「懐刀は温めますか?」【2000文字】
「冒険の書を温めますか?」
「…はいっ?」
制服を身に纏った笑顔を貼り付けているお姉さんが目の前にいる。
え、…っと、どういう状況?
「魔王城までの地図は温めますか?」
お姉さんは俺を待つことなく、次の質問をしてくる。
「あのー…」
「いざという時の懐刀は温めますか?」
ダメだ、こっちの様子なんて伺ってない。
この人、仕事をするだけの人だ…!
いや、よく見たら腕のところに線が見えるから、精巧なアンドロイドなのかもしれない。
その前にさ、ここがどこか教えてもらってもいい?
「あの、こちらはどちらです…」
「懐刀は熱々にするのがおすすめです」
「…わかりました、あっためてください」
「かしこまりました」
お姉さんは一礼すると、どこかに引っ込んだ。
なんなんだ?
どこだ、ここ…、なんだこの真っ白な空間…。
なぜか受付台だけある。
俺の他には誰もいない。
夢の中か…?
「お待たせいたしました。お熱いのでお気をつけください」
刃の部分が真っ赤になっている短剣を差し出された。
火傷しそう…。
「これは、どうやって持ったら…」
「こちらのケースに入れていただくと、熱々のまま保つことができます」
刃をしまう形のケースを添えられた。
「ケースにしまえば、運ぶ際は熱くありません」
「はあ…」
「それでは、魔王殺しに行ってらっしゃいませ」
「…はあ!?」
お姉さんが笑っていない笑顔で手を振ると、たちまち場所が変わった。
もういかにもダンジョンですみたいな背景になった。
…夢だ。
冒険者になる夢でも見ているらしい。
その割には渡された刀の感触がちゃんとある気がするが。
こんな場面転換、夢だろ。
懐刀なんだっけ、と服の隙間にさしておく。
冒険の書と地図だっけ、温めなかったからか貰ってないな。
わかりやすく親切に壁に矢印が書いてあるから、そっちに歩いていく。
足元が悪いなあ、暗いのもあってちょっと歩きにくい。
さっきの人の指示通りなら、魔王をやっつけてくればいいのかな。
そうは言ったって、現代日本人の俺には、魔王どころか、誰かを倒す術なんて持ってないんだけどなあ。
道なりをずっと歩いてくると、大きな扉が現れた。
「ここかな…」
夢の中なら、縦横無尽に戦えるだろうか。
異世界転生願望はないけど、本当に戦えるのか1回くらい試してみたい欲はある。
冒険者になるのは命が惜しいから、そういう主人公たちはすごいなと思うけど、今は自分がまるでそれみたいで気分はいい。
「行くか」
特に気負いもせず、扉を開けた。
ゴオオオオ…。
体が馬鹿デカい角の生えている人が玉座に座っていた。
「おおお…、本物みたいじゃん」
「ここまで来るとは、お主もなかなかのようだ。だがしかし、私には敵わんよ」
「おおお、本物だあ!」
魔王は不敵に笑うと、立ち上がった。
ドスン、ドスン、と近づいてくる。
全然、足が震えた。
逃げたいかも…!
「のこのこ来たのが運の尽きだ!死ね人間!」
爪の尖った手が伸びてきて、グッと首を掴まれた。
「ぐえっ」
つ、冷たい!
ドライアイスみたいで痛いっ…!
ダメだ、頭がキリキリする、息がやばい…。
戦うどころじゃなかった、逃げられもしなかった。
どうしよう!
『懐刀は温めますか?』
あの声が聞こえた気がして、俺は手探りでそれを見つけ出した。
なんとかケースを開けて、そのまま魔王に目にブッ刺した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
刺した瞬間は固かったのに、その周りがどんどん柔らかくなっていく。
こう、保冷剤が溶けたときみたいな。
俺は無我夢中で色んな箇所を刺しまくった。
カツン、ぶに、カツン、ぶに。
肉が解凍されていく勢いで硬さがなくなる。
「と、溶けるっ、やめろおおおお!」
魔王が俺から手を離したから、もっとグサグサと刺していった。
みるみるうちに、魔王はスライムのような塊になっていった。
「倒した、でいいのか…?」
「お疲れ様でした」
最初のお姉さんだった。
「えっと…」
「魔王を温めますか?」
「…え、じゃあ」
「かしこまりました」
まじで、なんだったんだ?
咳を込みながら喉を触ると、爪で引っ掻かれたのか、血が出ていた。
「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」
「えっ」
こんがり焼き色のついた肉塊となったそれと、フォークを差し出された。
俺は、おずおずと口へ運んだ。
「…旨い」
「それではチュートリアルは以上です。合格おめでとうございます」
「チュ、ご、え?」
「貴方はこちらの世界への適合者とみなします」
よくわからないこと告げられているうちに、周りが歪み始めた。
これ、また場所が変わるんだな!?
「なんの合格!?」
「異世界転移でございます」
「はいっ!?な、何したらいいんですか!」
「異世界人として生きてもらいます」
「不合格だったらどうなってたんですか!?」
やばいやばい、もうどこかに置いてかれる…!
「その場合は、私が殺処分しておりました」
「…へ」
「こちらの世界に相応しくありませんので」
気づくと、丘の上に放り出されていた。
「では、よい異世界ライフを」
了
毎日投稿24日目。お読みくださりありがとうございました!




