20話・SLEEPING HERO
―――sideリカ
「まだ、目を覚まさないわね」
「・・・はい」
アタシは心配そうな声で話しかけてきた優子さんにそうしか言えなかった。
あれから三日、ソラは気絶してから一度も目を覚ましていなかった。もう、目を覚ますのかどうかも分からなくなってきて、正直なところどうにかなっちゃいそう。
・・・とりあえず、ソラがやっていたみたいに、現状の把握から始めよう。
まず、時間軸を冬香を倒した後からあったことを整理しよう。
~三日前~
突然目の前に現れた優子さんに驚きつつも、アタシは疑問の声を上げた。
「いつの間に、いたの・・・?」
「そうね・・・。確か、空志君がカッコよくリカちゃんを守ったあたりからかしら?」
ソラが一番ピンチの時からいた。
その事実に思わず食ってかかるようにして優子さんに言った。
「な、何で助けてくれなかったんですか!?」
「だって、親が子供の喧嘩に介入するのって、ダメじゃない?」
優子さんはさも当たり前かのように、ほんの少し困ったような表情でそう言った。
アタシはアレで喧嘩なのかとか色々と突っ込みたい部分があったけど、優子さんの言葉は続いた。
「空志君は、わたし直々に鍛えたから、すぐに逃げてくれると思ったんだけどね・・・。たぶん、貴方達三人が駄々こねたんでしょう?空志君、優しいから」
その言葉に何も言えなくなってしまった。
確かに、ソラが一番に提案したことが『逃げる』だった。けど、アタシ達の強い『仕返し』という意見に屈して、結局はこうなってしまった。
「まぁ、空志君の魔法と戦闘スキルはギリギリ及第点かな?最初に逃げることを考えたのなら、完璧。鈴音ちゃんは、たぶん合格ね。隆介は身内で厳しく見なくてもダメね。将来魔王になるなら、これぐらいは何とかしないと・・・。けど、鈴音ちゃんを守りきったのはよくやったわ。プライスマイナスゼロで零点ね」
とてつもなく、身内には厳しかった。
「そしてリカちゃん」
今度はこっちにも来た・・・!?
「よく、頑張ったわね。そして、この子を殺さないでくれてありがとう」
優子さんはそう言いながら冬香を示した。
胸に熱いものが込み上げてきて、思わず泣きそうになったけど、現状はそれを許してくれなかった。
安心してか、アタシの体が言うことをきかなくなって、がくりと膝をつく。
「さて、空志君達を運ばないとね。リカちゃんも限界みたいだから、楽にしてていいわ。この子たちを運ぶついでに颯太さんも呼んでくるから、ちょっと待ってね」
こうして、アタシ達の喧嘩(?)は終わった。
~現在~
「颯太さんが言うには、魔力の使い過ぎらしいから大丈夫だとは思うのだけれど・・・」
「ソラの魔力って、そんなにあるんですか?」
魔力の使い過ぎで昏睡状態に近い状況に陥ることは少ないながらも確実にある。けど・・・。
「空志君は、昏睡状態に陥るほどの魔力は持っていないはずなんだけど・・・」
こんな状態になるには、バカみたいな魔力容量がないとならない。
そしてソラはおそらくそこまでの魔力を持っていない。だから、余計にわからなかった。
それに、分からないことはこれ以外にもある。
「でも、本当に魔力がなかったの?」
「はい。でも、何故か魔法を使えたの・・・」
アタシが見たのは、膨大な数の魔法陣を展開して、冬香の魔法のみを精密射撃した上に、更には冬香本人を狙い撃とうとしたソラの魔法。
確か、≪焔鳥≫って言ってた。
「お義父様の封印を破って、魔力を見ることができる魔眼に、無いはずの魔力を生み出す・・・謎が深まるだけね」
本当にそうだ。この人間の男の子は色々と謎が多い。魔法にしてもそうだし、人間のくせに魔物と仲が良い。しかも、それが未来の魔王候補だし。本当に謎が、不思議な部分が多い、男の子だ。でも、アタシを何回も助けようとしてくれたのは事実で・・・。
目の前で眠り続けるソラを見てながらそんなことを思っていると、何故か徐々に体温が高くなってきた。特に、頬の当たりが熱く、自分でも赤くなりかけているのが分かる。
「で、でも、レオみたいな魔法生物が何でソラに懐いたんですか・・・!?」
これ以上ソラのことを考えると色々とおかしくなってしまいそうだったので、話の矛先を、ソラのベッドの隅で野生の本能皆無な、お腹丸出しで寝ているレオに向ける。
「そうね・・・まさかの『飛翔獅子』国家指定の幻獣を手懐けちゃってるんだものね」
