8話・NEST
―――side空志
「・・・やっぱり、魔法に頼りすぎね。足を止めていたら、『ここを狙ってください』って相手にお願いしているのと変わりないわよ?」
「・・・」
既に半ば屍と化したボクには言葉が届かない。
と言うか、素人相手に武器は卑怯だ。素手で戦え。
「けど、やっぱり私だけ武器を使うのも卑怯かしら?」
「・・・たぶん」
いや正直、ボクが武器を持っても優子さんに勝てる気がしない。
ボクの中では魔王<大魔神(優子さん)の公式が成り立っている。どこかの勇者さん、最初に倒すべきはこの人です・・・!
「しょうがないわね。やっぱり、空志君は普通の人間だものね。・・・魔王の封印壊しちゃいそうだったけど」
優子さんの中でボクの何かが決定した模様。
そして三途の川を渡ろうかどうか真剣に悩んでいるボクに言う。
「ほら!三途の川なんか無視して、隆介にここを案内してもらいなさい。それで、ログ・ラギスって言う人から、武器を借りてきて」
「・・・武器?」
なんだか物騒な響きにボクはむくりと起き上がる。
「えぇ。良くも悪くも、この世界には魔獣もいるし、魔物も、人間もいるわ。襲ってこないとも限らないから、念のために」
「・・・ここは、安全じゃないんですか?」
「そうね・・・。実は、どちらかと言うと危険な方なのよ」
意外だった。
ボクはここにきてちらりとしかこの魔物の都市を見ていない。だけどどの魔物も笑顔で、ものすごく平和そうに見えた。
「ここはね、人間との共存、つまりは『平和』を望んでいるがゆえに、魔物と人間の両方から狙われているの」
「いや、余計に意味がわからないですよ?」
優子さんは、どこか悲しそうな眼をしてボクに言う。
「まずね、お義父様・・・ここの魔王のように『人間との共存』を掲げる魔王はごく少数しかいないの。後の魔王は、『力の弱い人間を支配する』と言う考えが多いのよ。だから、私達はその魔物から見れば、眼の上のたんこぶのようなものなの」
確かにそれならここが他の魔物に襲われるのはしょうがない。
要するに、気に入らないから滅ぼす。良くも悪くも、魔物は単純な思考を持つ者がほとんどらしい。けど、それならそれでわからないことが出てくる。
「何で、人間にも襲われるんですか?」
「・・・ほとんどの人間はね、魔物は完全な『悪』だって言ってるの」
優子さんの話によれば、魔物は人間の街を荒らし、人の物を盗み、奪い、人を殺す。だから、人間にとっては害しか生まない。
百害あって一利なし、それが人間から見た魔物。そう言うことらしかった。
「もちろん、私達『魔窟』に住む魔物達はそんなことはしてないわ。けど、人間からしてみれば変わらないみたいね」
「・・・」
この時、ボクと優子さんの距離がひどく遠く感じた。
ボクがこの手を伸ばせば、優子さんに触れられる距離だって言うのに・・・。
「だから私達の魔王、間龍造は最強でなければいけなかったの」
人間からも、魔物からも、自分の都市に済む魔物達を守るために。
だから、『結界の魔王』。絶対的な守りを誇る、最強の魔王として君臨する必要があった。
「おかしいわよね。『人間との共存』を望むのに、この都市は最強でなくてはならないの」
「・・・」
その言葉に、ボクは言葉を返すことができなかった。
そして優子さんはボクの目を見据えて言う。
「お願い、これだけは知ってて。魔物にも、『悪い魔物』と『良い魔物』がいるの。『悪い人間』と『良い人間』がいるように・・・」
「・・・はい」
ボクがそう言うと、優子さんはふっと表情を緩めた。
「ありがとう。人間の君に言ってもらえると、私達もうれしいわ」
そして優子さんは『隆介に頼んでおくわね』と言うと、訓練場を出て言った。
・・・ボクはこれで、いいのかな?
「おし、ログのおっさんところで武器借りんだよな?んで、お前等の服とかもいる、ってことだな?」
「うん。ついでに、案内してもらえって」
「わーい!お買い物だね~!」
「みゃー」
楽しいイベントな為か、レオがどこからともなくわいて出てきた。
・・・少しは、ご主人様の苦労を労ってくれ!
