《捜索は続く》
「ひいいいっ!!ごめんなさいっごめんなさいっ!!」
喧しく泣き叫びながら、醜い魔物は、無様にその醜悪な顔を地面にこすりつけていた。彼の名前は、バルジャック。脂ぎっているせいか奇妙な光沢を持った鱗の皮膚を持ち、毒々しいまでに黄色い眼玉を持った恐ろしい顔を持つ魔物。そんな彼がどうして泣き叫んでいるのかと言うと、その原因は目の前の少女にあった。
金の髪を持ち、黄金の瞳でバルジャックを見下ろす少女の名はソフィア。魔王族の第三王女であり、その風貌から金の王女と呼ばれている。どんなに見た目が恐ろしい化け物も、魔王族の姫の前では無様に泣き叫ぶ弱者へとなり下がってしまう……まさに今のバルジャックとソフィアの関係がそれだ。
「はぁ……まったく、同じ魔族として恥ずかしいな。魔王族に仕える魔族でも末端は皆このように程度が低いのか?」
本当に見れば見るほど小物にしか見えない、目の前のトカゲ頭にソフィアは吐き捨てるように言ってやる。やはりこのような小物が、自分の姉をどうこうできるとは、とてもじゃないが考えられない。現にソフィアがバルジャックから出された茶をまずいと評しただけでこの有様だ。
ソフィアが目の前の必死に許しを乞うトカゲ頭をどうしてやろうかと考えあぐねていると、突然その場に現れた使用人姿の女性に声をかけられる。
「ソフィア様、バルジャック様は末端ではございません。人間達や低級の魔物達からは狂獣バルジャックと怖れられている名の知れた魔族でございますよ」
エミリアである。彼女はソフィアの姉に仕える魔物。行方不明になってしまった姉を探し出すため協力してやっている魔物だ。彼女自身かなりの力を持った魔物なのだが、姉に仕える使用人という仕事に徹している。姉……レイミールに対する忠誠心は並々ならぬものがあるのだろう。
「ソフィア様。差し出がましいお願いではございますが、どうかここは穏便に済ましては頂けないでしょうか? この様なことを行ったとお嬢様が知ったら恐らく御気分を害されるかと思いますので……」
確かにあのお人好しの姉の事だ。……いつも無表情で冷たい態度をとっているくせに、変に優しいところがある。やはりあの人は魔王にはふさわしくない。ソフィアは土下座をしているバルジャックから視線を外すと、小さくため息を吐いた。
「全く仕方がないな……許すぞ、トカゲ頭」
「あああ、ありがとうございます!!」
下げていた頭をガバリと持ち上げたバルジャックはそれだけ言うと、その場から逃げるように離れようとした。しかし、彼から生える長いしっぽがソフィアに踏みつけられたことによって、慌てていたバルジャックはその場につまずいてしまう。
「誰が下がっていいと言った?」
***
「そうか結局お前も分からずじまいということか……」
「……お恥ずかしながら」
それぞれ、前日王女が行った場所や会った人、行きそうな所など、ソフィアは手当たり次第に調べてみたが、結局何の手がかりも得られないままだった。
ソフィアとは別行動で探し回っていたエミリアもソフィアと同じく何も手掛かりは掴めなかったようだ。現在ソフィアとエミリアはバルジャックの屋敷(と言えるほどの所でも無いが)で紅茶を楽しんでいる。もちろん茶を淹れたのはエミリアである。
少しだけその紅茶に口を付けたソフィアは、驚きのあまり金の双眼を見開いた。
「これは……茶葉を変えたのか?」
バルジャックに出された紅茶とは、見た目こそ似ているが、月と鼈。今、目の前に出されている茶はほんのりと口に広がる上品な香りが素晴らしい。味も申し分ない。
「いいえ、バルジャック様の持っておりました茶葉を頂いて淹れましたが……お気に召しませんでしたか?」
「いや、その逆だ……ふーん、お姉さまがお前を側近にした理由が一つ分かった気がするよ、それにしても、これがあの不味い茶と同じ茶葉を使っているとは」
ソフィアがじろりと側に控えるバルジャックを睨みつけると、小さくなって側にいた彼の体は小刻みに震え始める。醜い顔を恐怖にゆがめる彼の様子を見るのがだんだん楽しくなってきた。
「しかし……全く手掛かりがないとはな……どうしたものだろうか」
「……お手上げですね」
さて、そもそもあの姉が護衛をしているエミリアに何も言わず勝手に出ていくとは考えにくい。エミリアによると姉は夜のうちに忽然と姿を消したのだとか。そうなると、何者かによってどこかに連れ去られたのか、はたまた何か厄介事に巻き込まれたか……
「残念だが、今の私達では、お姉さまの居場所を見つけるのは不可能みたいだな」
所詮、魔王族の王女だなどと威張っていても、実の姉さえ見つけることも出来ない……自分の無力さを悔しむようにソフィアは唇をかみしめる。
エミリアは無言のまま、空になったティーカップに新しい紅茶を注いだ。しばらく辺りには紅茶を注ぐ音が響いていたが、……それまでずっと沈黙を守っていたバルジャックが彼女達におどおどとした様子で口を開いた。
「あ、あのう……ええっと……」
「ん? なんだ?」
白い湯気が立つ暖かな紅茶の注がれた、ティーカップを無感動に眺めながらソフィアはバルジャックに目も向けず、おざなりに返事を返した。トカゲ頭の発言などソフィアにとってはどうでもいいことなのだろう。わざわざ神経を集中させるまでも無い。半分聞き流すつもりでいたソフィアの耳にバルジャックのかすれた声が届く。
「……魔王様に頼んでみては?」
彼の発言で、ソフィアはぎょっと目を見開いた。突然このトカゲ頭は何を言い出すのか……ソフィアは、魔王と恐れられる自分の父を思い出した。確かに父ならばこの状況を好転させる手段を持っているのかもしれない。
「……しかし、あの父に頼むのか?」
あの父に……本当に頼んでもいいのだろうか?
息抜き。