飛翔獅子は翼の生えた獅子で、天を自由自在に駆け抜け、敵を薙ぎ払うとされている、生きる伝説とも言われる生物。
・・・今、子猫の状態でお腹出して寝てるけど。あ、寝返り打った。
「確か隆介の話によると、怪我してたレオ君をソラ君が助けてあげたらしいわね」
なんだか、聞いていればソラらしい話だと、短い付き合いのアタシでもそう思った。
「まるで、どこかの吸血鬼の女の子みたいにやられちゃったのよね~」
「え、そ、そんな!?」
『やられた』という言葉で、自分の体温が尋常じゃないぐらいに上昇していくのが分かった。と言うか、全身から火が出てきそう・・・。
優子さんはニコニコと優しい笑みを浮かべながら、部屋を出ていこうとする。
「え?ど、どこに行くんですか!?」
「とりあえず、ご飯の用意をしないと、ね?だからリカちゃん、その子をお願いね?」
そう言うと、何故か変な気を利かせて出て行ってしまった。
優子さんが出ていくと、ソラの寝ている客間が酷く大きく、そして耳が痛いほどに静かになってしまった。
・・・現状を確認すると、ここにはアタシとソラにレオの二人と一匹。
そんなことを考えていると、レオがぱちりと目を開けた。たぶん、優子さんが扉を開け閉めした音で眼が覚めたんだと思う。
そしてレオはその寝ぼけ眼を周囲にめぐらすと、何を思ったのかベッドから飛びおり、そのまま扉の隙間から出て言ってしまった。
・・・計算では、『二人と一匹-一匹=二人』。うん、そうだ。この部屋の中は二人。つまり、アタシとソラだけで・・・。
「・・・どどど、どうしよう!?」
冷静に考えれば、別にどうしなくてもいいっていうのは分かっている。でも、明らかに少しおかしいアタシには、そんな判断を下す余裕すらなかった。
絶賛パニック中のアタシの視線は、いまだにベッドで眠り続けるソラへと向く。
いつもなら、困ったような笑い方でへらへらしている顔だったけど、こうしてみるとどこか大人っぽい雰囲気を纏っているように見えてきたから不思議だ。
「・・・だから、アタシは何を考えているの!?」
そう、もっとほかのことを考えよう!たとえば、優子さんの今日のご飯のこととか・・・。
そんなことを考えた瞬間、アタシの脳内ではアタシの為に自分の手首を切って血をくれたソラが思い浮かんで、その血の味をも鮮明になって・・・。
「~~~!?」
もうどうしようもなかった。うん、それだけは分かった。
そしてソラの血の味を思い出したせいか、アタシの中に一つの感情が芽生えてきた。
―――欲しい。
「・・・はっ!?ダメダメ、寝てるのに!」
そうだ。別に、血がほしいなら鈴音に頼めばいい。たぶん、鈴音なら頼めばくれるとは思う。
けど、何故かアタシの中でその選択肢を選ぶという行動に移ることができなかった。
―――ソラの血が、欲しい。
うん。何でかわからないけど、ソラの血が欲しい。
―――もっと、触れたい。
別に、触れるぐらいなら大丈夫だよね?だって、優子さんにも頼まれたし・・・。
まるで言い訳でもするかのように、心の中でそうつぶやき、アタシはソラへと手を伸ばす。そして、壊れモノを扱うみたいに、そっと顔に触れた。
―――欲しい、もっと。
―――ソラの、血が。
―――触れたい。
そんな感情が、まるで何かの毒のように、徐々に、徐々に脳裏に広がっていく。
けど、その毒は苦しくなくて、むしろ逆に、とても甘いものに感じた。結局のところ、アタシはソラの全部が・・・。
―――欲しい。
そう思った瞬間、アタシは自分を止められなくなるのが分かった。
―――side隆介
「あぁ~。マジ、死ぬかと思った」
「え?リュウ君、また何かしちゃったの!?大丈夫!?」
まぁ、したと言うか、しごかれて三途の川を渡りかけたと言うか・・・。一瞬川が見えて、顔も知らないオレの婆さんが向こうに見えた気がした。
あれからオレはおふくろ達に助けられ、今に至る。
オレはお袋からそれじゃ将来魔王になれないわよと訓練をさせられ、ソラの様子を見に行くまでボコボコにされていた。
まぁ、最近はリカがあの馬鹿の面倒を見ているから大丈夫だと思うんだが・・・。
「・・・リカ、あの馬鹿に惚れてるよな?」
「む?リュウ君もそう思う~!?」
一気に坂崎のテンションが急上昇した。
「実は見ていた優子さんの話だと、ソラ君はリカちゃんを庇ったり、しかもリカちゃん助けるためにすっごい魔法で援護したんだよね~!」
どうも、お袋は俺達が反撃するあたりから隠れて見ていたらしく、事細かに内容を教えてくれ、しかもありがたいことに点数化してくれた。