そんなことを考えていると、レオが動く。間家の庭の方へ行くと思ったら、そこから何かを持ってくる。
・・・・・・なんか、やけに奇麗な小石だった。
「・・・うん。・・・レオ、ありがとう」
「みゃ」
レオは気にすんなとでもいうかのように一鳴きすると、間家のリビングの椅子に座ったボクの膝の上に飛び乗る。
ものすごく微妙な気分のボクはリュウに向き直る。
「けど、服も?」
「あぁ。お前は俺の使ってるけどな、スズはお袋の古いの使ってる。だから、買って来いとさ。女子にとっちゃ、服は重要なものらしいからな」
「でも、いいの~?」
スズはほんの少しだけ、困ったような表情で言う。
まぁ、ボクも気になる。・・・・・・お金とか。
「あぁ。別に問題ねぇってよ。・・・まぁ、気になるんなら、そのうち適当に返せ」
「うん!わかったよ~!」
そう言うと、スズは立ち上がり、玄関に向かって歩いて行く。
なんだかかんだで女の子な坂崎さんのうれしそうな笑顔に、ボク等男子は苦笑したような笑みを浮かべて後ろについて行った。
「へいへい。んじゃ、男子が荷物持ちすっか。・・・おもにお前が」
「リュウ、それでも竜なんだから頑張ってよ」
「みゃ」
そんな軽口を叩きながら魔窟の中を歩き始めた。
「つーわけで、ここには四つの区画がある」
リュウの話によれば、この魔窟は四つの区画に分かれているらしい。
それぞれ、中央区。山岳区、湖水区、森林区と呼ばれているらしい。
そして、ボク等が歩いているのが魔窟の中心地、中央区。ここには四つの区画で一番大きく、民家から店まで、様々なものがある。実際に、様々な魔物達が店先で客入れをしている。
そして湖水区。これは水棲系の魔物が多く住んでいる区画。水産関係もここで行っているらしい。
山岳区。文字通り山の区画で、小さな鉱山なんかもある。そこからは魔法金属とか言うのが採れるとか。
森林区。鳥獣系の魔物が多く住み、農業や林業が盛んな区画。
「まぁ、こんな所だな。で、オレ達が行くのは中央区。そこのメインストリートの商店街に行く」
「・・・意外に普通なんだね」
「何を想像してんだよ?」
ぽつりと漏らしたボクの言葉に、リュウはなんだか呆れたように言う。
・・・でも、それはほら・・・アレじゃん?
「もっと、魔法でどかーん!みたいなお仕事してると思ってたよ~」
「んな魔法、危ねぇよ」
坂崎さんの言葉を容赦なく斬り捨てた。
そしてリュウはとある店の前に来る。そこは見た目はものすごくボロボロで、看板がなかったら物置的な小屋かと勘違いしてしまいそうだ。ちなみに、看板の文字がかすれていてよく読めない。
そんなボロボロのお店にリュウは何のためらいもなく入って行く。まぁ、ボク等としてはついて行くしかない。
「「こんにちわ~・・・」」
「おーい。ログのおっさん!いるか~!客だぞ~!」
中は案外奇麗になっていて、ホコリ一つない。
店の中を見渡すと、そこにはオーソドックスな武器から、よくわからないカードのようなもの、そして使用用途の不明な形状の道具っぽいものなど、まるでいろいろな店の商品を手当たり次第に集めてきたかのようなラインナップ。
「・・・いねぇな」
リュウが勝手に奥の方を見に行くけど、ここにはログ・ラギスと言う名前の魔物がいなかったらしい。
・・・けど、なんかこの店の内装。異様に小さくない?それこそ、小学生ぐらいの身長の魔物が働いていそうな感じのミニチュアだし。
そんなことを考えていると、ボク等が入ってきた扉が開く気配。
「ごめんね~。今、ログさんって頑固爺は出かけて・・・」
「ッゲ、アリアかよ」
「・・・あぁ、何だ隆介君ね。・・・ん?隆介君?・・・おぉ~!?超久しぶり~!!」
やけにいろいろと突っ込みたいテンションだけど、なんか人が入ってきた。
その人は腰まである長い金髪を流し、翡翠の目をした女の人。体が折れてしまいそうなほどに細く、顔立ちもとても整っている。まるで、芸術品のようなって言葉は、この人の為にあると言ってもいいんだと思う。そして一番目を引くのは、そのピンととがった両耳。
「・・・ん?君達は隆介君の友達?私はアリア・フォルス。気軽にお姉さまと呼んでもいいわ。種族は見てわかるように、エルフよ」
エルフ・・・アリアさんは自分の耳をボク等に見せながらそう言った。
「・・・す、すっごーい!三谷君!間君!本物のエルフさんだよ~!?」
坂崎さんが興奮するものしょうがない。
ファンタジーには絶対に出てくると言っても過言ではない、本物のエルフが目の前にいる・・・!
