劫火と逃走
草木も眠る、なんとやら……辺りは轟々と燃え盛る炎で真っ赤に照らされている。ギチギチと奇妙な悲鳴を上げながら、倒れていく木々、火から逃げ惑う動物達…………
物が焦げる独特のにおいが辺りを漂い、夜の闇とはまた違った黒さを持つ煙が空へと昇って消えていく。
「……コレ、ばれたらただじゃ済まないですよ?」
森を抜けた先の野原で、半目を開けながら燃え上がる炎を見つめどこか気の抜けたようにぽつりとつぶやいたレシアムに黒いタイトドレスを身にまとった勇者―――レイミールも燃えていく森を見ながら少し疲れたように返事をする。
「……先を急ぐとしよう」
どうしてこんなことになったのか……その原因は少しばかり時間を遡る。
***
「あの、そろそろ休みませんか、勇者様?」
森の中、レシアムは重たい瞼を必死で持ちあげながら自分の背後を歩くレイミールへと口を開いた。辺りは少し手を伸ばした先すら見えない真っ暗な闇。レシアムの持つ松明の明かりで足元は照らされているがそれ以外の光源と呼べるものは無きに等しい。
「……休みたいのか?」
松明で照らされた明かりを頼りに地図を見ていたレイミールはこちらに振り向いたレシアムへと視線を上げると短い言葉でそう聞き返してきた。レシアムはちらりと、ティアとマリアに目を向けると小さくため息を吐いて答えた。
「まあ、眠いですしね……それに王女様も、そこの女魔術師ももう我慢できないみたいですし?」
女魔術師の所だけ妙に棘のある言い方をしたレシアムに半分眠りかけていたティアが、ギッと目を見開いて言い返す。怒りのせいか、はたまた眠いせいか……彼女の目は充血している。
「誰も我慢できないなんて言ってないじゃない!! そもそもあんただってさっきからふらふらしてるくせに人の事言えないんじゃないのかしら!?」
「おや? それは失礼。さっきから頭がカクカクとしているあなたを見て不愉快になってしまいましてね……それに私は王女であるマリア様の身を案じて言ったのでございます、何をムキになっているんですか?」
「むぐうううっ!! どの口がそれを言うかあ!!」
レシアムの頬を掴みにかかったティアを軽々と避けるレシアム……それをさらに追いかけるティア。マリアはと言うと、今まで立って歩いていたのが不思議と言ってもいい様子で、もしかしたら寝ながら歩いているのではないかと思う程、ぽやんとしている。少し前まで泣きべそをかいていた者とは思えない図太さである。
「おい、お前達……いい加減にせんか」
掴み合いながら喧嘩をする二人を制止しようと口を開くレイミールだったが、その声が二人に届くことは無い。それどころかヒートアップした二人のせいで何の拍子かレシアムの持っていた松明が勢いよく放り投げられた。
弧を描くように飛んでいく松明は、宙で三度程回転するとすぐ近くの茂みにポトリと落ちる。
「ギギャアアアア!!」
と、直後聞こえたのは悲鳴。それも非常に気味の悪いモノだ。その場にいたレイミール達全員が動きを止めてその声のした茂みに目を向ける。しばらくして……茂みが大きく揺れたかと思うと、小さな悲鳴をとぎれとぎれに出しながら巨大なコウモリの様な姿の、顔が潰れた何とも醜い生き物が体の半分を炎で燃えさせながら這い出てきた。
先程の悲鳴で目を覚ましたマリアはこの生き物を見て顔を青ざめると、震える喉を必死に使い、やっとの思いで声を絞り出すことに成功する。
「ま、また……魔物!!」
彼女の言葉を聞いて辺りの空気が緊張を含んだものに変わった。しかし、這い出てきた魔物はこちらに向かってくるわけでも無く、炎で燃える体を悶えさせながら、狂ったように辺りを動き回る。恐らく先程放り投げた松明の火が偶然この魔物に引火したのだろう。それにしてもよく燃えている。
「ギギッ!! ギギッ!! ギギッーーー!!」
狂ったように動いていた魔物は突然、羽らしきものを広げるとそのまま空に飛び上がった。しかし、数回はばたいただけで魔物の体はすぐに落下してしまう。どんどんと自分の体を包んで行く炎に地面に転がる魔物は醜い顔をさらに醜くゆがめると、何を思ったのか突然、甲高い声を上げながらこちらに向かってきた。
「下がってくださいっ!!」
自分の腰に携えた剣を素早く引き抜いたレシアムは、向かってくる魔物にそれを振り下ろす。辺りには魔物のものと思われる鮮血が飛び散った。しかし、レシアムの一閃は致命傷とはならなかったのか魔物は悲鳴を上げると余計に暴れはじめる…………事態は悪化するばかりだ。
「女魔術師!! 魔法で何とかできないんですか!?」
「無茶言わないでくださいっ!! あんな火だるまになって暴れまわる魔物どうすれば良いって言うのよ!!」
暴れまわる魔物から距離を取るティアにレシアムは長い溜息を吐く。
「役立たずですねぇ……全く」
「うるさいっ!!」
レシアムの言葉にティアは口調を強めた。こんな状況でまたも、もめ始めた二人。そんな彼らに体中が火ダルマとなってしまった魔物は羽を開いてこちらに突進してきた。レシアムが斬ったせいか、先程近づいてきたのとは違って明らかにこちらへと襲いかかって来ようとしているのが分かる。しかし、魔物への注意を怠っていた二人が突然高速で近づいてくる魔物―――大きくは無いが野良犬ほどはある―――に対応できるわけもない。
本当に……この二人は選ばれし者達なのだろうか?
もう少し仲間選びは慎重にしておくべきだったか、とレイミールは少しばかり反省しながら棒立ち状態のレシアムの手から剣を簡単に奪った。
「なっ!!何をするんですか!?」
うろたえるレシアムにレイミールは返事をせず、剣を構える。彼女の漆黒の瞳には体を燃やしながら口を開いてこちらに襲いかかってくる醜い魔物の姿が映っていた。
「グヲオオオオオオオン!!」
一際大きく咆哮した魔物の頭に、レイミールは音も無く剣を突き刺した。
***
ドサリと体が火だるまになった魔物はその場に倒れ込む。その頭には炎に照らされ銀に光輝く剣が一本。
……魔物の体はピクリとも動かない。
「た、倒した……んですか?」
それまで必死に身を縮込めて戦闘から離れていたマリアが、恐る恐る口を開く。しばらく魔物の体から上がる炎を見つめていたレイミールだったが、視線を辺りの森に向けると小さく呟いた。
「……何も解決はしていないのだがな」
暴れまわった魔物のせいか、辺り一面火の海である。 ……道理で明るいはずだ。
「……このままだと、私達もこの火の海の餌食なんじゃ……」
ティアの言葉に誰も声を掛け合うことはせず、各々一斉に森の外へと走り出した。
戦闘描写がへたくそなので分かりずらかったら、すみません。
戦闘になるとマリアが空気にな(ry