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前編


 ガタガタと揺れる車体。徹底された悪路と、もう随分と前にバカになったサスペンションのおかげで、ケツで路面の小石すら仔細に把握できる。


 砂塵が視界を塞ぎ、窓を引っ掻く音をBGMにして、ただただ荒野を突き進んでいるこの時間ほど苛立つものもない。ジャリジャリとした口内の砂を、我慢する気も起こさず吐き出した。八つ当たりみたいなもんだ。


「あっ! オイッ! やめろきたない! ばっちい!」


 ここはグンマー州ハッチョージ郡。オレたちヤマト国が先住民族をぶん殴って手に入れた、その割になにも見るべきもの無き地だ。


「聞いてんのかよ! オイッ、トム!」


 橋田トモキ。そんな簡単な名前すら覚えない、こんな廃車に似合いなドライバーは、額に血管を浮かべながらも、律儀に視線だけは前から逸らさない。

 もちろん、こんな荒野に信号機なんざあるはずもなかった。


「あぁ?! おいトム! あれ!」


 車が急減速する。

 足を上げていたせいで、危うくシートから滑り落ちるところをすんでのところでなんとかこらえた。ふざけんなよこいつ。


「んだようるせぇな。お巡りが鼠取りでもしてたか? もしそんなもんが見えてるなら幻覚だ。長いようで短い付き合いだったな、チキン」


 この騒がしいドライバーを、オレはそのオツムの出来から哀れみや同情や愉快さや、その他の悲喜交交を込めて『チキン』と呼んでいる。

 やたら海外ノリに憧れているらしく、これでチキン本人は気に入ってるらしい。もうこの呼び名にして2年弱。

 要するに、こうして組むようになって2年ほどだった。


「ちっげえよゾンビだって!」


 座り直して前方を見ると、チキンの言う通り、フラフラとした足取りの人影。……マジでいやがるじゃねえか。


「あ~、『棺桶』に空きあるよな?」

「あるあるあるある! どーする? なあどーする?!」

「やる」

「ヒャッホーウッ!!」


 砂煙をあげながらの乱暴な急停車。

 ドアを蹴り開けて急いで下車し、後部座席から得物を取り出す。

 ズシリとした重量感。グリップを握ると、一気に頭が切り替わるのを冷静に実感した。


「トム! それ実弾か?!」

「なわけねえだろ。捕縛弾だよ。何のために空きを確認したと思ってんだ」

「気になったから!」

「……正解だ。よかったな」


 一見してアサルトライフル然とした銃器を構え、こちらに気付いたらしい人影に照準する。狙うのは足元。両足の間だ。


「そろそろ撃て撃て!」

「バカか。実弾じゃねんだよ。捕縛弾の有効射程忘れたのか?」

「く、くるくるくるくるくる!」

「来てくれなきゃ困るだろ。『棺桶』に積むんだろが」

「あ! 走った! 走ってる!」

「あんまし速くねえな。外しようがない分楽でいい」

「俺の方がはやい!」

「そうだ……なッ」


 ドムッという独特な発砲音。肩にめり込む衝撃を、無意識に柔らかく受け流す。射線の先では、両足を専用のワイヤーに絡め取られた人影が、やかましく叫びながらビチビチウネウネと魚の真似事をしているところだった。


「いい女だなー! みんなこうならいいのにさ!」


 モヒカンの蛮族みたいな発言をするチキンは、今も腕を振り回すゾンビ女に背面から手錠をかけ、慣れた手つきで専用の口枷を装着させる。当然噛まれることを想定して、グローブは着用済みだ。

 なんならオレたちは支給された防咬ジャケットも着ている。暑くて仕方がない。汗と砂が混ざり、不快指数を数段引き上げてくれる。これが私物ならナイフで滅多刺ししているところだ。


