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サムライ、北関東へ

サムライ、北関東へ



 装甲ランドクルーザーは一路北へ。最初の目的地は古河(こが)、渡良瀬遊水地。群馬交易専用に設けられた、現代のDEJIMAだ。

 群馬とのごく少数の交易は、このDEJIMAこと渡良瀬遊水地によって行われている。殆んどが人の接触を避けた沈黙交易である。

 こちらが遊水地内に物品を置いておくと、群馬側が相当と認める対価がいつの間にか置かれている。双方が出品された品物に満足する場合のみ、交易がおこなわれる。たとえば塩を300トン置いておくと、翌朝には高崎ダルマが一つ二つ置かれている、あるいはその逆、という具合だ。ちなみに、交易品の殆んどが食塩である。

 今世紀初めまで、渡良瀬遊水地は複数の県によって分割統治されていたが、群馬特別法の成立と共に、茨城県古河市に編入された。古河は一種の緩衝地帯で、いざとなれば戦略核爆弾により爆破処理されるとの噂である。


 さて、浅井の装甲ランドクルーザーはAI任せの自動運転によって産業道路を北進していた。

 埼玉でも大宮より北は、北関東文化圏に属する。南関東の常識や価値観は露と消え去る。

 久喜を越え、そこかしこに田園風景が見えるようになってくると、

「ヒャッハー!!」 

 原付のウイングらしきモノを無意味に跳ねあげた少年少女がちらほらと湧いて来た。小排気量のバイクにZOKUな改造を施して、甲高い爆音を響かせる輩も出てくる。

 DQNと呼ばれる反社会的現実存在である。


 北関東に多く生息する彼らの名前には、伝統的に『龍』あるいは『竜』の字が使われている事が多いという。『龍』、『竜』の一文字の場合、100%の確率でDQNである。

 彼らの成長は速い。生後15年で生物学的に成熟し、未流呪(みらぁじゅ)とか阿奈留(あなる)とか泡姫(ありえる)とか未優@suupaa-kawaii.ne.jp (みうあっとまあくちょうかわいい)などといった名の二世ミュータントを次々と産む。

 無惨である。

 これらの名前はDQNネームと呼ばれる。キラキラネームなどと言う、表面を着飾っただけの愚昧かつ偽善的な呼び方も過去には存在したが、つまるところDQNネームである。

 このDQNネームは恐るべき作用をもっている。名付けられた時点で、その新生児にはDQNになる以外の将来が完全消滅するのである。シンボリックな記号である名が、生まれたばかりの赤子の将来を完全固定するのだ。なんら誇張ではない。

 フィラデルフィア州アメリカ大学のジーザス・クライスト教授は、一万五千の名前に関して調査を行った結果、DQNネームが貧困と犯罪に与える影響について、「一般的でない、あるいは異性的な名を付けられた子供ほど、人種にかかわらず少年犯罪にかかわる傾向が強い」と結論付けた。

 また、オーストラリアのホワイト・オージー大学では、高所得層の名前に関する統計調査を実施。DQNネームは出世や経済活動に不利であるとの結論を得ている。

 これは、当たり前の現象だ。

 生存本能に基づく個々人の自己肯定は、幼き頃には親からの愛情を萌芽とし、長じてからは周囲の環境からの承認、あるいは宗教的な承認を核として構築される。ここでDQNネームは小学校以降の個々人に強力に作用し、周囲環境からの承認を完全に打ち砕くのだ。

 智和君も幸恵ちゃんも「未流呪君、あーそーぼ!」などと誘わない。あからさまなDQN家族と交わりたがる者など、何処にもいない。

 さあ大変だ、未流呪君や泡姫ちゃんは誰にも認めてもらえない。どうしようどうしよう……


 となれば、彼、あるいは彼女が自己の承認欲求を満たす為には、DQN仲間のみで構成されたZOKUコミュニティで、仲間同士ぺろぺろ舐め合うしかない。斜に構えて外の世間を小馬鹿にしつつ、やり過ごす以外に術は無い。ZOKU仲間がアメリカの位置を知らなければ、自分が大東亜戦争を知らなくても安心できる。周囲が馬鹿なら、自分の馬鹿もスタンダードである。努力できないのも当然である。

