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旅始めは明日へ

 唯の野良犬だと思っていたモノが奇妙な叫び声をあげ、レシアムに飛びかかってくる。それがあまりにも突然の事で、彼は呆然とこちらに飛びかかってくるナニかを見つめることしかできなかった……が、そんな彼の体に強烈な衝撃が走り体は吹き飛ばされ、挙句に顔面から地面にダイブする破目になってしまった。


「大丈夫か?」


 頭を半分地面にめり込ませたレシアムの上方から勇者である彼女の声が聞こえてくる。どこか、呆れた感情を含む彼女の言葉にレシアムは憤怒で赤く染めて顔を上げた。


「何で後ろから蹴るんですか!! 危ないじゃないですか!!」


「……お前が呆けているからだろう、あのままでは首が食いちぎられていたぞ?」


 食いちぎられていた?……その言葉に赤かったレシアムの顔は色を失う。あれはただの野良犬ではなかったのだろうか? 確かに鳴き声は気味が悪かったがそう言う鳴き方の犬かもしれないし、先程飛びかかってきたのも餌に飢えていたからではないのか?本当に首を狙って襲ってきていたのだとしたら……それは、


「魔物!?」


 即座に辺りを見回してみるも、ものの見事に辺りは真っ暗闇。先程のナニかの正体を確かめることは叶わない。しかし未だここは国内部。魔物がここまで入り込んでいるとすれば一大事である。


「どうかなされたのですか?」


 説教を終えたのかティアがにこやかに聞いてくる。心なしか肌がつやつやしている気がするのだが……ティアの後ろにいるマリアを見やると、げっそりとしている。ティアに精気を吸い取られたとみてまず間違いは無い……


「ん、特に何もないぞ。レシアムがナニかに襲われただけだ」


 レイミールの言葉にティアとマリアはぎょっと目を見開いたのであった。




***




 結局、その後あのナニかが現れることは無く、夜分遅いとのことでそのまま近くの宿場に足を運ぶ。その宿場のふくよかな女将が眉尻を下げ困ったように笑いながら口を開いた。


「どうもすみません……今、空いてるのが二人部屋の二つしかなくて」


 


 レシアムは男なんだから、同室はまずいのでは?と言うティアの提案から、三人部屋と一人部屋を頼んだわけだが……三人部屋も一人部屋も余って無いとのことだ。


「……仕方ないな。とりあえずその二部屋に泊まらせてもらう」


 レイミールは、城を出る時に国王から受け取った金貨を取り出して女将へと手渡した。別の旅館を探せばいいのではないだろうかと思わないでもないが、金を払ってしまったからなんでかんでこの旅館に泊まらなければならない。

 ティアは小さく非難の声を上げる。


「勇者様!!何でお金払っちゃうんですか!!」


「……何故? 金を払わねば、泊まれぬのだから仕方ないだろう?」


 的外れな答えにティアは肩を落とす。そういうことを言っているのではない。人は良さそうだが今日会ったばかりの男と共に同室で一夜をともにするなど……間違いで何かが起こるとも限らない。


「私、勇者様と一緒が良いですっ!!」


 マリアがレイミールへと抱きついてくる。マリア本人は非常に嬉しそうにしているが、抱きつかれている方はかなり迷惑そうな顔をしている。ちぐはぐな二人だ。

 しかし、ティアも黙っていられない。彼女達二人が同室になったら自分があのレシアムと言う男と同じ部屋になる。父親とさえ十歳を過ぎたあたりから会話もろくにせず、他所の男達とはほとんど接触を取ってこなかった。そんなティアが男と同室で一夜を過ごす?考えられない。


「私は嫌ですよっ!! こんないつ狼になるかもわからない男と一緒の部屋になるのなんて!!今からでも遅くありません!!別の宿にしましょうっ!!」


 その言葉に、レシアムの心臓が貫かれた。その場に崩れ落ちたレシアムは体が小刻みに震えている。泣いているのか、怒りに身を震わせているのか…………


 突如、レシアムは立ち上がった。


「ああ、いいですよっ!!分かりましたよっ!! 自分は外で野宿しますよ~だ!!うわ~んっ!!」


 レシアムはそう言うなり宿場から走り去って行った。どこで寝るつもりなのか知らないが風邪でも引いたら唯の馬鹿だ。だからどうこうしてやる……というわけでもないが。宿から走り去っていくレシアムから残りの二人に視線を戻したレイミールは呟いた。


「……休ませてもらうとしよう」



 …………



「私のせいなんで、私が言うのもなんですけど……レシアムさん、あのままで良いのでしょうか?」


 宿場の食堂で三人で食事をとるレイミール達。ティアは向かいに座っているレイミールに問いかけた。出された料理をゆっくりと口に運んでいたレイミールは、動かしていた食器を置くと手元のナフキンで口を拭きこちらに口を開いた。唯それだけの行為なのだが、彼女のその行為がまるで王族の姫が城で夕食を取るかのような優雅さを放っているから不思議だ。宿の料理も宮廷の高級料理に見えてくる。


「気にするな」


 ちらりとティアと目を合わせ、そっけなくそう答えたレイミールは食器を手に取ると、また料理に手を付け始めた。彼女の隣で料理を食べるマリアは端からレシアムの事など頭に無いらしく、おいしいおいしいと料理を食べている。


「そう……ですね、気にしても仕方ありませんね」


 ティアの言った言葉にレイミールは反応を示さない。それに苦笑いしながら、目の前の料理をティアは口に含んだ。



 次回から本格的に旅が始まる……はず。

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