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とある足軽サムライの黄昏

以下を心得た上で本文を読んでください。


・本作はフィクションである可能性が微粒子レベルで存在します。疑うべし!

・1~4話はブートキャンプに相当します。ここを乗り越え、高度に訓練された読者のみが群馬入りの資格を得るらしいです。根性を出すべし!

・本作は特定の地域、団体、民族その他を揶揄するものではありません。全ての存在を平等かつ徹底的に揶揄するものであります。耐えるべし!




とある足軽サムライの黄昏



 ジャパニーズ・ビジネスサムライにとって、上役の命令は絶対である。

 封建的な法、法に優越する良識、あるいは強力な慣習と同調圧力によって自律的に統制されるネオ日本社会において、個々人の勝手気ままな拒否権など存在しない。否、拒否権はあれども容易に行使など出来よう筈も無い。己から、社への忠勤を誓った身なのである。

 古き悪しき時代のように、「思っていた仕事と違うのでぇー、辞めますぅー」など言語道断である。三年でやめる新入社員など婦女子向けスイーツドラマにしか存在しない。

 月月火水木金金、ビジネスサムライ達は午前六時から午後六時まできっちりと働く。残業は無い。休日出勤も無い。時間外労働など仕事のできない愚者の甘え、切って捨てられるべき贅肉である。定時以降に会社で仕事をしている者は多数おれど、それは単にソイツの趣味なのであろう。

 今やセクハラもパワハラも労使交渉も、全ては遠い過去の遺物となった。もう、かつての脆弱愚劣にして厚顔無恥な日本では無いのだ。『ネオ日本』なのである!



 さて、舞台は皇紀2758年(西暦2198年)。ここはネオ日本商事埼玉営業部大宮支店、第一会議用茶室。

 真新しい畳の香り、柔らかく湯気を立てる茶釜、風炉に仄赤く燃えるクヌギの炭、床の間には故江頭2:59画伯の直筆点描画がかけられ、一輪差しには黄色いチューリップが奥ゆかしい。

 その清冽な空間において、28歳の若き足軽級ビジネスサムライである浅井忠吾は、上役と一色触発の危機的状況に陥っている。

 とある辞令が発端であった。


「群馬?……伊庭支店長、それは本気で仰っておられるので?」

 浅井は眼に力を込めて、上役の小憎らしい禿げ頭を睨んだ。

「マジもマジ、大マジさ。……抜擢だよ?!」

 緊迫した空気をほぐそうというのか、上役の伊庭支店長はすでに過去の遺物となった忌わしき暗黒YUTORI時代のスラングを使って、朗らかに言い放った。

「……」

「……」

 もちろん茶室のアトモスフィアは耐えがたい程に冷たく凝固。是非も無し。

 還暦を越えたプレISHIN世代の年寄りはコレだから度し難い。まあそれでも遥か年上の上役だ。何も言えぬ。長幼の序を弁えたビジネスサムライなれば、浅井はただじっと我慢の子であった。


「ゴホン……あー、一服差し上げよう」

 ある種の凄愴な空気に耐えかねたのか、伊庭支店長は茶を点て始めた。小太りの禿げのくせに、恐ろしく流麗な所作である。小太りの禿げのくせに、千回を超える接待経験によって完全に最適化されきった振る舞いである。手早く、迷い無く、故に美しい。小太りの禿げのくせに。

 しばしして、

「どうぞ」

 浅井の目の前、畳の縁の向こうに黒茶碗が置かれた。器の中、黒い宇宙に緑の丸がぽっかりと浮かんで、映える。

「お点前、頂戴いたします」

 軽く手をつき、七三分の頭を下げ、茶碗を取り上げ押し抱き、二度回してからグビリ、グビリ、グビリ……おう、美味なるかな。

 素晴らしい点前である。腹がたつほどに、美味。

「結構なお点前で」

 心からそう言うしかない。ケチのつけようがない。香り、味、温度、器から主人の所作に至るまで、嫌味なほどに完璧である。

 だからこそ、頭に来るってもんである。ああ憎々しい。


――kapooooooooon

 プロジェクション・シシオドシの軽やかな音が、一層の煮えたぎる緊張を惹起した。


「では改めて申し渡すとしようか」

 伊庭支店長はビジネススーツの裾を払って威風堂々立ちあがる。ズイズイと移動して、床の間の前で仁王立ち。内ポケットから辞令を取り出すと、ビラビラビラッ、開き、

「上ぉー意っ!!」

 大声(たいせい)をもって威を示した。

「ははーーっ!」

 浅井は平に伏すと書いて平伏。畳の縁に鼻先を擦りつけた。ビジネスサムライとしての反射的動作である。

「ネオ日本商事大宮支店一等営業足軽、浅井忠吾! 貴殿を皇紀2758年4月1日付をもって大宮支店勤務の任から解き、群馬県高崎営業所支店長に命ず! より一層の職務に精励し、社業の隆盛に貢献せん事を期待す! 株式会社ネオ日本商事代表取締役社長 大田原彦右衛門政綱」

