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中編

「ふざけやがって」


 苛立ちが溢れる。止めようとすら思えない。

 目的地は第8支部から、よく知らん大型スーパーへと変わっていた。

 ようやくシャワーを浴びられると思って我慢していた痒みが、チリチリジクジクとせせら笑う。いっそ皮膚もろとも剥いで黙らせてやりたいクソみたいな気分だった。

 オレは後遺症によって、痛覚をある程度制御できる。いざやれるとなると、ずいぶん魅力的な考えに思えてくるから笑えるもんだ。


「まえ見ろってほら、まえまえまえ!」


 相変わらず荒野の砂塵の中を、『霊柩車』は進んでいる。

 ドライバーを交代して、チキンが助手席、オレが運転席だった。


「まえまえまえまえ! まえ見ろって!」

「見ても見なくても一緒だこんなもん」

「運転は前を見んだよ! 教本にあった! ちゃんと見ろってあった!」

「こう見えても前見てんだよ。後遺症でな、見えない目がついてんだ」

「なんだそれほんとーか?! カッケぇ……!」

「ああ、ホントーだ、ホントー」


 適当に騙くらかして、飛び込んできた任務に思考を巡らせる。


 それは、突然鳴った車載通信機によってもたらされた。見れば、本部からの秘匿回線。そんなのは初めてのことで、ろくでもない予感はしちゃあいた。

 なんでも緊急らしく、『ある任務にあたっていたチームから連絡が途絶したため応援に向かい、何があってもソイツらの運ぶ物品だけは回収しろ』と、まあそんだけ告げられてあっさり切られた訳だ。


「チッ……『棺桶』の連中をなんだと思ってやがる」


 本来なら、『棺桶』は一時的な処置のはずだ。長時間冷凍し続けることは想定されていない。ゾンビどもはどういうわけか寝ることはあっても食べることはなく、しかし活動を続けている。

 だが、『棺桶』で冷凍されてる連中は、徐々に人間に戻る訳だ。自動投与される治療薬では完全な治療には足りないが、しかし効果自体はあるし、まず少量の投与をしてからの方が良いらしい。

 まあともかく投与の結果として、ゾンビなら耐えられたアレコレが耐えられなくなる。そうすれば待つのは死だ。本来なら第8支部でコイツらを降ろし、そのまま集中治療室行きになるはずで、要するにコイツらは重症者兼重傷者なんだ。


「チキン、最初の『棺桶』は何時間経った?」


 チキンが後部座席から携帯型のモニター端末を拾い上げる。この車に関するあらゆる情報を閲覧できる優れものだ。オレたちが如何に廃車寸前のポンコツに乗っているか、赤くて仰々しいフォントと数値で教えてくれる。


「だいたい6時間だってよ」

「……まずいな」

「まずい? なにが?」

「『棺桶』に格納してから治療室に移すまで何時間以内だ? 教本になんてあったよ」

「うぇ? あー……早いほどいんだよな!」

「12時間が限界だ」

「まだヨユーじゃんか」

「目的地まで片道2時間。往復して何時間で、逆算すると現地での任務は何時間以内に終えなきゃならないんだ? ……急ぎの任務になるぞ」


 指折り数えて計算に難儀するバカは捨て置き、気持ちアクセルを深く踏む。社内に響くエンジン音、ガタガタとした振動やら接触やらの音と、ロードノイズとその他諸々。


「トム!」

「酔ったとかいうなよ!」

「運転かわろーぜ!」

「本気で酔いやがったか?!」

「ヒマなんだって、ドライバー俺がやる!」

「悪いな、最短距離で向かう! 遊ばしてやる余裕はない!」


 さらに食い下がろうとするチキンを、急加速で黙らせる。怖いくらいに揺れる車体。放っておくと蛇行したがる話にならない直進性を、ハンドル制御でいなし続ける。間違いなく今の最高時速で最短距離を進むだろう。だが、それでも焦燥感はしつこく追い縋ってきた。



- - - - - - - - - - -



「なんだありゃあ?!」

「…………」


 想定より早く、目的地には着いた。廃墟と化した町の、おそらく何かの大型倉庫を転用したであろう、これまた廃墟と化した三角屋根の大型スーパー。そして……


「ゾンビのパーティー会場じゃんか! すっげえな!」

「最悪だな」


 視線の先、目算で約200メートル離れた向こうは、見ただけでもウンザリする数のゾンビで賑わっていた。ここだけかつての活気を取り戻してやがる。笑えもしねえ。


「見えているだけで数十……100体近いな。中がどうなってるかなんざ考えたくもない。なんだってあんなことになっている?」

「どーする?」

「どうしたらいいと思う」

「帰ったらいいんじゃね?」

「そりゃ名案だな。珍しく意見があった」


 やたらはしゃぐチキンを尻目に、本部へ状況だけ連携する。あのスーパーに侵入して救出だか回収だかは到底無理だ。

 そんな状況を伝えたのだが……本部は『指示を待て』なんて不可思議なことを言って通信を切った。まあ、指示を取り下げるにも色々あるんだろう。無理なものは無理だ。おそらく命令は解除される。


