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寝不足な王女

「これで荷物は以上ですか?」


 神聖アルテミス王国を出発するため、漆黒に身を包んだ魔王族の王女―――レイミールは少ない荷物を、馬車の荷台へと積み込む。前日に国王から今この世界の置かれている状況を長々と話されたせいか、彼女の顔には少しばかり疲れが見える。しかし、その国王のおかげでだいたいの現況を把握できた。

 ……聞いた話によると、大昔、この国のはるか北の地に正体不明の邪なる気が現れて、その土地を草木も生えぬ不毛な地にしてしまったのだとか。しかもそれだけでは済まず、もともとその地に住んでいた生き物を邪悪なる姿、つまり魔物へと変えてしまったらしい。まあ、それは時の勇者が邪の気とやらを封印し、事無きを得たらしいのだが……何やら最近、その封印が何らかの原因で解けてしまったようで、また魔物が世界にあふれだしているのだという。つまり、今回の旅は世界各地で暴れまわる魔物を退治しながら、何が原因で邪の気が復活したのかを突き止め、そして邪の気を退治することが最大の目的なのだ。


「ああ、すまないな」


「いえいえ、まさか勇者様をお乗せすることができるとは思いませんでしたよ」


 御者はそう言うと、にこやかに笑いながら彼女から離れていった。馬の様子でも見に行ったのだろうか。そもそも馬車を使うのはこの国を出るまでのほんの少しの間だけなので大層なことではないのだが、御者は張り切っているように見える。

 さて、今はまだ日も昇らぬ時間。世界を救う勇者がなぜこのようにコソコソと出発するのかと言うと、国王曰く勇者の存在をなるべく隠していたいからであるらしい。

 異界から召喚した勇者を大々的に発表してしまうと、勇者の力を欲して、引き抜こうと躍起になる国、逆に勇者の力を恐れ暗殺を企む国、それぞれの思惑が働き、現在あまり良いとは言えない国の仲がより悪化するのではないかとのこと。また、そもそも異世界から勇者を召喚しているのはこの国だけらしくて、それがばれること自体も避けたいらしい。迫る危機に対して、諸外国が手に手を取り合い……などと言う話は夢物語もいいところ、のようだ。……つまり勇者だから他国でも優遇してもらえるとかいうわけではないという。


「あ、おはようございます」


 と、……物思いにふけっていたレイミールの背後から、突如として声をかける者がいた。ゆっくりと振り返った彼女の目に飛び込んできたのは、白で統一された服を身にまとう女性と、中肉中背の感じの良い青年。名前も知らないが一緒に旅をすることになった者達である。ちなみに彼女達はレイミールが異世界からやってきたことを知る数少ない人物だ。なんでもこのことを知ることができるのは、勇者の旅仲間と王族やその周辺に仕えるごく一部の者だけなんだとか。


「勇者様……これから旅を共にするティアと言うものです、よろしくお願いしますね」


「……えっと、レシアムと言います」


 にこやかにそう自己紹介をしてきたのは、白服の女性の方。青年の方は、女性に先を越されたせいか少しばかり顔を顰め、名前だけの簡単な挨拶をこちらへとよこした。どうやらティアと同じような挨拶をするつもりだったようだ。

 女の方がティア、男の方はレシアム。生来、人の名前を覚えるのが不得意なレイミールは暫く間、彼女達の名前を頭で何度も復唱し覚え込ませる。別に彼女達の名前など覚えなくても特に困りはしないのだが、これから嫌と言うほど一緒に居なくてはならない者達だ。名前くらい覚えてやるべきだろう。


「そうか……」


 レイミールは彼女らの名前を忘れないように、なるべく余計なことは考えないようにしながら馬車へと向かった。




***




 揺られる馬車の中、特に三人の間に会話は無い。それはそうだろう……言葉を交わしたのは今日が初めて、しかも簡単な自己紹介だけなのだから。それに三人の中に特にお調子者やお喋り好きな者がいるわけでもない。少し言葉を交わすことはあっても、それが会話と呼べるまでに発展することはなく、すぐに途絶えてしまう。

 馬車の中でレイミールはティア、レシアムと向かい合うように座っていた。二人ともこの微妙な空気をどうにかしたいのか、話題を探すようにあちこちきょろきょろしている。だが、天気の話題、国に関する話題、思いつくような話題は全て出しつくした。それにきっとどんな話題を出しても無駄だろう。

 「今日は天気が良いですね」とティア達が話しかければ、「そうだな」で沈黙、特に話題が膨らむわけでもなく会話は終了してしまう、そんな状況だ。別にティア達を邪険に扱っているわけではないのだが、寝不足のせいで会話を続ける元気が今のレイミールには無いのである。国王の長話だけならばまだ良かった。問題はあのマリアである。


