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何もかもが急ぎ足で

 どうやらこの国は、紅茶の味は悪くないらしい。

 ほのかに口の中に広がる紅茶の香りの余韻を楽しんでいると、突然やってきた無粋な兵士によってそれを邪魔される。


「王女様っ、模擬戦で八名ほどの者たちが残りました。勇者様に置きましてはこのうちの中から二人を旅のお仲間に選んでいただきたく存じ上げます」


 王女とは、にこやかな笑顔を辺りに振りまけるだけ振りまいているマリアのこと。神聖アルダマス?帝国とか言う聞いたこともない国の王の一人娘なんだとか。恐らくだが、この姫は、国王から異常なまでに愛情をそそがれ、蝶よ花よと育てられてきたのだろう。世界の危機なのだと言いながらにこやかに紅茶を飲んでいるところなど、滑稽で笑いがこみあげてくる。

 さて、勇者とはだれの事であろうか……答えは、マリアの隣で静かに茶を楽しんでいる、黒衣の冷徹王女という異名を持ち周りから畏れられていた、レイミール。何の因果か自分の世界とは全く異なる、言わば異世界のこの国へ勇者として召喚された元魔王族の王女。出された紅茶を楽しんでいたことですっかり忘れていたが、これから魔物(この世界の)退治をするための旅仲間を決めなければならないのである。


「さっ!! 勇者様っ、行きましょう?」


 席を立ちレイミールへと手を差し出すマリアに些細な疑問を投げかける。


「残り二人になるまで争わせればよいのではないか? なぜわざわざ私が選ぶ必要がある?」


「勇者様、唯強いだけでは旅仲間としてふさわしくありません。性格や、知力なども重要ですからね……本当は勇者様には一からご自分でお仲間を探していただきたかったのですが、さすがにそれでは時間がかかりすぎてしまいます。ですから、力を持った八人の中から勇者様がお仲間にしたいと思う方を選んでいただくのが一番良いと思ったのですが……」


 エミリアはその愛らしい顔を小さくかしげる。異性同性関係なく、惚れてしまうのではないかと思うほどその動作はかわいらしいものだった。現に、彼女達を呼びに来た兵士は耳まで真っ赤にして呆けてしまっている。王女は残った紅茶を飲み干すと漆黒の瞳でマリアを見つめ返し、仕方がなさそうに、席を立った。


「……そう言うことならば仕方あるまいな」




***




 城の中庭にやってきた王女を出迎えたのは、確かにどれも強そうな人間達である。体格がよく力の強そうな男、逆に細身で知略に富んでいそうな者、暗殺者を思わせるフードを深くまでかぶった女……正直王女にとってみれば誰が旅の仲間になろうとどうでもいいのだが、選べと言われたのだから仕方がない。素直に選んでやることにする。

 だがどうやって選べばいいのか……王女には皆目見当もつかない……


 とりあえず一列の行儀よく並んだ、旅仲間の候補達を見やる。正直この短時間でこの者達の性格などの情報が分かるわけは無い。王女は足元に転がっていた小さな石ころを一つ拾うと彼らに背を向ける。その姿は一見すると、旅仲間を誰にするのか迷っているように見えた。

 と、突然目で確認できないほどの速さで何かが、一列に並んだ候補者達の中の一人……若く、中肉中背で感じの良い青年の整った顔に、―――まるで潰そうと狙い澄ましたかのように―――運悪く当たってしまった。たまらず顔を押さえて彼は小さな悲鳴を上げる。しかし被害はそれだけでは済まなかった。何かはその者に当たった拍子に、隣に並んでいたもう一人の候補者、魔術師なのか白く統一された服装に長い杖を持っている女性の頭にも、ぶつかってしまい、彼同様彼女もまた小さく悲鳴を上げた。

