あやふやな勇者
ピ~ヒョロロロロ……鳶だろうか?
晴天の空の元、サクサクと短い草を踏んで歩く足音が辺りに響く。その音を立てている者は見たところ四人。一人は、冒険者らしい丈夫で機動性を重視した動きやすそうな服を着た中肉中背の男。太陽の光を受けて一点のくすみも無く光り輝く金の髪を持ち、かなり整った顔立ちをしている。そんな彼は干し肉を挟んだパンを食べながら歩いている。
二人目は、明るい栗色の髪を持つ可憐な女性。暖かな太陽の光の様な笑みを浮かべながら、ゆっくりとした足取りで歩く。身につけている物は動きやすそうな簡易ドレスの様なものだが、見た限りそんじょそこらの店で扱っている服とは格が違う。ひどく繊細な絹を使用しているのだろうそれは太陽の光で輝いて見える。
ほんの少し……彼らから離れたところを歩いているのが三人目、フードの付いた長袖の白い服を身にまとった女性。フードはかぶっていないため彼女の銀色の髪が太陽の光を反射している。魔術師なのか、手には長い杖を持ち、体は非常に露出を抑えた服になっているのだが、彼女の均整のとれた体付きは嫌でも目に付く。涼しげな眼差しで……いや、少しばかり睨みつけるように?……先を歩く男の事を見ている。
さて、彼らの最も後方を広げた地図を見ながら歩いているのが最後の一人。まず一言で言い表すならば、黒。 黒を身に纏った女性だ。頭の鈍く光る鉛色のティアラを除けば彼女の身につけている物はすべて黒だ。漆黒の黒髪を垂らし、黒曜色のタイトドレスに身を包む。腕には黒のロンググローブ、足は黒ブーツで覆われている。恐ろしくなるほど黒で統一されているのだが、……身にまとった黒から覗く彼女の肌はまるで血が通っていないのではないだろうかと思うほどに白い。
と、……一つだけ、彼女には似つかわしくないモノを見つけた。彼女の左手の中指にはめられている金の指輪である。なぜだかその金の指輪は黒髪を引き立てている鉛色のティアラとは違い、黒の調和を崩す……大きな違和感のみを与えている。なぜ付けているのだろう……
「……暇ですね」
いつの間にかパンを食べ終えていた男……レシアムはそんな事を呟いた。如何せんただ歩いているだけではつまらない。今日はもうどれだけ歩いたのだろうか……昨日も一日歩き続け、だったが。
「魔物が出るより良いじゃないですか」
落ち着いた声でティアがレシアムへと口を開いた。マリアもそれに同意するように小さく頷いている。ですがね、……とレシアムが彼女達へと反論する。
「あんまりにも暇すぎると気が抜けてしまうでしょ?後はやることがなさ過ぎて逆にストレスとか……旅をしていると娯楽の要素も限られてきますしね」
ふ~ん、と相槌を打ったティアはそういうものだろうかと首を捻る。すると、それまでニコニコと二人の会話を聞いていたマリアが良いことをひらめいたとばかりに手を合わせた。
「それじゃあ、何か暇をつぶす事をすればいいんじゃないですか?」
「何かないの? 狼男」
マリアの言葉に、ティアがレシアムへと振る。確かに今は暇だ。ただ何にもない草原を皆で歩いているだけ。それも何日も前から。森を抜けてすでに三日……休まず歩き続けているというのにここから先を見る限り、草原は未だにはるか遠くまで広がっている。
「狼男って…………まあ、あることにはあるんですがね?」
少し得意そうな顔で指を立てるレシアムに、ティアもマリアも少なからず期待する。何をするつもりなのだろう。
「都々逸って知ってますか? それで良ければ私が披露して差し上げますよ?」
「都々逸ってなんですか?」
マリアが不思議そうに小首をかしげる。ティアも口にこそ出さなかったが初めて聞いた。
「まあ、簡単な歌みたいなものですよ、洒落を交えたね」
「へぇ、狼男のあなたにしては面白そうなことできるのね?」
「だからその狼男ってのやめなさい!!」
いちいち小さなことに突っ込むレシアムを軽くいなしながら、ティアはさっさと見せろと言ってやる。レシアムは渋々といった風を装いながらもなかなかどうしてやる気満々の様だ。
「ええ~ん゛っん゛……では行きますよ?」
小さく手をたたくマリアに気分を良くしたのか、レシアムはノリノリで口を開いた。
「かわいそうだね、ズボンのオナラ~♪……右と左へ、なきわかれぇ~♪」パンパンッ!!
