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「懐刀は温めますか?」【2000文字】

作者: 有梨束
掲載日:2026/01/24

「冒険の書を温めますか?」

「…はいっ?」

制服を身に纏った笑顔を貼り付けているお姉さんが目の前にいる。

え、…っと、どういう状況?

「魔王城までの地図は温めますか?」

お姉さんは俺を待つことなく、次の質問をしてくる。

「あのー…」

「いざという時の懐刀は温めますか?」

ダメだ、こっちの様子なんて伺ってない。

この人、仕事をするだけの人だ…!

いや、よく見たら腕のところに線が見えるから、精巧なアンドロイドなのかもしれない。

その前にさ、ここがどこか教えてもらってもいい?

「あの、こちらはどちらです…」

「懐刀は熱々にするのがおすすめです」

「…わかりました、あっためてください」

「かしこまりました」

お姉さんは一礼すると、どこかに引っ込んだ。

なんなんだ?

どこだ、ここ…、なんだこの真っ白な空間…。

なぜか受付台だけある。

俺の他には誰もいない。

夢の中か…?

「お待たせいたしました。お熱いのでお気をつけください」

刃の部分が真っ赤になっている短剣を差し出された。

火傷しそう…。

「これは、どうやって持ったら…」

「こちらのケースに入れていただくと、熱々のまま保つことができます」

刃をしまう形のケースを添えられた。

「ケースにしまえば、運ぶ際は熱くありません」

「はあ…」

「それでは、魔王殺しに行ってらっしゃいませ」

「…はあ!?」

お姉さんが笑っていない笑顔で手を振ると、たちまち場所が変わった。

もういかにもダンジョンですみたいな背景になった。

…夢だ。

冒険者になる夢でも見ているらしい。

その割には渡された刀の感触がちゃんとある気がするが。

こんな場面転換、夢だろ。

懐刀なんだっけ、と服の隙間にさしておく。

冒険の書と地図だっけ、温めなかったからか貰ってないな。

わかりやすく親切に壁に矢印が書いてあるから、そっちに歩いていく。

足元が悪いなあ、暗いのもあってちょっと歩きにくい。

さっきの人の指示通りなら、魔王をやっつけてくればいいのかな。

そうは言ったって、現代日本人の俺には、魔王どころか、誰かを倒す術なんて持ってないんだけどなあ。

道なりをずっと歩いてくると、大きな扉が現れた。

「ここかな…」

夢の中なら、縦横無尽に戦えるだろうか。

異世界転生願望はないけど、本当に戦えるのか1回くらい試してみたい欲はある。

冒険者になるのは命が惜しいから、そういう主人公たちはすごいなと思うけど、今は自分がまるでそれみたいで気分はいい。

「行くか」

特に気負いもせず、扉を開けた。

ゴオオオオ…。

体が馬鹿デカい角の生えている人が玉座に座っていた。

「おおお…、本物みたいじゃん」

「ここまで来るとは、お主もなかなかのようだ。だがしかし、私には敵わんよ」

「おおお、本物だあ!」

魔王は不敵に笑うと、立ち上がった。

ドスン、ドスン、と近づいてくる。

全然、足が震えた。

逃げたいかも…!

「のこのこ来たのが運の尽きだ!死ね人間!」

爪の尖った手が伸びてきて、グッと首を掴まれた。

「ぐえっ」

つ、冷たい!

ドライアイスみたいで痛いっ…!

ダメだ、頭がキリキリする、息がやばい…。

戦うどころじゃなかった、逃げられもしなかった。

どうしよう!


『懐刀は温めますか?』


あの声が聞こえた気がして、俺は手探りでそれを見つけ出した。

なんとかケースを開けて、そのまま魔王に目にブッ刺した。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

刺した瞬間は固かったのに、その周りがどんどん柔らかくなっていく。

こう、保冷剤が溶けたときみたいな。

俺は無我夢中で色んな箇所を刺しまくった。

カツン、ぶに、カツン、ぶに。

肉が解凍されていく勢いで硬さがなくなる。

「と、溶けるっ、やめろおおおお!」

魔王が俺から手を離したから、もっとグサグサと刺していった。

みるみるうちに、魔王はスライムのような塊になっていった。

「倒した、でいいのか…?」

「お疲れ様でした」

最初のお姉さんだった。

「えっと…」

「魔王を温めますか?」

「…え、じゃあ」

「かしこまりました」

まじで、なんだったんだ?

咳を込みながら喉を触ると、爪で引っ掻かれたのか、血が出ていた。

「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」

「えっ」

こんがり焼き色のついた肉塊となったそれと、フォークを差し出された。

俺は、おずおずと口へ運んだ。

「…旨い」

「それではチュートリアルは以上です。合格おめでとうございます」

「チュ、ご、え?」

「貴方はこちらの世界への適合者とみなします」

よくわからないこと告げられているうちに、周りが歪み始めた。

これ、また場所が変わるんだな!?

「なんの合格!?」

「異世界転移でございます」

「はいっ!?な、何したらいいんですか!」

「異世界人として生きてもらいます」

「不合格だったらどうなってたんですか!?」

やばいやばい、もうどこかに置いてかれる…!

「その場合は、私が殺処分しておりました」

「…へ」

「こちらの世界に相応しくありませんので」

気づくと、丘の上に放り出されていた。

「では、よい異世界ライフを」



毎日投稿24日目。お読みくださりありがとうございました!

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