「来るまでに吸ったが、一応ここでも一服入れとくか。本数の辻褄を合わせないとな」

「おうっ」

「念の為まだ車外に出るなよ」


 エンジンも切らない。足はアクセルペダルに置き、いつでも踏み込めるようにしておく。


「ふぅーーーーっ」

「ぅぶえっヘェえッ!」


 こいついつもこうだな。永遠に慣れる気配がない。

 二年一緒でこれなんだ。きっと二年後にも、やはりこうなんだろう。


「ふ」


 そんな想像が、存外に愉快だった。


 そうして数分待機した後に、本部から返答。内容は『任務に変更なし』とかいう、頭の腐ったものだった。

 バカしかいないのか? オレらに奴らの仲間入りがご所望としか思えねえな。


「どーする?」

「…………」


 車から降り、大型スーパーを眺めている。エンジン音とケツから伝わる振動。風が吹くたびに、頬や首筋に細かな接触を感じた。


「やる」

「っし、んじゃストレッチしとくか!」


 チキンはいつもの調子だった。こいつは作戦なんざ考えない。そういうのは完全にオレの役目だ。


「んでもアレってマジだと思うかぁ?」


 見たことのない奇怪な動きをしながら(ストレッチ……なのか?)、チキンはどこか弾んだ声で言った。


「まあ、マジなんだろ」

「すっげぇよな、マジで。俺たち英雄じゃんか!」


 本部に何を言われようと、オレは断るつもりだった。だがそれを察してか、任務内容がさらに開示される。もったいぶった言い方だったが、要するにオレたちが回収するべきは『二度目の感染者専用の治療薬』を開発するのに不可欠な物質だそうだ。

 それを隣で聞いていたバカが完全にやる気となり、たっぷり10分は悩んで、結局オレは承諾しちまった。

 近場にはオレたちしかいない。そして、その物質とやらも時間と共にその特異性を失うんだとか、訳の分からん得体の知れない話だった。間に合うのが、オレたちしかいない。


 気になったのは、連中はチームの生存者についてさっぱり予定していないことだ。任務からは『救出』がなくなり、ただ『回収』だけが残っている。

 何かしらオレたちが来るまでに、本部は本部で得た情報があるんだろう。つまりは本当に、2人のみでの回収任務だった。


「ともかく建物内への侵入経路を見つける必要がある」

「じゃあ入口か」

「奴らの仲間入りをしたいならな。懐かしくなったか? 止めねえよ」

「じゃあどこからだよ」

「……それを探すんだろ」


 こいつのこういう発言には失神したくなる。一度頭ぶっ叩けば治るかと思ってやったことがあるが、危うく頭を叩き潰される大喧嘩となった。

 この仕事に就いて以降、あれが一番死を感じた瞬間だったな。まあお互い打ち解けるキッカケになったんだ、男にはああいう語らいもある。


 途中まで車を使い、建物側面に接近する。幸いゾンビは見当たらない。肩紐を握って歩く振動を抑える。捕縛銃が他の装備と接触するのを防ぐためだ。


 トラス構造の大型スーパーを見上げると、排煙窓が側面上部に連なっていた。窓は閉まっている。外側に窓の上部が倒れて開くタイプに見えた。


「チキン」


 小声のそれだけで伝わる。

 相棒は普段からは想像もつかない察しの良さを発揮し——


「シィィイッ」


 鋭い呼気の一つで、冗談じみた跳躍を見せた。

 到底届かぬ位置にあるわずかな凹凸。それだけを頼りに、さらに上へ上へと登っていく。

 そして排煙窓に到達すると、そっと窓の上部へ手をやり——


「むんっ」


 メリメリという虚しい抵抗の後、破断音と共に排煙窓は開放された。

 チキンの姿が内部へと消える。少し遅れて、古びた縄だけが外へと飛び出し、落ちてくる。

 事前に車内から持ち出した、長らく使っていなかったものだ。砂埃にまみれていたそれは、見上げるオレの顔に積年の汚れを振りかける。それはものの見事に不快な痒みへと変わってくれた。任務が終わったら燃やすことに決める。


 握っただけで分かる信用ならなさ。すっかり固くなったカッサカサの感触が、グローブ越しでも伝わってくる。

 こんなもんに体重を預けろってか。舐めてんな本気で。


「……ふっ、しっ、ッ」


 縄をたぐる。壁を歩くように登っていく。

 たぐり、引き寄せた右手の小指が、コツンと固いものに触れた。腰のホルスターに収まっている、なんの変哲もないハンドガン。普段は車内に置いているそれを、今日この時は持ち出していた。

 マガジンにはたった1発。こいつは捕縛弾には対応していない。つまりは実弾。なんのために支給されているかなぞ、語るまでもない。


 悪いがオレは、本部含め組織の連中が二度目にも効果のある薬を開発しても、それを末端にまで使うとはまるで信じちゃいない。実際、最近はオレたちのような回収者への予算はめっきり削減されていると聞く。整備が間に合わないのも、オレはこの辺に理由があると見てもいる訳だった。つまり、二度目は変わらず終わりに違いない。