琵琶でも引いているつもりなのか、歌い終わった直後に手で膝を叩くレシアム。
「…………」
ひどく冷たい空気が流れる。しばらく自分の歌に満足していたレシアムは何やら周りの空気がおかしい事に気が付いて、閉じていた目を開く。
こちらを見る女性陣の目が冷たい。蔑みの色も含まれているのかもしれない。よくよく見てみると少し離れた所に立って地図を眺めていたはずの、漆黒のドレスを着た勇者―――レイミールでさえ呆れた視線をこちらに向けてきている。まあ、彼女はすぐに視線を地図に戻してしまったが。
問題は、目の前にいる額に青筋を浮かべている女魔術師こと、ティアだろう。
「あ、あの~」
恐る恐る口を開いたレシアムに突然ティアの鉄拳が飛んできた。
***
「……ううっ、痛い……痛いよう」
泣きべそをかいているのは頬を真っ赤に腫らしたレシアム。ティアの怒りの鉄槌をもろに食らってしまったのである。
「……信じられない、散々期待させておいてなんなのあれは!?男ってみんなああなのかしら?」
腕を組んでお怒りのティアに、その一部始終を眺めていたレイミールが口を開いた。広げていた地図はいつの間にかしまわれている。
「ひとまず、この先にあるらしいライラント王国へ行こうと思うのだが……」
「どうしたのですか勇者様?」
区切りの悪いレイミールの言葉に、腕組をといたティアが尋ねる。
「この道を行くと一日中歩き続けてもあと、十日はかかるようだな……」
その言葉に、レシアム達は肩を落とす。このなんの面白みも無い草原が、あと十日は続くのだ。しかも休みなしで…… 普通、遠出は馬車などで移動するのが常識の世界で歩き旅をしているのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが……やっぱり溜息を吐くティアとレシアム。
マリアはと言うと特に表情に変化はない。ニコニコとしていて、いまいち何を考えているのか分からない。
「……だが私の勘違いでなければ二日でライラント国にたどり着ける方法がある」
「なっ? そうなんですか!?」
レシアムは下げた頭を勢いよく上げる。この世界でそれなりに冒険をしたつもりの彼でもこの草原をこのまま進むしかないと思っていた。しかし異界から召喚されたらしいこの勇者は少し地図を見ただけで近道を見つけ出してしまったらしい。
腕を組んでうっすらと笑みを浮かべたままレイミールは勢いよく、しまっていた地図をレシアム達に広げると自分達のいるところから少しそれたところに指を持っていく。
「……この先、右の道へ向かうのだ……ここへな」
レイミールの指が地図に記された道をたどり、あるところへたどり着く。しかし、それを見たティアはとんでもないと、声を上げた。
「そこはエルフの里というエルフ族が住まう所です……勇者様……エルフ族は危険な種族ですよ?近づくのはやめた方が良いかと思います。それにそちらの道は回り道ですから逆に遠回りになるのでは?」
「危険?…………まぁ私には良く分からないが、道は近いのだ」
レイミールの言葉の意味が分からず、レシアムもティアも首をかしげる。マリアはと言うとそもそも何が何だかと言ったようで、会話には参加していない。まあ、今まで城からほとんど出たことのない王女様であるマリアには仕方のないことかもしれないが……だがそれを言うとそもそもこの世界のせの字も知らないレイミールがここまでしているのが異常に思えなくもない。
「勇者様……一体どういうことなのですか?」
理由を求めるティア達を手で制したレイミールは地図に目を向ける。そこには森の様な絵(ティアによるとエルフの里らしい)が描いてありそれを大きく避けるように曲がった道が続いて、ライラント王国へと繋がっている。これがまずおかしい。
「そもそもここを突っ切れば良い話ではないか?」
レイミールは指をエルフの里を通り抜けるようにライラント王国へと引っ張った。しかし透かさずにレシアムがそれに反論する。