「よっ」


 苦もなく担ぎ上げて、くねる女の暴れっぷりにも微動だにしない足取りで戻ってくる。

 ゾンビどもは頭のタガが外れている分、とんでもなく力が強い。火事場の馬鹿力を常時出しているイカれ具合だ。

 だから、女であっても手を焼く……はずなのだが、その辺オレたちは問題としなかった。


 チキンに先んじて、車の後部にまわる。

 コイツはその見た目から『霊柩車』と呼ばれていた。実際に見た目はそのまま霊柩車であるし、機能としては冷急車だ。


 両開きのバックドアを開けると、幾つもの取手のついた壁が出現する。そのうちの、グリーンランプの灯った取手を掴み、手前に引き出した。

 音もなく、人ひとりを格納できるスライド台が現れる。


「どっせーい!」

「おい、もう少し扱い考えろ」


 実はここに格納するのが一番手間取るが、その辺チキンに任せておけば問題ない。抵抗虚しく女は台に固定され、そのまま静かに格納された。

 グリーンランプが赤色へと変わる。微かな駆動音の後、中から暴れる気配はなくなった。急速冷凍による非活性化だ。オレたちはこうして()()を回収している。


 ゾンビ症。

 オレたちの世界に蔓延る、タチの悪い感染症だ。

 ゾンビ症とは俗称で、正式名称は30字はあるバカな名前だったはずだ。頭のいい連中が悪ふざけしたとしか思えない。


 かつては感染者は問答無用で射殺だったワケだが、治療薬が完成して以降、アレらは正式に『患者』となり、翻って人権を持つ人間であり続けている。

 その結果、今まで以上に感染が拡大したんだから笑えるもんだ。一体あたりに使うコストが上がったせいだろう。


「棺桶の空きは……あと2体か」


 グリーンランプを数え、バックドアを雑に閉める。

 ふと、さっきまではしゃいでいたヤツが静かなのに気がついた。


「どうした。もう疲れたとか言うなよ?」

「いやいや、ラクショーだって! ただ、俺たちもこうやって運ばれたのかってさ。うーん、思い出せねー」


 『俺たちも運ばれた』……それはつまり、オレたちがコイツらと()()だった時のことだ。


「ま、そうなんじゃねえの? 誰だか知らんが、感謝くらい言いたいもんだ」

「ほんとになー! そんくらい教えてくれてもいーだろって、キミツだヒミツだばっかりよー!」


 オレたちも、元は感染者だった。それがこうして回収され、治療を受け、多少の後遺症はありながらもこうして人間らしい振る舞いができている。その点は、治療薬を作った天才たちに感謝していた。

 しかし、感染前の記憶は高確率で失われるらしく、オレもチキンもその例に漏れない。結果として、準公務員的立場に収まり、こうしてかつてのオレたちみたいなのを回収してまわっている。


「っ、と」


 左手に巻いた腕時計から、ちゃちなアラーム音。


「一服するか」

「おうっ」


 ジャケットの胸ポケットから取り出したもの。一見して電子タバコそのものだ。しかし、これはこの職には不可欠なものであったりする。


「…………ふぅ~ッ」


 映画なんかじゃゾンビどもは音に敏感なのがセオリーだが、ゾンビ症の患者は異なる。ヤツらは非感染者の体臭に強く反応する。吐く息が一番お好みで、次いで汗。大したフェチズムだまったく。


「うぉげえっふぉッ!」


 チキンがうるせえ。

 ともかく、そうしたヤツらがビンビンになる匂いを消すのがこの吸引型の薬なわけで、別にタバコ型である必要はないものの、喫煙者だったらしいオレは自然とこのタイプを選んでいた。チキンはかっこいいからだそうだが、吸うたびにむせ返っている。バカなんだ。


 効果はおおよそ3時間。大体2時間おきにこうして一服しておくのがマニュアル化されていた。されてはいたが、こんなだだっ広い荒野、隠密行動するでもなし。帰投した際に消費本数を確認される都合で、戻るまでに辻褄が合えばそれで良い。