 昨夜……(とこ)に入りウトウトとしていたレイミールを、ぼろぼろと涙をこぼしながら部屋に駆け込んできたマリアが叩き起こした。その原因は、国王がマリアが勇者の旅について行くことを強く反対したせいである。国王に言われてしまえばマリアにはもうどうすることもできない。

 この結果はレイミールの思惑通りのはずであった。しかし、まさか自分の所に泣きついてくるとは思わなかった。結局なだめて帰したのだが、おかげでレイミールは先日、一睡もしていない。



 馬車がゆっくりと動きを止める。どうやら、国境に着いたようだ。


「着いたみたいですね……あ~、なんか緊張するなぁ……」


 馬車を降りたレシアムがその場を和ませようとしたのか軽口をたたいた。ティアも小さく笑っている。そんなことをしている間に荷台から荷物を全ておろした御者が名残惜しそうな顔でレイミールへと口を開いた。


「いやはや、勇者様御一行の荷物と言うのは重いのですねえ。……残念ながらお乗せすることが出来るのはここまでです。皆様のご健闘をお祈りしていますよ」


「……世話になったな」


 終始、人の良い笑みを浮かべながら、御者の男は馬車に乗り込むと元来た道をこちらに手を振りながら帰って行った。


「勇者様、……早速行きましょうか?」


 ティアが地面に置かれた自分の荷物を持ち上げながら馬車を見送っているレイミールへと話しかけた。そちらに目を向けると、レシアムも自分の荷物へと手を伸ばしている。


「……そうだな」


 レイミールは残された自分の荷物を取るためにそこへと近づいた。

 少しして、妙なモノの存在に気が付く。


「この荷物は誰のものだ?」


 茶色の巨大な頭陀袋が自分の荷物のそばに転がっている。ティアやレシアムの顔を見ても二人とも自分のものではないと首を振った。では、あの御者のものだろうか?


「とりあえず、何が入ってるのか見てみませんか?」


 レシアムが興味津津とばかりに頭陀袋へと近く。彼はレイミールとティアの目の前で、きっちりと結ばれた袋の口を思い切り開け放った。……と同時に、ひょっこりと中身が顔を出す。言葉を失った勇者一行をキョロリと見渡してお目当ての人物がいたのだろう。目を輝かせてその人物―――黒の冷徹王女と呼ばれた魔王族の姫、レイミール―――に叫びながら抱きついてきた。


「勇者様っ!!」


 慌てることなく、レイミールは左足を半歩下げ、体を逸らした。彼女に抱きつこうとしてきた何者かは、勢い余って、地面へと悲鳴を上げながら倒れ込んでしまう。その者にレイミールは頭が痛くなるのを自覚しながら問うた。


「なぜ、お前がここにいる。―――マリア」


 ―――マリア―――その名前を聞いて、やはり頭陀袋から出てきたのが神聖アルテミス帝国の王女に間違いは無かったのだと顔を青くするティアとレシアム。なぜ彼女がこんなところにいるのか……考えたくもなかったが、聞いた話によると彼女は勇者の旅について行きたいと言っていたらしい。国王によって強く反対されたと聞いていたが……


「まさか……王女様は城を抜け出されたのですかっ!?」


 旅仲間の一人、レシアムが震えながら目の前で服についたほこりを払う少女に問いかける。実は唯のそっくりさんではないだろうかと言う希望を持ちながら。……しかし、次の瞬間、彼のかすかな期待も打ち砕かれた。


「……だって、勇者様とどうしても離れたくなかったんですもの」


 左手を口に当て、右手でスカートを握りしめながら、恥ずかしそうにするマリアの姿はかわいらしいものだったが、今のレシアムにはそんな事どうでもいい。まだ旅も始まっていないと言うのに、これは悪夢だろうか?レシアムは動揺しながらもどうするべきか考えようとした……が、無理だった。あまりにも突然すぎて頭が追いついて来ない。

 一国の王女がこんな場所にいて何か大変な目に巻き込まれたりしたら、自分達はどうなるのだろうか……頭に浮かぶのは死罪。レシアムは内心泣きそうになりながら、辺りを見回す。自分と同じく勇者の旅仲間に選ばれたティアは顔を青くしていて、頼れそうもない……こうなったならば……

 レシアムは藁をも掴む思いで最後の希望に頼った。


「勇者様!! どうしましょうっ!?」


 レシアムの言葉に難しい表情を浮かべて、勇者と呼ばれる彼女は呟く。


「…………私が知りたい」



 ちなみに、マリアにそっちの気があるわけでは無いですよ~、たぶん……

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