とある王女の寓話
「さあ、もうおやすみなさい」
綺麗な金髪をすいてもらい、ベッドに入った幼い娘。シーツをかける母親。
しかし、その手を小さな手がつかんだ。
「お母様、またお話しして?」
「もう……、あんまり我が儘はだめよ。でないと、リライカ姫のように男の子に嫌われるわよ」
「リライカ姫って?」
「海を渡った向こうの国のお姫様。あんまり我が儘すぎて、婚約してた男の子に逃げられたのよ」
「ふーん。どんなお話し?」
しまったという顔をした母親だが、娘の目は興味津々だ。
「しょうがないわね。じゃあ、今夜はリライカ姫のお話をしてあげましょうね」
「うん」
今から二十年にもならない昔、お隣の大陸にティーフィス王国という国がありました。
王国は、夏は涼しくて冬は余り寒くならないので、年中、たくさんの人が観光に来ていました。
大きな港もあって、船で来る人もたくさんいました。街の人たちも元気に明るく過ごしていました。
そんな街の人や外国の人たちが一度は見た事のある、知らない人がいないくらい有名な人達がいました。
それは、大陸一と言われるほど強い力の魔法使い・リライカ姫と、その婚約者のフィクス王子です。
「姫ー……、もう勘弁して下さーい……」
大きな革袋に入れられ、紐でぐるぐる巻きに縛られて塔の窓から蓑虫のようにぶら下げられていますが、フィクス王子はティーフィス王国のお隣・タルセイア王国の第三王子です。
年は二十才。少しやせてて小柄ですがとっても綺麗で、女の人と間違えるほどです。
そんなフィクス王子を見上げて、リライカ姫は言います。
「ダメ!
あたしよりも起きるのが遅かったことに対する、お仕置きなんだから!」
リライカ姫は十九歳、とっても美人でスタイルも良くて、自慢の金髪を長く伸ばしています。
けど、とっても我が儘な性格でした。
リライカ姫が我が儘なのは、ティーフィス王国を含めた周りの数十カ国の中でも、一番強い天才魔法使いだったからです。
そんなリライカ姫が十才の頃、こんな事がありました。
南にある港の向こうに大きな岩があったのですが、自分の乗る船がそれを避けるのが気に入らないからと魔法で吹き飛ばしてしまいました。
今ではそこだけ海の底が深くなっています。
その話は瞬く間に、国中はもちろん、周りの国にも伝わりました。
その事があってからは、周りの国の人々はリライカ姫を恐がり、ご機嫌取りを始めたのです。
こうして我が儘し放題に成長してきたのでした。
そんなリライカ姫の婚約者となったのがフィクス王子です。
フィクス王子は十二才になったばかりの時に、姫との顔合わせの為にティーフィス王国の城に来ましたが、その頃にはすでに超が付くほどの我が儘娘となっていたリライカ姫を見て、一度で嫌いになったようでした。
ところが、リライカ姫の方はフィクス王子を気に入ってしまい、なかなか言う事を聞かない王子にイジワルをするようになっていったのです。
どうやら今回は、今朝、フィクス王子がリライカ姫よりも遅く起きたことで怒られているようです。
ただし、これはリライカ姫に仕組まれていたことだったのです。
夕べの食事に、フィクス王子のものにだけ睡眠薬が入っていたのです。
これまで何度も同じ事があったので、一口でフィクスは気付きました。
しかし、食べなかったらリライカ姫がまた怒り出してしまうので、どうしても食べなければなりません。
リライカ姫が怒ってタルセイア王国の山を一つ、吹き飛ばした事があったからです。
そんな事をされるくらいなら、食事抜きで吊されていた方がはるかにマシでした。
「夕食の時までそこで反省していなさい!」
リライカ姫のいつもの言葉に、何も言えずしおれてしまうフィクス王子でした。