 彼女の頭に当たったことでようやく何かスピードが落ちて、その正体が明らかになる。地面に転がり落ちたそれは小さな石ころ……十中八九、王女が手に持っていた石ころだ。

 呆気にとられている候補者たちに向かって、いつの間にか振り向いていた王女は静かにではあるが、その場にいる者全員に聞こえる声で言い放った。


「今悲鳴を上げた者二人を……私の旅の供としよう」




 王女以外……この場にいる者すべてが呆気にとられた。誰もが言葉を失っている中、すぐに我に返った、旅仲間候補の一人……屈強な体を持つ大男が非難の声をあげる。


「ちょっ!! ちょっと待ってくれ!! こんな決め方でいいのかよっ。そもそもあいつらよりもこの俺の方が成績は良かっただろう?」


「確かに……勇者様の決定とはいえこれは少し納得がいきません」


 屈強な男の言い分に、知的な印象のすらりとした長身の男も続く。しかし、王女は彼らの言葉に耳を貸す気は無い。そもそも誰でもいい王女には、彼らの言葉は耳のまわりを鬱陶しく飛び回る蝿の羽音と同じだ。聞く気など端から無い。


「……マリア、後は何をすればよいのだ?」


「あっ……えっと、数日程このお二方と一緒に訓練を一緒にしていただいて、旅に出ていただくことになりますが……本当によろしいのですか?」


 訓練をしなければならないと聞いて王女の表情は曇る……面倒なのだ。この世界の魔物がどれほど恐ろしいか知らないが、数日訓練をした程度で劇的に力が強まるほど王女は才能にあふれてはいない。


「……訓練は必要ない。もうすることがないなら私は旅に出ようと思うのだが……」


「ちょっ!! 待ってください。旅仲間のお二方と親睦を深める意味でも訓練は、……それにいくらなんでも早いのでは?……」


 眉尻を下げ、声のトーンを下げながらマリアは中庭を後にする王女の後ろを追いかける。中庭では未だに候補者たちが騒いでいたが、城の衛兵によって先を阻まれ、彼らは王女たちを追いかけることはできなかった。選ばれた旅仲間は何が何だかと言う様子で未だに呆けている。


「旅をしていれば、親睦など嫌でも深められる。それに世界の危機なのだろう?愚図愚図していて良いのか?」


 先を歩いていた王女は後ろからついてくるマリアに向き直る。必死に追いかけてきていたマリアは王女の言葉でその表情を曇らせ、俯いてしまった。その行動の意味が王女には全く理解できない。何か気にでも触ったのだろうか……

 王女はうつむいたまま動かなくなってしまったマリアから目を外し、空を見上げる。腹が立つほど良い天気だ。こんな日には外で景色でも眺めながら軽い食事でも取るのが風情がある。そう言えば、先程紅茶を飲んだだけで食事をとっていない。お腹が心もとないのはそのせいかと一人納得する王女。とそんなとき、俯いて微動だにしなかったマリアが突如、鬼気迫る表情で王女に口を開く。


「私も旅に連れて行ってください!!」


 突然この娘は何を言い出すのか……そもそも一国の姫が旅など出来るのだろうか?恐らく答えは否だ。ここの王がそんなことを許すとは到底思えないし、まずこの娘には旅をできる力があるとは思えない。少し早歩きをした自分を追いかけてくるのでさえ肩で息をしながら追いかけて来るざまだ……そんな娘がなぜ旅などしたいと狂ったようなことを言いだすのか、何か旅に対して憧れがあるのだろうか……正直、旅なんて聞こえは良いが疲れるは、食事はかなりの制約を受けるは、ろくに休みも取れないは、で良いことなど一つもない。城で優雅に一日をすごす方が余程有意義だろうに……


「無理だな」


 さらりと王女がそう言ってやれば、マリアは泣きそうな顔で「どうしてですか?」などと聞いてくる。肩を震わせながらマリアは続けた。


「……私が付いていったら迷惑なのでしょうか」


 分かっているなら聞くなと喉まで出かけた言葉を、王女は必死に飲み下した。恐らくこれを言えば王女の涙腺は崩壊、声をあげて泣くだろう。となると厄介なのは国王だ……溺愛する娘を泣かせたと言うことでいわれなき罪を着せられるのはごめんだ。勇者など所詮は書いて字のごとく勇ましい者……つまり子供でもなれるわけだ。勇者なんて不安定な極まりない者の代わりなんていくらでも見つけられるだろう。それこそまさに異世界から新しい勇者でも何でも呼べばいいのだから王女に死罪を言い渡してもなんらこの国や世界には問題がないのである。