「……はっ……いや……ははーっ……いやしかし……」

 浅井が返答に困ったのも無理は無い。

 よりにもよって、群馬である。

 修羅の国福岡、海底都市SAGA、人も街も崩壊する神奈川、うどん県など、ネオ日本に危険地域は数あれど、未開の地である群馬のデンジャーレベルは明らかに群を抜いている。其は幕府はおろか、帝の威光すら届かぬ化外の地なのだ。もちろん高崎支店なんて、存在するわけが無い。


 浅井の狼狽をよそに、上役の伊庭支店長はドカリと座布団に座り直し、

「まあ、聴きたまえよキミ。今まで群馬と折衝していた他社の老サムライが行方不明になってね、彼が世界で唯一の群馬との窓口だったわけだけど……それでウチに御鉢が廻って来たんだ。上層部のお歴々も期待している。浅井君、御役目を果たしてくれよ、な?」

 へらへら口調でどうにも軽い。

 浅井は激怒をかみ殺しつつ、

「……それで支店長、かの地より我が社が調達すべきターゲットは?」

「うん、それそれ、それね。まずはね……KONNYAKUだよ」

「なんと!! マジですか?!」

 驚きのあまり、不覚にも暗黒YUTORIスラングを口走ってしまう浅井である。

 俄かにブルリと身が震えた。野心的にも程があるというものだ。

 KONNYAKUとは群馬のみで産出される幽玄神秘の不思議物質。最新戦車の前面装甲にも使われているし、独り身の男を慰めもするし、味噌を付けて食べても美味しい。赤ん坊の御守だってお任せって感じの優しさだって備えている。まさに神仏の宿ったアーティファクトである。


 驚愕の浅井をよそ目に、伊庭支店長はヒラヒラと手を振ると、

「なぁに、心配要らんよ。ほら、これが本社および幕府からの支援だ」

 畳の上にスッと数枚の書類を差しだした。

「拝見します」

 浅井は書類を受け取り、さらさらと目を通す。

 供与される装備一式が、説明と共に一覧となっていた。

 極小型原子炉搭載の豊菱製装甲ランドクルーザー、マルチプル・リモート・ウェポン・システム、37式機動装甲背広、防弾チョッキ30型、ネオ38式歩兵銃、ネオ南部式自動拳銃、ミロク自働式散弾銃、豊和ゴールデンボール狙撃銃、豊和20ミリ対物狙撃銃5型、友住製20ミリチェーンガン、40ミリ擲弾発射筒、多目的レーザー機関銃、車載自動迎撃レーザー、88ミリ多目的無反動砲、25式携帯対戦車ミサイル、87式重多目的ミサイル、各種手榴弾、92式対戦車レーザー地雷、各種対人地雷、81ミリ迫撃砲、DONOU、そして福井の眼鏡職人が丹精込めて作ったスマート眼鏡と、博多帯と各種反物、塩、大量の粗品タオル、その他その他。


――kapooooooooon


「このような……」

 玩具同然の下らないガジェットを持たされ、未だまつろわぬ未開の地である群馬に突入してKONNYAKUを確保しろと言うのか……愚かな!

 浅井とて、HYOFOは学んでいる。ビジネスサムライのたしなみである。実践HYOFOネオ(かげ)流を学び、達人には程遠いが、ナイフから対戦車ミサイルまで一通りの歩兵用武器は当たり前のように使える。

 しかし、群馬はそんなフレッシュHYOFOが通じるような場所では無いのだ。


「支店長、せめて歩兵携帯用戦術核を頂きたく存じます。例えばそうですね……25軽MATで発射可能なW2282戦術核を。このリストにあるモノだけでは、到底お勤めを果たしきれません」

 兎にも角にも火力が圧倒的に足りない気がする。最低でも戦術核は必要不可欠だろう。中性子爆弾が有れば尚良い。最新の39式軌道降下対応機動装甲服の支給と、巡航ミサイル及び極高速弾道弾を搭載した核融合潜水艦の援護も必要かもしれぬ。

 そもそもが、群馬に入って無事に出てこられた例など、この二十年で十指に満たないのだ。


 たとえば、関東の荒夷(あらえびす)との異名をもつ、習志野の中央即応御家人団一個大隊が消息を絶ったのも記憶に新しい。彼らは万全な支援体制下で群馬潜入作戦を行い、二日後に全員が消息を絶った。

 あるいは凶悪な薩摩隼人で構成された唐芋焼酎同好会の例もある。彼らは「おいどんの酒が飲めんとか?!」を合言葉に、世界を巡って盃を強要する戦闘的平和交流極左人権団体で、練達狂気のJIGEN流剣士205名で構成されていた。

 数年前の事だ、「群馬人と酒を飲みたか~」などとほざき、彼らは意気揚々と群馬に入った。結果、当然ながら壊滅である。群馬入りの翌日、悉く発狂し、さらには盲目となって、渡良瀬川を流されているところを発見されたのだ。彼らの酒瓶の中身を分析した結果、未知のアルカロイドが検出されたが……もはや真相は誰にもわからぬ。