「・・・うん」
ボクも目の前にいるエルフのアリアさんに見とれていた。
「・・・隆介君、この二人は、エルフも見たことがないようなド田舎から来たのかな?」
「違ぇよ。両方とも人間だ。しかも『テラ』側のな」
「・・・マジで!?」
アリアさんは驚愕の表情を浮かべ、今度はボク等をまじまじと見つめる。そして、またその視線を龍に向けた。
そして、アリアさんは坂崎さんの着ている間学園の制服と、ボクの着ているリュウの服を指さす。
「これ、隆介君と同じ学校の?そんで、リュウ君の?」
「あぁ」
アリアさんがなるほどねーと言うと、何故かボクと坂崎さんの腕をガシッとつかむ。
いきなりの事態にボクと坂崎さんは反応が送れる。そしてアリアさんが走り出し、ボク等はどこかに引っ張られた。
「あの、バカ・・・!」
リュウが一瞬遅れてついてくるけど、ボク等はすぐに止まった。
まぁ、このログ・ラギスと言う人の店の隣に来ただけだからね。
「よし。ようこそ、この超美人なエルフのお姉さまの経営する『アリア・クローゼット』へ!」
「無理やりに拉致ってよく言うな、オイ!」
リュウがそう突っ込む。
と言うか、確かにここは服屋だね。なんだか独創的なものから、ごく普通なもの、そして明らかに服と言うよりはコスプレ衣装的な服が所狭しと並んでいる。
「ここはこの私、アリアさんがオーダーメイドで作っているちょーすごい服屋なのです!」
「「・・・」」
ボクと坂崎さんはいまいちどうすごいのかよくわからず、首をかしげる。
それを察したアリアさんはコホンと咳払いをひとつして、セールストークに移る。
「さて、今回のおススメはこちら!」
『でん!』と自分で効果音を出して一着の服を取り出す。
・・・でも、ごく普通のシンプルな長袖Tシャツにしか見えない。
「甘いよ、そこの君!このお姉さんが、こんな地味な服を作るわけがないじゃないか!・・・こういうのも作らないと売れないからあるけど」
何故かそんなことを愚痴ってくる。
ボクと坂崎さんはただただぼけーっとそれを見ていることしかできない。そしてリュウはまたかよと頭を抱えている。
「アリア、この二人はホントに普通の人間だ。お前のアホな実験につきあわせられない」
「大丈夫、今回は!・・・たぶん!」
「結局ダメじゃねぇか!?前なんか、よくわかんねぇ、呪いの服を着せられたぞ!?」
「失敬な。アレは、SMプレイ用の・・・」
「何で、オレがそんな服を着せられなきゃならん!?≪影抜け≫でやっと抜けられたんだぞ!?」
『つか、それで半裸になったオレは色々とアウトだった!』と、リュウの魂の叫びがさく裂した。
・・・・・・どうも、この人はこういう人らしい。
「大丈夫!今回は魔法攻撃をある程度軽減する、要するにRPGで言うレジスト+50的な服だから!」
「たとえが分かりづらいわ!」
「・・・まぁ、いいや。・・・そこの君」
「はい?」
リュウと何かよくわからない舌戦を繰り広げていたアリアさんがボクに話を振る。
そしてバッと一着の服を取り出す。
「コレ、着て♡」
「何でさっきの話を聞いてこれを着る気になると思うんですか?」
後ろにハートをつけてもそれはかわらない。
「え~。じゃぁ、そこの彼女に・・・」
「「ちょっと待て」」
そこでボクとリュウの言葉がかぶった。
ついでにアリアさんの両肩をボク等はそれぞれ片手で掴む。
「・・・わー、二人とも息ぴったりー」
「つか、わざわざ着てやんなくてもいいじゃねぇか」
うん。確かにリュウの言う通り。