 死ぬなら人として、だ。


 そう思うと、腰のホルスターが嫌に重く感じた。


 排煙窓に到達する。心拍数が微かに上昇している。

 後遺症の影響で、この程度で疲れるような可愛げのある体ではない。これは単に、このゴミそのものみたいな縄に、いつ裏切られるかを毎秒案じなければならない気疲れによるものだ。

 本部への怒りが沸々と湧き上がる。次の通信を楽しみにしておこう。


 排煙窓から侵入する。

 内部は暗闇に支配されていた。


 排煙窓はガラス窓とは違う。光を通さない、開閉型の板みたいなものだ。そこをこじ開けたことで、暗い闇を、一条の光が切り裂いて見えた。オレの作る影が、黒い巨人のように不気味に伸びる。

 そして、光が何体ものマネキンを照らし出したかと思ったが……チクショウ、みんな漏れなくゾンビどもだ。ピクリとも動かないところを見るに、休眠状態ってことだろう。見るのは初めてだが、ヤツらも眠る。


 おおかた、目覚めと共に正面入口のパーティーだか日光浴だかに加わって、そんで眠くなりゃこうしてぐっすりということか。

 ゾンビ症なんてトンチキなもんに罹った病人のクセして、発情期真っ盛りのヒマな学生じみた生活サイクルだな。充実してやがる。


 空気が動いている。背後の排煙窓の外から風が入り、一拍あって逆に出ていく。それが繰り返されていた。


 呼吸だ。夥しい数のマネキンどもの、呼吸だ。

 見えない奴らも含めて、いったい何体いやがるか、想像もつかない。まるで巨大な怪物の体内に侵入する気分だった。


 光源はもうひとつ、ちょうどスーパーの中央にあたる区画にある。屋根に大きな穴が空いており、そこから日光が入り込んでいる。商品を載せたデカい金属フレームの棚が並んでいるのが障害物となり、差し込む先の様子は窺えない。

 確か、パレットラックとかいうやつだ。

 

 微かな明かりを頼りに相棒を探す。————いた。

 三角屋根を支える鉄骨梁に、チキンはあくびなんてしながら待機していた。暗くなったら眠くなるとは、いよいよ鶏じみている。


「キングポストトラス、だったか?」


 スーパーの天井の、足場がある構造に安堵した。等間隔に存在する太い鉄骨梁に屋根の重さを預け、さらに三角を作って分散する構造。つまり、足場も手すりも豊富にあるってことだ。


 チキンはオレに気づくと、縄をスルスルと巻き取り回収する。

 徐々に目も慣れはじめていた。非感染者より、この目は暗闇に強い。


「……高いな」


 落ちたら死ぬ。

 高所からスーパーを俯瞰すると、内部構造は単純だった。区切りとなる壁はない。ひたすらだだっ広く、デカいパレットラックが整列しているだけだ。


「ッ」


 瞬間、()()に気づく。

 ()()()()の、非感染者の強烈な匂い。喜ぶ気には微塵もなれない。こいつは……血だ。それも死んでいる。死んでいることが感覚的に分かることこそ、マネキンどもが反応していない理由だった。


 屋根から鉄骨梁に伸びる鉄製の柱をしっかりと握り、慎重に、しかし迅速に進む。

 小さく硬質な足音が響く。


 カン


     カン


         カン


 音からして、チキンもついて来ている。

 そのまま梁を歩き、中央まで辿り着く。

 下。匂いの発生源がそこにあった。


「トム」

「死んでるな……確実に」


 壮絶な戦闘の痕跡。大量の血痕。散らばった薬莢。死体のほぼ全てがゾンビだろう。そこはまんま死屍累々の様相を呈している。

 使われたのはどう見ても実弾だ。立ち尽くすゾンビどもにまじって、立ち尽くす()同業者の姿があった。……()()()のヤツらだ。


 死屍累々の中心。天井の穴から光が差し込み、ちょうど照らし出されたさながら祭壇に、そいつはいた。


「あいつだけ妙だ。全身噛みつかれて骨まで見えてんのは異常だな」

「そんなに美味かったってことか?」

「……さあな。普通じゃないだけに否定も難しい」


 意外なことに、ゾンビによって噛み殺される例はほとんど存在しない。なぜなら、ゾンビどもはひと噛みふた噛みすれば、対象から興味を失うからだ。ヤツらが節操なく噛み殺せば、ここまで感染は広まらなかった。


 それだけに、はるか眼下にある死体の異常性は際立っている。全身はズタズタのボロボロ。それでも子を守る母のように、何かを抱えて蹲っている。分かるのは、その誰かは全身を噛みつかれながら、それでも何かを守り続けたってことと——


「あんただったのか……」


 その匂いを、脳の奥底が覚えていた。

 つまりオレは、もう二度と恩人に礼を言う機会を失ったわけだった。


「失敗できない理由が、増えたな」


 あんたの守ろうとしたものを、無事に送り届ける。

 それくらいしか、もうオレにはできることがない。


 悪いな。


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