必要ないだろ」



「将来敵になるのなら、今潰しておくべきよ」



「決まってない、未来のことでもか?」



「可能性を見逃すほど、甘やかされて育てられてないの」



 覚悟は、違えられそうにない。いや、この場合は覚悟というより洗脳だ。親についていくことだけを教えられたから、こうするしか方法が見えないのだ。

 リアもジークと同じように、一日そこらで解決できるほど根が浅い問題ではない。



――彼女の味方になってやりたい。



 俺だけがただ一人の味方だ、とすぐにでも言ってやりたい。そうすればきっとリアは喜んでくれるはずだ。それにそうすれば、最悪のラストだけは免れるだろう。

 最悪の、ラストだけは。



「……私に、ついて来てくれる?」



 ここで初めて、彼女の目が弱々しい、年相応の少女の顔になった。

 懇願する目が、俺を射止めて離さない。


 初めての友達に裏切られたくないなんて、間違った考え方を正してあげたくない。



「俺、さ。なんでかわかんねえけど、君を放っておけない。いつまでも心配して、守ってやりたいよ」



「じゃあ……!」



 努めて厳しい表情にならないよう、笑ってやる。それにつられてリアは救われたように微笑んだ。


「でも」


 ここだけは、否定してやらないといけない。



「俺は君に、もっと笑ってほしいな。十四歳なんてのはもっと男にドギマギして、そこらの男に愛想振りまくことを覚えて、屈託なく遊ぶ年だろ。誰かを敵だなんて認めて、許さなくて、殺そうとするなんてあんまりにも早すぎる」



 俺の話が進んでいくごと、リアが絶望の表情になっていった。



「それにさ、全部が全部じゃないけど、友達って騙し合いして慣れ合うような関係じゃないだろ。俺は君に、ジークやイリアのことで嘘をついてほしくなかった」



 言葉をそれで最後にすると、リアが俯いていた。でも一瞬、縋るように俺を見上げて、また落胆の面持ちで下を向いた。



「彼らにつくのね」


「つかないよ。俺はどっちの味方にもならない、中立の立場だ」


「でもあなたは昨日、ジーク君やイリアさんと手を取り合っていたじゃない」


「あんなもん、友達同士の軽いスキンシップだよ――ほら」


「……っ!」



 依然俯くリアの手を取って、優しく握ってやる。振り払われるかと思ったが、違った。リアはまたいつかのように、狼狽えるだけだった。



「これじゃ、駄目か?最初言った通り、俺は君を利用なんてしない。いつだって君を助けてやりたい。今も、君を支えてやりたい」


「支えて、くれないじゃない」


「それは、リアがちょっと間違った方に進んでるからだよ。俺はいま君の軌道修正に精いっぱいだ。選ぶのは、君だよ。リアがやり方を変えてくれるのなら、俺は尻尾振って君を全力で助ける」



 真剣な目で、リアを見つめた。この一時だけは冗談なんてなかった。ゲームだなんて、馬鹿にしてなかった。



「…………無理よ。私には、まぶしい」


「リア……」


 リアのもう片方の手で、握手が解かれる。



「あなたには、わからないわ。今さら戻れない。レオは、貴族っていうものをわかってない。常識を知ってても、私には意味ないのよ」




「いつでも戻れるよ。そのための友達だろ」


 俺の悟ったような説得が癇に障ったのか、リアの整った眉が歪む。


「嘘をついたのは、あなたも同じじゃない」


「……なんだって?」




「私がジーク君のことで嘘をついたのは、そうしないと絶対にあなたが私になびいてくれなかったからよ。それくらい、短い付き合いでもわかるわ」



「それは……」


「それに、私が間違えてるって?なによそれ。じゃあ私は、物心ついたときから間違ってるってこと?私がいけなかったの?そうさせたのは、私じゃないのに」



「リア、落ち着け」


「落ち着け、ないわよ……」



 リアは目尻に溜まった少量の涙をふき取って、自虐的に笑う。



「ねえ、なんで。なんでもう少し早く来てくれなかったの?全部逃げ出せたなら、良かったのに」


「――」


 言葉を失った。



 甘く見ていた、というほかないだろう。彼女たちの人生を、関係性を、心のどこかでゲームだからと高をくくっていた。実際は、こんなにも複雑なのに。

 ジークだって、好きで勇者になったわけじゃない。彼は本当は、田舎でつつましい生活をしたかったのかもしれない。



 イリアも、親に捨てられたくて捨てられたわけじゃない。心中は、もっとやるせない思いがあるはずだ。

 そして、リアだって。


「……悪い」


「謝らないでよ。味方になってくれないクセに」


「そうだ、な」


「そこは、認めるのね」


「……」



 駄目だ、これ以上は溝を深めるだけだ。

 リアも無駄だと理解して、校長室から出ていこうとした。



「校長先生には私から話は通しておくから、今日はもういいわ。デゼル先生のことは前から問題になってたから」



「待て、リア。これだけは言っとかなくちゃならねえ」


「……なに?」


「君がなんて言っても、誰が君を悪いって言っても、やっぱり俺は君の味方だ。だから、いつでも話してくれ。些細なことでいい。そういうのが、友達だろ」





「レオンハルト、君」



 心臓が、強く鳴った。


「――もう私のことは、リアと呼ばないで頂戴」


 そんな捨て台詞を残して、リアは退室した。今回の俺の失敗は、彼らをゲームのキャラクターだと侮ったこと。

 いや、ゲームだからこそ、誰が介入したとしても揺るがない『ストーリー』が決められているのかもしれない。



 誰もが主人公と共感し、ヒロインの健気な行動に胸を打たれ、最後はハッピーエンドで万々歳。カタルシスはしっかり回収されて、プレイヤーまで大満足。

 その裏で悪役は、ゲームの演出としてさげすまれ、綺麗にバッドエンドを迎える。



 このままでは、俺が介入しなくては、この『ゲーム』は必ずジーク・ストラウスの勝利によって終止符を打たれ、エレリア・オルタンシアは壮絶なバッドエンドで人生を締めくくられてしまう。



「諦めて、たまるもんかよ」



誰も彼女の夜を知らない。


誰も彼女の涙を知らない。


誰も彼女を知ろうとしない。





――救えるのは、俺だけだ。



「しかめっ面で嫌がられたって、何回でもリアって呼んでやる」



 だってそう、俺たちは友達なのだから。

 こうして学園生活二日目。時期早くしてプレイヤー、レオンハルト・イルヴィルによる運命への反逆を開始する。



 すべては一人きりで泣く彼女に、寄り添ってやるために。




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