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歪んだ契約

 王女の視界を遮っていた光と、頭に響いていた頭痛が収まる。しばらくその場で横になっていた王女であったが、完全にそれらが無くなったのを確認するとムクリと体を起こした。 と、同時に王女の目に飛び込んできたのは、人、人、人 ……人間による新手の魔物退治だろうか?どっちにしろ、三十人弱の人間集団に自分一人が相手をするのは骨が折れる。

 王女は音も無く立ち上がり、自分の服についたほこりを簡単に払うと一番近くでこちらを見つめている、かわいらしい顔つきをした少女に今の状況を尋ねようとする。しかし、それよりも早く、その少女の鈴の様な高い音の声が王女のそれをさえぎった。


「勇者様!! この世界を御救いください」




***




 目の前の少女の言葉に、表情の変化が乏しい王女もさすがに眼を見開いた。今のこの娘の発言……勇者という言葉があったように思う。何を勘違いしているのか、この娘は王女のことを勇者だと思っているようだ。


「……私は勇者ではない」


 否定はしてみるものの、自分に注がれる羨望のまなざしは消えることは無い。何とも居心地が悪いこの状況をどうしたものだろうかと思いを巡らせていると、先程の少女が自分へと自己紹介をしてきた。スカートの端を軽く持ち上げて、小首を傾げる様子はこの世の男のほとんどを虜にするのではないかと思うほどかわいらしい。


「私は、神聖アルテミス帝国の王女、マリアと申します。本日、勇者様を異世界から及び申し上げたのは私でございます」


 彼女の言葉に王女は眉を吊り上げる。神聖アルテミス帝国……聞いたことのない名前だ。それに異世界と言う鍵言葉……

 王女が一人、自分の考えを巡らせていて、文句や拒絶を述べないのをいいことに、どんどんと話を進めてしまうマリア。


「今我々の国……いいえ、この世界の人間は魔物によって平和を脅かされているのです。このままでは、世界は魔物達の手に落ちてしまいます。どうか……どうか私達を御救いください勇者様!!」


 力強く発せられたマリアの言葉は、この部屋にいる全ての人間の心情を代表しているかのようで周りの人間も王女に懇願の表情を浮かべている。


「…………」


 しかし、彼らの視線などまるで眼中にないといった様子の王女は自分の足元に広がる奇妙な陣を見つめる。理屈は分からないが、王女がこのわけのわからない人間達のいる世界へと飛ばされたのはこの陣が無関係ではないだろう……


「……あの、勇者様?」


 いつまでも返事をしない王女にマリアは困惑した表情を浮かべて王女に近づく。王女は床の陣から視線を外さないまま、マリアへと疑問を投げかけた。


「これはなんだ?」


「あ、これは勇者様を召喚する際に、使用する陣です。私達の国では世界が危機に瀕した時、異界から勇者様をお呼びしているのです!! この陣はその勇者召喚の儀が初めて行われた際からずっと使われ続けている由緒ある陣なのですよ」


 ようやく口を聞いてもらえた嬉しさからなのか、やけに上機嫌で饒舌なマリア。しかし陣の内容など聞いていない王女にとってみればだからなんだと言う話である。


「それよりもっ、今から私のお父様である国王陛下に謁見していただきたいですっ!!」


 ぐいっと、王女の腕をとると有無を言わさぬ力強さでマリアは王女を引っ張っていく。王女はただ、なし崩し的にその後についていくこととなった。


 石をきれいに敷いた廊下を、マリアに腕を引かれながら王女は歩く。この国は……少々勝手な者が多いようだ。そもそも国だか、世界だかの危機に何の関係もない異界の人間をこの者達の都合によって呼び出し救ってもらおうと言う魂胆がそもそも間違っているのだ。

 今までの異界人がどうして来たのか王女には見当もつかないが、恐らくどの異界人にも故郷には大切に思う人、思い出の場所、そのようなものがあったのではないだろうか……それらと一瞬にして引き離された彼らは本当にこの国や世界を自らの命を危険にさらしてまで、救おうとしたのだろうか……