しごくまともなことを言ったはずのリュウ。だけどアリアさんは何故か納得ができないと言う顔でしぶしぶと行動に移す。
まず、服をボク等の前に広げ、自分はその服の前に仁王立ちになる。
・・・なんだろう、この美人が服の前に仁王立ちするシュールな状況。
「―――清き流れをもって彼の者を薙ぎ払え。
≪激流の水衝球≫!」
アリアさんがビシッと服を指さす。
すると、いつの間にか空中に生成された水の塊が、弾丸のような速さで服にぶち当たる。そして・・・。
「ぶは!?」
「きゃ!?」
「・・・てめぇ、加減を考えろ、バカ!」
ずぶぬれの三人が出来上がった。
「だって~。ある程度威力の強いのがよかったんだもん。・・・それに、ほら!」
アリアさんがニコッと笑いながらボク等に服を見せる。
そこには、何故か少しも濡れていない服があった。実際に触ってみるけど、少しだけ湿っているかな?程度の感触しかない。
「もちろん、ちゃんと水で洗えるよ。・・・と言うか、隆介君。適当に魔法をぶつけてよ」
「あ、あぁ」
リュウもこれは始めてみるものなのか、少しだけ驚いた表情でアリアさんに言われたとおりに魔法を行使。闇の刃が服を切り裂こうとするけど、服はそれに耐えきる。
「・・・まぁ、下級だけど問題なし。まぁ、衝撃だけは無理っぽいけど」
そう言ってアリアさんは少しだけへこんだ机を見る。
いや、あれだけの水の塊がぶつかって、机が無事って言うのはかなりすごいことじゃ?てか、この人ってもしかして天才?
そこでリュウがアリアさんの説明をしてくれた。
「そこのアホエルフ、アリアはこの魔窟でも屈指の服職人だ。ただ、バカと天才は紙一重って言葉を具現化したくらいに、賢いバカだ」
どうも、このアリアさん。確かに能力は優れているんだけど、いろいろと問題だらけな人のよう。知り合いの人を適当に実験台にしては自分の服の研究成果をチェックしているとか。
「つか、確かにその服はいつものアホみたいな奴に比べりゃマシだけどな、これはどうしてくれんだよ?」
リュウが自分の濡れた服を示す。
「お客様、会計はこちらです」
何故かレジにスタンバッてるアリアさん。
「今度、ここの商店街の奴らに言っとく。アリア・フォルスは良心の欠片もない、お姉さまだってな。ついでにあることないこと流してやる」
「ごめんなさい」
いきなりアリアさんが土下座し始めた
いや、そんなことされたら商売あがったりだしね。
「試作品だけど、これと同じやつあげる」
「そうか?すまんな」
リュウはしてやったりな笑みで笑う。
「うぅ~・・・服が張り付いて変な感じだよ~」
「オイ、アリア。タオル貸してくれ。後、試着室もな」
「へいへ~い。お客様は神様ですよ~っと」
明らかにテンション駄々下がりのアリアさんは、ぽいぽいとタオルをリュウに投げる。それをリュウは片手で全てつかみ取ると、ボク等に渡す。
「じゃ、ここで着替えるぞ」
「うん!アリアさん、ありがとね~」
「おう!お姉さんに任せとけ!」
「いや、原因の九十パーセントはお前だからな?」
とりあえず、こうしてボク等は本日の目的の一つを終えた。
作 「というわけで『魔窟』をお送りしました!」
鈴 「お買い物だね~!」
作 「まぁ、いつまでも訓練ばっかじゃ楽しくないからね」
鈴 「でも、アリアさんってすごいね~」
作 「残念なことに天災だけどね」
鈴 「何で賢いことが残念なの~?」
作 「とにかく次回!ログさんという人はいずこ?」
鈴 「じゃぁ、探しに行けばいいんだよ~」
作 「そういうわけです。次回もよろしく!」