それでも、いつもならお昼前には許してもらえるのですが、その日はいつもとは違いました。
リライカ姫が誘拐されてしまったのです。
その日の昼食の時、リライカ姫が食堂に現れなかったので、王が侍女に部屋に呼びに行かせたのです。
ところが、リライカ姫の姿はありませんでした。
その代わり、手紙が一通、ベッドに置かれていたのです。
それにはこう書かれていました。
『リライカ姫は預かった。
王国の金貨を一万枚と、秘宝「雷神の杖」を今夜中に東の森の獣岩の所に持ってくるように。
確認できたらリライカ姫を解放する。
こっちを捕まえようなどとは思わないように、一人で持って来させろ』
「あああああ……、リライカがあぁ……」
国王は頭を抱えました。
獣岩とは、森の端にある険しい岩山の上にある岩の事だったのです。
そこまで登る力のある者はそれほど多くいません。
また、途中の道では危険な獣が出ます。
そこへフィクス王子が宙づりの刑から解放され、広間へと連れて来られました。
ただ一人、わけのわからない様子のフィクス王子に、国王が手紙を見せて説明します。
「実は、これに書かれている物を持っていけるような者がいないのだ」
「何ですって?」
フィクス王子が手紙を見つめ、考え込みます。そして、国王に言いました。
「私が行きましょう」
国王は思わず立ち上がり、フィクス王子の手を取りました。
「よろしく頼む」
獣岩に行く事になったフィクス王子は、準備のために自分の部屋に戻っていく間、いろんな考えをめぐらせていました。
(今こそここを逃げるチャンスだ。
例のマントを使って可能な限り遠くへ逃げないと、俺は一生リライカの下僕だ。
絶対に逃げ出してやる。あんな女の側にいるのは、もう二度とゴメンだ)
固い決意を胸に秘め、急いで準備を整えます。
愛用の長剣と周辺諸国の詳しい地図、いくつかの種類の薬と宝石と金と例のマントを丈夫な袋に入れました。
それを持って国王の前に行くと、金貨などの準備はすっかり整えられていました。
「では、行って参ります」
「うむ」
城の中庭に用意されていた馬に金貨の入った袋をくくりつけ、杖はフィクス王子の荷物に入れました。
別の馬にまたがり、金貨をくくりつけた馬の手綱を持って駆け出します。
急がないと、獣岩まで登り切る事はできないからです。
城の兵士達も、フィクス王子の無事を祈って見送っていました。
森に入ったフィクス王子は、すぐに馬を止めます。
そして馬を下りて近くの樹にくくりつけました。
急いで荷物から例のマントを出し、身につけます。
このマントは、魔法の力を効きにくくする事ができるのです。
だから、もしもリライカ姫が魔法でフィクス王子の事を探そうとしても、見つけられなくなります。
「これでよし。あとは急いで遠くまで逃げるだけだ」
こうしてフィクス王子はティーフィス王国を逃げ出したのでした。
次の日のお昼の事です。
国王の前にリライカ姫が現れました。自分の魔法で飛んできたのです。
「おおリライカ、心配していたんだよ」
「お父様、私に心配は要りませんわ」
そう言うと、金貨の入った袋と秘宝「雷神の杖」を見せたのです。
「な、なぜお前がそれを……」
「……お父様、ごめんなさい。今回の事は私の一人芝居だったんです!」
「な! なんだって!」
国王ですら初めて見る沈んだリライカ姫でした。
フィクス王子がリライカ姫に対して煮え切らない態度なのは、彼女自身も気づいていました。
そこで、一人芝居を打ってフィクス王子の気持ちを確かめたのです。
ところが彼女にとって悲しい事に、フィクス王子はリライカ姫の元を逃げ出してしまいました。
彼女は賭に負けたのです。
そこで国王は、兵士達に命令します。
「急いでフィクス王子を探して連れてくるのだ!
