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大学の講義の目的は、シラバスの講義目的を修得することでもなく、ノートをきれいにとることでもない。いかに講義を受けやすい席を取るかだ。

 俺の履修登録はかなり合理的だ。必要最低限のエネルギーで単位をとることしか考えていない。授業さえ出ていれば単位がもらえる、そんな授業を狙っては、必要以上の勉強がないように効率的にやっていく。ノートなんてとらなくても、適当なレジュメで進んでいく授業、レポートの文字数が少ない授業。情報さえ集まれば、省エネの学生生活は実現する。単位と卒業と、多少の資格があれば、全力で努力した学生とほぼ同等の経歴は手に入るはずだ。まあ、決して真面目で勉強熱心な学生を否定しているわけではないんだけれど。

 その情報は、確実正確なサークルの先輩にもらう。人柄がいい風に装って、情報を引き出すんだ。だから、つまらない、こんな幼稚な趣味を持っている俺でも、人とのコミュニケーションは有益な情報を引き出す最低限のラインを狙って、怠らないようにしている。実際社会ってそういうもんだろう。どれだけ有効なネットワークがあるか、自分を認識してくれる周りがいるかって話だろう。

 俺の隣で舟をこいでいるこの田中先輩も、俺に情報をくれる有益な人間の一人だ。サークルでは一緒に馬鹿やっているけれど、履修のスマートさは俺の方がはるかに上だ。だって先輩、こんなスマホいじって時間つぶしても単位とれる楽な講義すら、昨年落としてるんだから。

「…と、この制度は…、おいそこの学生、聞いているか。」

学生が100人はいるであろう大講義室の黒板から、マイク越しに教授が声をかけている。田中先輩を見つけたんだ。俺は横から小突いて先輩を起こす。先輩は小突かれた不快感からふわりと顔を上げ、曖昧な表情で状況を確認している。

「寝ている暇があったらメモをとりなさい。では、次…」

先輩が頭を上げたことを確認した教授は一言、そう注意して説明に戻る。先輩は決まり悪そうに肘をついて、頭を軽く腕に乗せた。

「チッ。」

先輩の舌打ちが聞こえる。だよなあ。こんな大講義室、居眠りは見逃せって話だよ。でも、この教授はきっと熱心な人なんだろう。他の先生なら見逃す居眠りだって指導しようって言う気は見せてるんだから。ただ、こんな単調で、レジュメ見れば講義内容が分かるような、なぞるような授業で、どうやって集中して、どうやってメモ取れって話だよ。

「…おい九字村、どんぐらい進んだ?」

俺がそんなことをボーっと考えていると、先輩が小声で話しかけてきた。

「いや、レジュメに書いてあることだけっす。」

「…無駄起きした。」

機嫌が悪そうに先輩は呟く。

「俺にはもう優秀なノートテーカーがいるんだからよ。」

「俺いなくても大丈夫っす。スマホ見てても内容分かるくらい薄いっす。」

「何だよそれ。余計に無駄起きだ。」

先輩はまた寝る体制に入り始める。今度は意地でも起きないだろう。

先輩は注意されてたけど、俺だってスマホいじりながら時間つぶしてたんだよな。教授の指導が中途半端すぎて笑える。


「…あ、宮本だ。」

もういよいよ寝る、という体制の田中先輩が突然呟いた。

「え?何すか?」

「ほら、あそこに緑色のカーディガン着てるやついるだろ。あいつ宮本。」

先輩は目線だけでその宮本とやらを指す。俺もその視線の先を探した。

いる。一人で授業を受けている女が。モスグリーンのカーディガンを着て、真面目に授業を受けているんだか、黒板とレジュメを交互に見ているような頭の動きをしている。俗に言う、真面目なぼっち学生のようだ。

「先輩の知り合いっすか。」

「あいつ隣のサークルのやつ。ちょっと変わってる。」

「そうすか。」

具体的にどこがどう変わってるのか、俺が聞こうとした瞬間には、もう先輩は夢の世界へ旅立っていた。その消化不良の感じが、俺に宮本という人を印象付けた。


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