「そ、そんなことできませんよ!! エルフの里に近づくだけでも危険なのに!!エルフの里を突っ切るなんて自殺行為です!!」
「……そうか?」
レイミールは鬼気迫る表情のレシアムに内心で首をかしげる。レイミールの世界にもエルフと呼ばれる種族が存在していた。だが、唯それだけ。見た目は人間とさほど大差ない耳だけが異様に長い種族なのだ。特に危険や恐怖など感じなかったが……この世界のエルフは違うのかもしれない。
このレシアムの慌て様を見るとそんな生易しい種族ではないのだろう。それこそ魔物のように巨大な力を持っているのかもしれない。そんな危険な種族が里の様なコロニーを形成しているとなると相当に厄介なはず……なぜそうなる前に討伐をしなかったのだろう。
「……そんな危険な種族を野放しにしているのか?」
「そ、それは……」
別にレイミールは責めているわけではなく純粋に疑問に思ったことを口にしたのだが、レシアムは責められていると勘違いしたのだろうか、言葉を失ってしまう。 どうでもいいことだが、魔物は討伐するのに人間にとって危険なエルフ族を討伐しないのはなんだかお門違いな気がする。まあ、人間程度では相手にならない程の強さで手が出せないとかなのかもしれないが……
「勇者様!! 私はエルフの里へ行くのに賛成です。国や人々のためにも危険なエルフたちを放ってはおけません!! お願いです勇者様、私は願うことしかできませんが力をお貸しください……勇者様ならきっと、人々に害を与えるエルフ族や魔物を退治してくださると信じています!!」
急にマリアがレイミールへと真剣な面持ちで嘆願してくる。いつもの気の抜けた様子はどこへやら……今の雰囲気はどこか必死さを感じさせる。マリアも一国の王女、やはり国や民のためを思っているということだろうか。
さて、王族にこの様に頼まれては勇者は断れまい。何と言ってもあの契約とやらがあるからだ。勇者は王族に忠義を尽くす……そのような内容だった筈だ。そもそもレイミール自身はエルフ族を討伐しようとなどは微塵も考えていなかったわけだが、結局は近道の方に行きたい。利害が全くの不一致と言うわけでもないため別に断る理由も無いといえば無いのだが……
「……お前たちはそれで良いのか?」
ひとまず、マリアから目を離し、レイミールはティアとレシアムの意見を聞いてみる。元々反対派の二人の意見はどうか聞いてみたかったからだ。しかし、意外にもすんなりと彼らはエルフの里へ向かうことに承諾した。苦笑いして彼らの言うことには「自分達の旅の本来の目的は人々に平和と安息を取り戻してもらうため、ならばこんなところで逃げてはダメでしょう」とのこと。
さて……と、一つ心の中で間を置いたレイミールは地図を畳む。
人間というのは本当にめんどうな生き物だ。そもそもこの旅の正しい目的は人々に平和と安息云々……ではない。邪の気とやらを打倒すことである。ならば一番初めにそれを済ませるべきなのだ。だから、わざわざ辺をうろつく魔物やどれだけ凶悪か知らないエルフ族の相手などする必要は本来は無い。戦いの経験を得たいのなら話は別だが、あいにく自分には必要ない。ならば、それはあくまで旅をするうえでのオマケということになる…………オマケにかまけていて命を落としたら本末転倒もいいところなのだ。まあ、元をたどれば自分にとっての正しい旅の目的とはどうやって元の世界に帰るのか、方法を探すこと……であるからそもそも邪の気云々すらも本来はどうでも良いことなのだが。
今、この旅に彼女が付き合っているのは気紛れという、あやふやで蜘蛛の糸よりも切れやすい不安定なものだ。そのことに未だ気が付いた者はいないが。
もし、その気紛れさえなくなった時……それは……
レイミールは小さな笑みを浮かべると静かに口を開いた。
「……では、行くとしよう。エルフの里へ……な」
何も考えず書き殴った話なので色々おかしいところあると思います。
最初に書いた話がエラーで飛んじゃったせいですがね……フフン