 そんな群馬に単身で乗り込み、あまつさえKONNYAKUを確保して戻るなど、如何にビジネスサムライとて絶対に不可能。ミッションインポッシブルである。木星系到達に匹敵する人類の見果てぬ夢である。夢は叶わないからこその夢。ならば強要される夢は、現を粉砕する暴力でしかない。


 伊庭支店長は脇汗をにじませる浅井を横目でシレっと眺めつつ、

「携帯戦術核ねぇ……ま、浅井君。何も心配要らないよ。君のご家族には、会社から手厚い捨て扶持が支給される。心おきなく御役目を果たしたまえよ、うんうん」

 ほざく。

 そう言う事では無いのだ。会社から遺族への保証は疑うべくもないが、どだい無理な物は無理である。

 そのそもが、

「何故、私なのですか?」

 そのことである。

 自分の技量にはそれなりに自信があるが、あくまでも「それなり」に過ぎぬ。頭だって大して良くない。どっちかと言えば、馬鹿な方だ。

 ビジネスサムライは、今は亡きサラリーマンを継承した概念である。サムライが高強度戦闘地域で活動するのは良くある話で、世界中の紛争地域や資源獲得競争でダーティビジネスを繰り広げているものの……所詮浅井は若手のビジネスサムライ。より優秀なサムライは腐るほど居る筈なのだ。

「支店長、正直申し上げて、私よりも相応しい方々がおられるはずです。自身の力不足に忸怩たる思いがいたしますが、私などではお勤めを果たすことが覚束ないと考えます」

「うんうん」

 浅井の言葉に頷きながら、伊庭支店長はピースに火を付けて、「スパーーッ」、甘ったるい紫煙を傲然とふかした。ムカつく野郎である。


――kapooooooooon


 一分ほど煙を味わって、伊庭は口を開いた。

「群馬ガイドがな、用意できたんだ」

「ほう! ガイドが!」

 おそらく史上初の事例だ。驚きである。

「うん、今回は向こうから皇居に矢文が届いた」

「皇居に……不敬ですね」

 おそらくは群馬から直に撃ちこんだのだろう。驚嘆すべき威力と精度。

「うん、で、先方の指定でな、皇紀2730年4月6日寅の刻、ネオさいたま市生まれの心身壮健な男を用意しろとさ。呪師だか占い師だかの指定だそうだよ。そこで幕府の全国調査の結果、該当する男性のビジネスサムライは君しかいなかったんだな。ま、つまり君がいたから、我が社に白羽の矢が立ったんだね」

「確かに私は条件に合致しておりますが……どうも……嫌な予感がしますね」

「そうかね?」

 呪師の指定……生贄とか、人身御供とか、そういう単語が浅井の脳内を駆け巡った。

 茶室は陰鬱な空気に包まれた。支店長がブカブカとふかす煙草、それと換気扇が回る微かな音が、煩わしく耳に響く。


「支店長、この話はどうにも……」

「浅野君」

 浅井の言葉を遮って、伊庭支店長は煙草の火を揉み消した。そのまま眼を伏せ、しばしの沈黙の後、静々と膝行して下座に移動。俄かに顔を真っ赤に染めて、顔面に脂汗を浮かべ、

「浅井君、私の力不足により、君には申し訳ない事をしました……この通りです」

 そう言って、土下座した。

 傲岸な態度から急転直下の土下座。人間心理の隙を突いた、素晴らしいタイミングでの土下座であった。決してDOGEZAではない、真性の土下座である。

 角度といい、額の擦りつけ方といい、不格好な尻の上げ方といい、人の優越感をくすぐり哀れを誘うその様は、恐るべき練達の技。彼の四十余年におよぶ組織人人生の精華。まさしくネオ日本が誇る完全無欠のビジネスサムライである。

「お顔をお上げください、伊庭支店長」

 慣習に則った浅井の言葉にも、伊庭支店長は微動だにせぬ。より一層強く額を擦りつけ、「申し……申し訳……申し訳……!!」と声を震わせ、涙ながらに訴える。

「支店長、お顔を……お顔を、お上げください!」

 浅井の再度の求めにより伊庭支店長はわずかに顔をあげた。彼の目は恥辱と無念と罪悪感で真っ赤に血走り、禿げあがった額には、くっきりと畳の目が転写されていた。

 無様であった。

 惨めであった。

 そして、狡猾であった。

 この茶室の真新しい畳、高価な江頭2:59画伯の掛け軸、あの暗黒YUTORIスラングから素晴らしい喫茶、傲岸な喫煙、さらに土下座まで、一切合財が……計算。命を賭けた謀である。


――kapooooooooooooooon


 重苦しい沈黙の末、浅井は歯を食いしばり、七三分の頭を下げた。

 伊庭支店長の完璧なる土下座の前に、もはや一切の道は閉ざされている。こうまでされて断れば、どちらかが、あるいは両方が死ぬことになるのだ。

 覚悟を決め、

「不肖、浅井忠吾、未だ浅学非才の身なれど、粉骨砕身、御役目に精励させていただきます」

 こう答えるしかない。

 げに恐ろしきは、予定調和に支配された慣習といえよう。


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