・・・まったく、いらんおせっかいだ。つか、身内に厳しすぎる。しかも、ソラよりも頑丈で普通に戦える分、かなり遠慮なくぶちのめされた。
「まぁ、あいつは息するみたいにそーいうことやるからなぁ・・・」
「え?リュウ君は息しないの!?」
「・・・」
どこから、突っ込むべきか。
そう思ったが、面倒くさくなってきたのでそのまま話を続行することを選択。
「しかし、まだ起きねぇのか?」
「・・・うん、心配だよね~」
オレは何となくそれに答えなかった。
最初の坂崎の沈黙には多くの意味が込められていたように思えて、簡単に肯定の言葉を言うがどうかと思った。
「・・・ソラのとこ、行くか?それに、リカもそろそろ血を飲まねぇとマズいだろうしな」
「・・・うん、そうだね~」
坂崎はいつものように、見る者をほっとさせるような笑顔をオレに見せ、その足をソラの眠る客間へと向ける。
ソラは最近までオレの部屋で布団しいて寝ていたが、今はリカの強い希望でリカが使っていた客間で眠っている。そして当のリカは坂崎と同じ部屋で眠っている。
まぁ、流石にオレのガチャガチャした部屋じゃなぁとオレ自身も思っていたから、よかったと言えばよかったんだけどな。
そして部屋の前に着く。すると、そこには何故か扉の前にレオが体を丸めて寝ていた。
その光景に本当にこいつが『飛翔獅子』なのかなーと半信半疑の視線を向けて部屋に入った。
あ、ノック忘れたとかどうでもいいことを考えたが、まぁ問題ねぇよなと自己完結して部屋の中を見た。
・・・結論から言うと、問題しかなかった。今度からは死んでもノックしようと心の中で誓いを立てるが、現実逃避にしかなっていない。
まぁ、こんなことを言っても現状は変わらない。今の状況は簡単に言うと、だ。
リカが、眠れる馬鹿にキスをしていた。頬でも、額でもなく、唇に。
「「・・・」」
もう、意味が分からなかった。坂崎も理解が追い付いていないのか、笑顔のまま固まっている。
今、部屋に入ってきた状態を言えば、リカはベッドのソラをまたぐようにして覆いかぶさり、その顔を近づけていて、時折聞こえる湿った音が嫌に生々しい現実味を与えてきた。と言うか、彼女いない歴=人生のソラ相手に、何少しディープな感じのしてんだよと心の中で突っ込む。
そしてリカは満足したのか、ソラの顔から自分の顔を離す。そしてオレ達に気づかないまま、どこか妖艶さすら感じさせる、赤い頬の顔で一言だけ言う。
「・・・もっと」
「もっとじゃねぇよ!?」
やっと、ツッコミができた。
再び顔を寄せようとしたリカがこれまたやっとオレ達に気づき、オレといまだに固まった坂崎の顔を凝視する。
そして何を思ったのか、ベッドの向こう側へ転がるようにしてオレ達の視界から消えた。ベッドの影に隠れたまま、出てくる気配もない。
「・・・はっ!?リュウ君、わたし立ったまま寝てたよ~」
「だったら、良かった気もするんだけどな・・・」
オレはベッドの影に隠れたリカを見るために、向こう側へと回る。
「ち、違うの・・・アタシは、た、ただ、欲しいって思って・・・血とか・・・ソラとか、なんかもっと、ほしくなっちゃって・・・」
いい感じに、完全に、色々とアウトだった。
リカは火が出そうなぐらいに赤い顔を掌で覆い、更にはダンゴムシみたいに体を丸めて縮こまっていた。
「えーっと、リカちゃん、しょうがないよ!うん、たまにあるよね、そーいうこと~!」
「あってたまるか!?」
坂崎も、いい感じにバカに磨きがかかってきていた。
ツッコミが、圧倒的に足りねぇ!
「・・・何やってんのよ」
「・・・あのぉ、お邪魔でしたか?」
声に振り向けば、そこにいたのは眼鏡の少女と長身の男子。二人とも、オレ達の元敵だ。
眼鏡にショートカットの髪、凛々しい雰囲気を持つこの女子は平地冬香。オレ達と同じ年齢にもかかわらず、習得の難しい数法術を操る凄腕。ただし、ここ数日で数字以外が壊滅的にダメなことが判明している。
そして長身に、男子にもかかわらず長い髪を後ろで三つ編みにしている奴が李樹。薬とハイレベルな格闘術を使いこなす樹族の少年。こいつもかなりのお人好しであるらしい。
まぁ、何でこの二人がここに普通にいるのかはおいおい話すとして、今は目の前のことだ。
だが、正直な話、どうしたらいいのか全く分からない。つか、こんなロマンスの欠片もないキスシーンを見せつけられてオレはどうすればいい?