 王女は小さくため息を吐くと、未だ小刻みに体を震わせるマリアに提案をしてみる。


「詳しく話を聞かせてはくれないだろうか……茶でもしながらな」




***




 マリアの部屋で出された紅茶を飲む王女。本当は外で飲みたかったがマリアの要望で彼女の部屋で飲むことになった。少しの空腹感を埋めるため、茶と一緒に持ってきてもらった小さなサンドウィッチを王女は口にする。

 本来、紅茶は食事の後に取るものだが……このサンドウィッチ、他の茶菓子と同じように紅茶を飲みながらでも楽しめる味付けとなっている。そんなことに少しだけ王女が感心していると未だに暗い表情のマリアが重そうに口を開いた。


「すみません……迷惑なのは分かってるんです……でも私……まだ勇者様と一緒にいたいんです」


 悩みと言うものは口にすると意外とすっきりするのだ。だから悩んでいる者にはその悩みをあらいざらい吐かせてしまえば良い。聞く方はそれを内容が分かる程度に聞いて後は聞き流してしまえば良いのだからこちらにもストレスはかかることは無い。

 王女は美しいティーカップを口に持っていく。


「私……小さな時からこの城からほとんど出たことがなくて、友達もいなくて、人見知りで……でも勇者様に初めて会った時、自分でもわからないけど、自然に接することができたんですよ。……一緒にお茶をしたり、なんてことも私初めてで……勇者様といるとなんだかとっても楽しくて……勇者様がいてくださらないと……さみしい」


 王女は二つ目のサンドウィッチへと手を伸ばし、それを口に入れる。そんなに親しく接したわけではないのにいつの間にこれほど慕われていたのだろうか。心当たりがまるで無い。昨日は宴会で少ししゃべっただけ……今日も一緒に茶を飲んだだけ……これで離れるとさびしいとまで言われるほど中が深まるものだろうか……それとも人間と言う種族にしてみればこれは普通の事なのだろうか。如何せん人間の常識と言うものがよくわからない王女は何と答えてやるべきかと思案する。


 顎に手を添え、正面のマリアを見やる。少しうつむいたマリアの眼の端には光るものがたまっている。このマリアと言う姫は、おそらく……どこまでも清らかに、どこまでもおしとやかで、そう王族の姫として育てられてきたのだろう。ある意味人間の理想の形と言えるのかもしれないが、いくらか甘やかされすぎだ。

 と、王女の頭に妙案が浮かぶ。国王自身にこの娘の旅を諦めさせてもらえば良いのだ。その結果マリアが泣こうとそれは国王の判断。自分の一人娘をむざむざ危険な世界へと送りこむような馬鹿な真似はしないだろう。そうすれば、無事足手まといのマリアが旅についてくることも無く、王女が罰せられることも無く、旅へと出ることができる。


「……ならば国王にかけあってみてはどうだ?」


「え?」


「私は別に止めない。それほどまでに旅をしたいのならば自分で王の許しを得るのだな」


 王女の言葉に一瞬マリアは呆けるが、ぱっと顔を輝かせるといつものような笑みを浮かべる。


「はいっ!! 早速父に話を聞いてもらおうと思いますっ!!」


 元気を取り戻したマリアは、王女に小さく挨拶すると、パタパタとその場を離れていく。全くあわただしい姫である。王はマリアの言葉を聞いてどんな顔をするのだろう。王女は口元に笑みを浮かべると、置いてあるティーカップに手を伸ばしてやめた。

 ティーカップにはもう紅茶は残されていなかった。




 紅茶飲みすぎ?

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