 世間から軽蔑されればされるほどDQN同士の結束は強まり、逸脱すればするほど抜けにくい。そこは甘く、心地よいのだ。

 故に、DQNのDQN行為は、己をDQNと定義し続ける事を目的としている。彼らは薄甘いDQNである事にしがみつき、己がDQNであるという口実によって、あらゆる社会的責任から逃れようと必死である。タトゥーを彫ってアウトローを気取るのも同様の心理である。

 端的に言えば、根性が無い。

 DQNネームを名付けるDQN親の心理にも、この方程式が当てはまる。彼らは人の親となった今でも、社会に対して真正面から向き合う根性が無い。

 子に変わった名前を付けちゃうエキセントリックなアーティスト気取りで、結局はZOKUコミュニティに浸っていた頃から、何の成長もみられない。DQNネーム親はDQNネーム親同士で連結し、つまるところその関係はZOKU卒業生同窓会であり、幼き頃のZOKU社会となんら変わりは無い。

 無惨である。


 つまり、DQN達は社会からあえて蔑まれることでコミュニティの結束を強め、自分を承認してくれるZOKUな模倣子(ミーム)を繋いでいるのである。

 実に利己的だ。

 DQNコミュニティ以外では無価値とされる矮小な価値観の為に、自らの子の将来すら利用し、更にはDQNネームを『オンリーワンな我が子の為』などと嘯き、本当にそう思い込むDQN親……実に無惨である。まったく救いがない。これぞ無明、これぞ無間地獄である。

 まあ、DQN以外にも、類似の生存戦略をとる民族や職業、あるいは身分や階級などは、世界的にいくつか存在する。が、実例は出せぬ。ある種の良い人達からの糾弾を受け、社会的な死を余儀なくされるからである。超コワイ!

 いずれにしても、一種破滅的な人の悲哀、言語道断なる愚かさ、そして利己的な逞しさに涙せざるを得ない。


 本筋から離れた話が長いのである。


 さて、彼らDQNが正常進化すると、チンピラや詐欺師や泥棒、あるいはYAKUZAとなる。もちろん存在自体が癌である。ネオ日本警察につかまれば打ち首だ。

 とはいえ、一部の賢明(?)なDQNは更生(?)し、「昔は俺もヤンチャだった」などと恥じ入った様を装いつつ語り、今は立派(?)になったチョイ悪兄貴キャラとして半径5mの世間から絶大な称賛(?)を受ける。更生(?)して立派(?)になったという揺ぎ無い『事実(?)』への反証は許されない。不可解かつ理不尽な事である。まあ、世の中そんなものなのかもしれぬ。

 何より最大の問題は、DQNの繁殖力の高さにある。彼らは結婚と離婚を繰り返しつつ、一組当たり7.3人の子を産む。

 当然ながら、鳶は鷹なんて産まない。鳶が産むのは鳶である。哀しいかなDQNの子は98.4%の確率でDQNなのだ。血ではなく、育成環境の問題である。

 当局はDQN駆除に努めているが、彼らの驚異の繁殖力により、根絶はインフルエンザ並みに困難とされている。

 さらに困ったことに、北関東では伝統的にDQNを許容し、あまつさえ一種の憧れを持つという神経病的文化もあり、これも彼らの増殖を止められない原因の一つだ。感染病のように、DQN文化は愚かな青少年達を蝕むのである。法と社会の寄生虫にシンパシーを持つなど常人には理解しがたいが、これも日本社会の伝統に基づく、大らかな『甘え文化』の弊害なのであろうか。