そんなことを考えていると、何かがもぞもぞと動く音が聞こえた。そして音の方を振り向けば・・・。
「・・・おはよう」
ソラの奴が、上半身をベッドから起こして起きていた。
「「「・・・」」」
「・・・おやすみ」
そしてものすごく眠そうな顔でオレ達に挨拶して、そのまま寝た。
「・・・こいつ、ヒロイン気質なの?」
「知るか!?」
オレも初めて知ったよ!
つか、本当にロマンも何もねぇ!!
「そそ、そう!アタシもこれを狙って・・・」
「あのなリカ、流石に寝込みを襲うのはどうかとオレは思うんだよな?」
「リュウ君!それ、クリティカルだよ~!?もっとオブラートに包んで~!」
坂崎の言う通りなのか、と言うか坂崎の言葉もかなりのダメージをリカに与えた。リカの呪詛は止まったが、何か大切なものを壊してしまった気がしてならない。
すると、リカが話し出す。
「ち、違うの。あ、あの、ね、ソラ見てたら、ドキドキして、欲しくなって、最初は血だと思ったんだけど、何か違って、気づいたら手がソラの顔に触れてて・・・」
そこで、リカが自分の手で唇に触れた。そして再び顔がトマトよろしく赤くなっていく。
「こ、こここ、これって、そう、いうことなの!?あ、アタシ、ソラが・・・」
「あー・・・たぶん」
どう答えるべきか分からなかったが、とりあえず肯定をしておく。
「そっ・・・か」
リカは、どこか納得したような表情でそう言った。
その時のリカの顔は、うれしそうな表情だが、どこか悲しい顔もしているようにも見えた。
「でも、何でこんなさえない男が・・・」
冬香がそう言った瞬間、寝転がっていたリカの姿がオレの視界から消え、逆に冬香の首に例の大鎌をつきつけているリカの姿があった。
「何か、言った?」
「「「・・・ナンデモアリマセン」」」
何故か、その場にいた全員が答えた。
正直な話、この時のリカの怖さはお袋クラスだったとオレは思っている。つか、どうやったらあんな動きができるんだよ。
リカは鎌を消すと、再びソラに視線を向ける。
「・・・もう一回だけ」
「だから寝込みを襲うな!?」
「何!?やっぱり、ソラを狙っているの!?絶対ダメ!!」
ここにきて、リカが若干病んでることが判明した。
―――side??
「つい最近、『迷いの森』から変な音が聞こえただと?」
「はっ。周辺の村から戦闘音のようなものが聞こえたと言う風に報告が・・・」
・・・嫌な、予感がするな。
『迷いの森』、それは絶対にその中心にたどり着けないとされているおかしな場所だ。森に入ったはいいが、まっすぐに歩いても全く見当違いの所に出てしまうと言うのがあの森の特徴。そして『迷いの森』ではごくまれに変な音が聞こえると言う現象が起こることは分かっている。だが・・・。
「わざわざ報告すると言うことは・・・」
「はい。いつもならすぐに収まるのですが、今回は断続的に続いているようです」
「そうか」
今回はたまたまかもしれない。だが、戦闘音のように聞こえたという部分が気になる。それに、あの森にはどこかの魔王が潜んでいるのではないかとも言われている。事実、昔はあの森周辺に魔王の領地があったらしい。
なら、これからやることは決まっている。
「・・・念のため、確かめに行くぞ」
「「「はっ!!」」」
作 「と言うわけで『眠れる馬鹿』をお送りしました!」
リカ 「えへへ・・・」
作 「なんか、やっとここまで来たって感じですね」
リ 「むふふふふふ・・・」
作 「いい感じにリカちゃんが壊れたって意味で」
リ 「~♪」
作 「これから先、この二人はどうなるのでしょう?」
リ 「うん、子供は二人ぐらいがいいよね・・・」
作 「まぁ、ひねくれた作者がこの二人を普通に結びつけるはずがないと言うことだけは分かっている事実ですけど!」
リ 「何で!?普通が一番なのに!?」
作 「やっとこっちに戻ってきたリカちゃんは無視して次回!」
リ 「アタシが未来予想図を描いている隙に・・・!?」
作 「またも暗雲たちこめる魔窟。次回、魔窟滅亡」
リ 「無くなるの!?」
作 「ほとんどジョークです」
リ 「それってデタラメってこと!?」
作 「そんなわけで次回もよろしく!」