「着きましたわっ!!」


 頬を上気させながらマリアは王女を振り返る。その顔には、ただただ喜び、希望……そんなような感情が見える。微塵も異界人の事など考えてはいない。ただ、安心しているのだ。勇者によって自分達は救われる、と……


「お父様!! 失礼しますっ」


 特に返事も返さなかった王女を放って、マリアは王の謁見の間なのだろう……巨大な扉の部屋へと入って行った。もちろん王女の手を引きながら。


 中に入ると、扉から真っすぐにきらびやかな装飾の細長いじゅうたんが道のように敷かれている。それを挟むように、これもまたきらびやかな装飾をこれでもかと付けている男性や女性が立ち並んでいる。皆の視線の先にはマリアに手を引かれた王女がいる。

 と、まっすぐ伸びたじゅうたんの先の一段高くなった所に、まさに権力を誇示するかのような巨大な椅子へと座った一人の男が口を開いた。


「……おおっ、マリア……その御方が、勇者殿なのか?」


 威厳あるその声にマリアは喜びを抑えられないのか、声に歓喜の色を含ませて、「その通りです」と口にした。しかしここで黙っていないのが王女である。マリアの腕を簡単に振り払うと、その場の喜色な者達の顔を青ざめさせるのではないかと言うほどひどく冷たい声でそれを否定した。


「私は勇者ではない」


「そんなはずありません。しっかりと私が陣で異界より召喚致しました勇者様です!!間違いありません」


 一瞬、言葉を失う王だったが、満面の笑みのエミリアの言葉によって、その場の雰囲気が和む。ほっと息をついた王は、腕を組んでこちらを冷たい瞳で見つめてくる娘の姿をもう一度見る。一段高いところにいる王は確かにこの少女を見下ろしているはずだ。しかしなぜかこの少女には逆に自分が見下ろされているようで、妙な焦りが一瞬生まれる。しかしすぐにそんな馬鹿なことがあるわけは無いと、王はそれを打ち消すと威厳のある態度でこの不遜な態度の少女に口を開いた。


「ふむ……では勇者よ、そなたの名は何と申す?」


 自分の発言を無視した挙句、自らも名乗らずに相手の名前を聞いてくる。目の前の男の常識の外れの行動に王女は思い切り溜息を吐きたい衝動をぐっとこらえた。

 もともと人間と言うのは人の話を聞かない種族であるし、この世界ではこういう行動も普通なのかもしれない。郷に入っては郷に従えと言うことだろうか……


「…………レイミールだ」


「そうか、ふむ……では今ここに勇者の名を持って我が王族との契約を結ぶっ!!」


 周囲の人間達のざわめき声とともに、小さな光が王の指にともったかと思うと、眼にもとまらぬ速さでその光が王女の指へと移る。光のともった中指をしばらく不思議そうに眺めていた王女だったが、やがてそれが形を現わすと眉尻をあげた。

 何の装飾もない金の指輪が血の気が通っていないのではないかと思わせる程白い、王女の華奢な指の根元にしっかりとはめられている。力を込めて指から外そうとしてもびくともしない……


「その指輪は、王族と勇者の絆の証っ!! 勇者は王族へ絶対の忠義を尽くし、王はそれを見守る……尊い契約が今ここに成立したっ!! 皆の者喜べっ!!」


 王が声高く宣言し、それに呼応するように周囲の人間の歓声が辺りに響いた。いつの間に準備していたのか、花吹雪が辺りを舞い、勇者を歓迎するかのような軽快な音楽が奏でられ始める。この華やかな場に、ふさわしい華やかで豪勢な料理が運ばれ、このまま祝いの宴が始まろうとしていた。

 誰もが、このめでたい日を喜び合う。幸せそうな笑顔で……


 

 一人を除いて、ではあるが。

 喜色満面の人間達とはまるで真逆……恐ろしいまでに冷めた目で、人間達が喜ぶ様を道端に転がる石ころでも眺めるように見ている。やがて、その黒曜の瞳は自らの指へと向けられた。そこには王女には似つかわしくない金の指輪が鈍い光を放っていた。

 



 指輪を黒にしてほしかったんですよ。……たぶん

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