「げふッ、ッあ〝~、効くゥ」


 オレはもう吸引を完了したが、涙目のバカは時間をかけている。こうして暇な時間ができると、やはりぼんやりした考えが浮かんでくるものだった。


 治療薬は画期的だった。即効性は無いが、確実に効く。『棺桶』の中のゾンビ女は、今頃冷たくなりながら、格納直後に自動で注射された治療薬によってその体内を僅かに変化させているはずだ。その際に、失われた痛覚なども回復する。覚醒状態でこんなもの使われたら地獄だろう。



「…………チキン、まだニンゲン臭いぞ。肺まで吸い込め」


 そう、後遺症。オレにも、記憶の喪失以外にいくつかある。代表的なのが、身体だか脳だかのリミッターが非感染者よりもやや外れてしまっていること。そして特にゾンビの頃から残ったのが、ゾンビ側の嗅覚を持ち越していることだ。

 そしてチキンの後遺症は、共有されている情報によると身体能力がおかしいくらいに高いらしい。ゾンビどももそれは同じだが、ヤツらは肝心な身体操作がてんでダメだ。だから大抵捕まりさえしなけりゃ問題ない。

 チキンは身体操作も神がかっている。ゾンビの火事場の馬鹿力を、こいつは完璧に扱い切れる。危ない場面を、何度もチキンのふざけた後遺症に救われてきた。


「ハァ……ケッハ! ぅ……吸った……」

「ああ、ちゃんと消えたな。毎回時間かけすぎだ」

「そのうち慣れるだろ! これ葉巻型あったらいいよなぁ、ハードボイルドじゃね?」

「ソーダナ」


 ただ、どんなに資料を漁っても、後遺症の欄に『知能低下』はなかった。チキン。この感情はなんだろうな。


 後部座席に得物を置いて、最後に軽いストレッチをする。こうして車体を見ると、本当に公金が使われているとは思えない汚れっぷりだ。支給された装備も整備が間に合っていない。騙し騙し使っちゃいるが、ほとんど出番のない装備は車内のどこかで砂埃に塗れているだろう。


「っし、第8支部まであと20キロだ。立ちションして出るぞ」

「ちょいクソしてくる」

「…………」



- - - - - - - - - -



「なんで俺たちみたいなのしかいないんだろーな」

「あん?」

「回収員だって」


 車に不規則に揺さぶられる中で、チキンは不機嫌に言った。もう何度もした会話だが、この鶏よりやや賢いだけの相棒には『前言った』が如何に無力か、オレは痛いほど理解している。


「回収員はほとんど俺たちみたく元感染者なんだろ? けどよ、俺たちってもう治らないだろ?」

「らしいな」


 もう治らない。

 そう、治療薬は一度はゾンビから人を蘇生させてくれる。だが、二度目はまるで効果がない。つまり、オレたちみたいな元感染者に『次』はない。非感染者よりも、そういう意味ではずっと危険なんだ。


「オレたちみたいなのを雇うヤツはいないだろ。だからまあ、ちょうどいいってことだろうよ」

「……それ、つまんねー」

「それに、非感染者よりも、オレたちの方が『捕縛』しようとするだろ? 非感染者にとって、ヤツらはどういったってただのゾンビだ。だがそこから助かったオレたちにとっては違う。

 オレたちが一番、ヤツらが『人間』なんだって知ってんだ。実感としてな」

「…………」

「助けてやろうぜ、かつてのオレたちを。他の連中には任せておけねえだろ」

「……………………まあ、そーだな。うん。助けてやらないと」

「おう」


 どう納得したかは知らない。だが、前を見つめるチキンの表情からは、すっかり不機嫌さが消えていた。車は砂塵を巻き上げすすむ。目的地では、職員用のシャワーがオレたちを待っているだろう。そう思えば鼻歌すら歌いたい気分になった。


 ある通信が入るまでは。

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