説明がないまま……
「ふむ……悪くない」
宴会を抜け出し、自分のために用意したのだという一室でレイミールは静かに紅茶を飲む。
勇者ではないし、なろうとも思っていないのだが訳の分からない一方的な契約で、魔族の姫、黒衣の冷徹王女と恐怖されたレイミールは勇者となってしまった。しかし、よく考えてみるとこれはおかしい。―――よく考えなくてもおかしいのだが―――彼女は中指にはめられた金の指輪を眺めた。
『その指輪は、王族と勇者の絆の証っ!! 勇者は王族へ絶対の忠義を尽くし、王はそれを見守る……尊い契約が今ここに成立したっ!! 皆の者喜べっ!!』
王の言葉が甦る。かなり捻じ曲げた解釈をすればだが……勇者は王族の奴隷、王は奴隷を監視するという契約に聞こえなくもない。そもそも、勇者は絶対の忠誠を誓わねばならないのに、王はそれを見守るだけ……なんて、対等な契約に見えて明らかに王族に都合のいいものだ。だが、まあ……もはや契約は済んだ。いまさらこのことについて考えても無駄な時間を使うだけである。 大まかな今後の予定は、まず元の世界に帰る方法を探すことだろう。おそらくあの王も、マリアと言う王女も異界人を元の世界に返す方法など知らないのだろう。まったくそれに関する話が無かったのは勇者召喚で舞い上がっているからではなくそもそも知らないから……彼らの顔を見ればそれがすぐに分かる。
王の城の一室だと言うのに、石造りであるせいか牢獄の様なそこの小さな窓から月が見える。当然のことながら……こちらにも月はあるのだ。……それが何だか面白くて彼女は薄く笑った。このような感情は何年振りだろう……
「……しばらく、ヤツらの酔狂に付き合ってやるのも一興か……」
***
冷たい石造りの部屋、これもまた冷たい石でできたベットに横になって眠る魔王族の王女を明るい声が呼び覚ました。
「勇者様っ!! おはようございます!!」
なぜこうも馬鹿みたいにテンションが高いのか知らないが、その声に王女はゆっくりと体を起こした。半分寝ぼけ眼の王女にマリアはにこやかな笑顔で爆弾発言をする。
「今日は、勇者様に魔物退治の旅をしてもらうお仲間候補を呼んでいます。どなたも素晴らしい力を持つ方々ばかりです。ですが、あまり多人数では意思の疎通もはかれないので勇者様に選んでいただきたいのですが……」
「昨日の今日で、もう旅の話か……随分と気が早いのだな……」
王女は乱れた髪の毛を整えると、はずしていた鉛色のティアラを頭に付ける。細めの体つきには飾り下のないタイトドレスがよく似合っている。しかし、勇者にはそれなりの身なりの決まりがある。マリアは気が進まないながらも、王女に勇者の召し物を手渡した。機能性を重視した動きやすい服こそ、勇者にふさわしい。
しかし、手渡した服をマジマジと見つめた王女は、手に乗せたそれを広げることも無くぽいと投げ捨てた。
「ああ!! 何をなさるんですかっ!? せっかくの勇者専用のお召しものを!!」
「……必要ない。それよりも……行かなくて良いのか?」
くいっと親指を立てる彼女に、マリアはぽかんと口を開けた。
城の中庭に屈強な兵士や、魔法使いなどが少なくても百人は集まっている。どうやらこの中から魔物退治の旅仲間を選ばなければならないらしい。そもそも魔物のせいで世界が滅ぶだとかなんだとかの説明は受けたものの、具体的にどうしてこの世が危機に瀕しているのか……どうすればこの世を救ったことになるのかの説明が全くなされていない。
なのにもう旅仲間選び……しかも、この国は勇者の存在を知っているが、諸外国はどうなのだろうか?世界の危機に対して国同士の関係はどうなのか、山ほど知りたいことがあるのに全くその説明は無い。元々、この国や世界に深くかかわる気は無いが基本的な情報くらいは与えてほしいものだ。
「勇者様っ!! 見てくださいっ!! 国の選りすぐりの戦士達です……皆さんの強そうですね」
「フン……そうだな」
城のガラス窓から、中庭を見下ろす二人。確かに強そうな者達ばかりだがどうやってこの中から選べと言うのだろう……
「……マリアよ、この者達の中からどのようにして選ぶのだ?」
彼女の問いかけにマリアは嬉しそうに笑いながら答えた。本当にこの少女はニコニコ、ニコニコと笑いっぱなしである。そんなに笑っていて顔が疲れないのだろうかと思うのだが、本人はまるで疲れた様子を感じさせない。
「はい、まずは模擬戦闘を行い成績の良かった数名の中から勇者様に直接選んでいただくことになります」
どうやら、その模擬戦闘とやらが始まったのか、それぞれの猛者達があちこちで激闘を繰り広げる。魔法、剣、飛び道具、鞭、それぞれ思い思いの方法で素晴らしい成績を修めていく猛者達。模擬戦で敗れ、無念に散っていく者達……
「…………まだしばらく時間がかかりそうだな」
「ええ、しばらく続きそうですし……お茶でもしましょうか?」
「…………そうだな、馳走になるとしよう」
マリアの提案に中庭の猛者達から目を離すことなく黒の王女は頷いた。
話の進み……遅っ
そのくせ文のつくりが丁寧なわけじゃないところがこの話のクオリティーなのです!!