 いずれにしても、腐ったミカン理論は統計上の真実で、故に百年の間、栃木、茨城といった北関東は常に腐りかけている。哀れである、まさに哀れである。


 これまたどうでもいい話であった。長い。


 まあ、そんなこんなで北上を続けるうちに、道路上には、更にDQNが増えてきた。数十人が目の前で、パラリラパッパ、ブンブブンと踊り走っている。邪魔である。迷惑極まりない。

 DQNはアンパンのキメ過ぎによって前頭葉に神経生理学的病変が生じており、蛇行をせねば前進できない。つまり、遅いのだ。


 浅井は焦った。DQNの脳疾患を慮って、彼らの蛇行運転に付き合っていたのでは、到着時間に遅れてしまうやも知れぬ。遅参などビジネスサムライとして恥ずべき行為であり、時に腹を切らねばならない場合もある。あまつさえ群馬人との待ち合わせに遅れたとあっては、戦争の理由にもなりかねない。

 少し考え、KAKUGOを決めた。ネオ陰流HYOFO第八十三番裏『DQN返し』、今こそ使うべき時だ。

 『DQN返し』は己の誇りをも貶める諸刃の剣、出来れば使いたくなかったが……己の名誉や賞罰など何ほどの物か。大事の前の小事。違法なれども大義は我に在り。捕まれば間違いなく死刑だが、プライオリティーを鑑みれば迷うべくも無い。

 それに、まあ……ぶっちゃけた話、もう死んでいる。群馬に行くのだから、どうせ死ぬのだ。


「アイ・ハブ・コントロール」

 浅井は自動運転を解除し、ハンドルを握った。次いで、早口で指示を飛ばす。

「音声操作。兵装システム起動。RWS、起動。多目的レーザー機関銃セット。出力3。自動射撃モード。目標ZOKU車のタイヤ、スマート眼鏡連動、スタンバイ」

 装甲ランドクルーザーに設置されたマルチプルRWS(リモートウエポンシステム)がモーター音を発し、車両後部のウエポンラックからレーザー機関銃を自動マウントした。天井のタレットハッチが開くと、すぐさまRWSが飛びだす。

 ダイアモンド半導体から成るRWSのAIは、本体及び車両各部に設置されたカメラアイを通じて周囲の状況を画像認識。福井のサイバー眼鏡職人、滝元五郎氏作のスマート眼鏡と双方向リンクして、ロックオン情報を浅井に伝えた。

 もはや何を迷う事があろうか、

「撃て」

 パ、パ、パ、と気の抜けた音と共に断続的にパルスレーザーが発射。ZOKU車のタイヤに次々と穴があく。

「テメーッ?!」

「オラーッ?!」

「コラーッ?!」

「ッアーー?!」

 叫びをあげつつ、ドッカンガッシャンと転倒していくZOKU車。数十台があっという間に片付いた。後部座席に♀型DQNをタンデムしているZOKU車も沢山あるが、RWSが備えるダイアモンドの脳味噌は完全に男女平等である。一切の男女差別は無しである。ネオ日本フェミニズムの祖、故田島陽子先生も大歓喜するであろう。

  まあ、速度が遅いので転倒しても大した事は無い。たぶん。後続車に轢かれている奴も散見されるが、まあ、うん、大丈夫。たぶん。ほら、後続車だってDQNを轢いた位では止まらない。官憲だって気にしない。ネオ日本の常識である。あっ、死ん…………まあいいや。

「RWS、射撃継続」

 浅井は壊滅したDQN中隊を横目で見つつ、あるいはオフロード仕様の野太いタイヤで轢き潰しつつ、RWSに指示を追加した。これなら新たなDQNがRWSのカメラアイに捕えられた瞬間に、ZOKU車のタイヤが撃ち抜かれる。……今、もう一台……そして轢……全く問題ない。


 初めからこうやっておけば良かったと、浅井は少しばかり苦笑いした。


 万難を蹴散らして、装甲ランドクルーザーはさらに北へ向かう。

 利根川を渡るのはもうすぐだ。



作者の甥っ子はマイルドDQNネームであるようです。無惨であります。


ちなみに、アメリカならびにオーストラリアの調査は、実際に行われています。

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