他の国に逃げたかもしれない。それぞれの国にも捜索の手を伸ばせ!」
「はっ!」
兵士達は一斉に動き始めます。
こうしてフィクス王子探しが始まりました。
しかし、半年経っても見つかりませんでした。
この頃になるとリライカ姫の心には、悲しさよりも怒りが大きくなっていたのです。
「最後の捜索隊が戻りましたが、フィクス王子は見つかりませんでした」
「そう……」
リライカ姫に報告した兵士は、怯えながら部屋を出て行きます。
そんな姿にフィクス王子を重ねてしまったリライカ姫は、とうとう怒りを爆発させてしまいました。
強力な魔法が雲を呼び、大雨を降らせます。
それはどんどん激しくなり、嵐になりました。
嵐は国を覆うほど大きくなり、その雷は地上を荒らしていきます。
人々は他の地を目指そうとしますが、洪水や雷、土砂崩れでほとんどの人が命を落としました。
海も荒れ、船は全て沈んでしまったのです。
こうして、ティーフィス王国は滅び、人のいない荒れた土地になってしまいました。
周りの国では、この嵐を起こしたのがリライカ姫だと判っていました。
ですから、全ての国がリライカ姫を悪い魔法使いとして伝える事になりました。
「おしまい」
「リライカ姫はどうなったの?」
「結局、どの国にも見つけられなかったみたい。
もしかすると、あんまり悲しくて死んじゃったのかもしれないわね」
目を伏せる娘。
「何だかかわいそう……」
「そうかもしれないわね。
でも、自分の我が儘で国を一つ滅ぼしたのだから、大きな罪を背負ったのよ。
我が儘すぎると、リライカ姫のように、好きな男の子に逃げられちゃうかもしれないわ。
例えば、お隣のトニー君とか」
「そんなの、いや!」
思わず叫ぶが、母親のニヤニヤ笑いに顔が真っ赤になる。
「じゃあ、素直にもう寝ましょうね」
「うん」
娘は目を閉じると、すぐに寝息を立てる。
母親がランプを消すと、その黒髪が闇に溶けた。
妻が夫婦の寝室に入る。
夫はすでにベッドにいた。
恐らくは眉間にしわを寄せ、向こう側を向いている。
妻は服を、下着も全て脱ぎ、夫の側にすり寄った。そして夫の身体に手をはわせる。
「やめてくれ、リライカ」
「いいえ、やめないわ、フィクス」
そう言って妻は夫にまたがり、両手で夫の顔を自分に向かせる。
すると、妻の顔が変わっていった。
顔だけではない、身体も髪も変わったのだ。
そう、全くの別人に。その変わる様は魔法でも見ているかのようだった。
否、これは高度な魔法である。
フィクスは女装する事で追っ手をかわし、隣の大陸に逃げる事に成功した。
かなり剣の腕が立ったフィクスは、とある国で、貴族の私兵になる事ができたのだ。
そして妻を娶り、幸せに暮らす事ができるようになった、はずだった。
生まれた子供が成長して行くにつれ、フィクスはおかしいと思うようになっていったのだ。
それは、子供がフィクスによく似ているとは言われるのに、妻には似ているところが全くないのだ。
そこで娘・ティアの七才の誕生日の夜、フィクスは妻に聞いた。
「ティアが私には似ているのに、君に似ていないのは何故だ?」
その時の驚きと諦めに似た悔しさをフィクスは生涯、忘れないだろう。
初めて見せる妻の熱の籠もった視線と妖艶な笑み、そしてそのままの表情で変わっていく、否、戻っていく姿。
かつて捨てたはずの悪夢、リライカ姫がそこにいた。
「わざわざ魔法で姿を変えていた甲斐があったわね。やっと気付いたの?」
「な、何故こんな事を……」
「決まっているわ。あなたを愛しているから。
でも、貴方は私を嫌っている。だから、魔法で姿を変えていたのよ、最初から」
その夜以来、表面上は普通の家族だったが、夫婦の仲、否、夫から妻に対する感情だけは冷え切っていた。
妻から夫に対する愛情は突き抜けるほどではあったが。
それでも一緒にいたのは娘・ティアのためだ。
憎しみの籠もった視線がリライカを射抜く。
しかし、リライカは妖艶な笑みでフィクスを見下ろし、囁いた。
「ああ、愛しているわ、あなた。殺したいほどに……」
Fin.




