番外編3・中学生達の一日
―――side春樹
昼下がりの午後。今日は龍造先生達が用事とかで普通に授業を受けている。
他の先輩達もそれは同じだろう。
ちなみにココは間学園の中等部、二年B組。他のみんなは夏が終わった秋のちょうどいい暖かさに、睡魔との大バトルを繰り広げて・・・。
「「「・・・ZZZ」」」
・・・いたりとかはしなかった。
ほとんどの人達が負けていると言う悲しい状況だった。
何で、こんなに楽しいのにみんなは寝たりするんだろう?
シャンさんに言わせると『頭がおかしいですぅ!?』と言われてしまいそうだけど。だって、僕は数年の間をあのギルドのせいでパーにしているし・・・。
そんなことを考えていると、不意に景色がガクッとぶれる。
何事かと思っていると、頬杖をついていた手の平からすべり落ちてしまったらしい。
自分もどうこう言いながら眠りかけてしまっていたようだった。人のことは言えないなぁ。
すると、タイミングよくチャイムが鳴った。
「時間か。・・・どうでもいいが、寝てたやつは自分で何とかしろよ」
先生がそれはどうかと思うけど、とにかくそう言いながら教室を出て行った。
それを見ていると後からつつかれる。
まぁ、僕の後ろにいるのは・・・。
「珍しいね。平地君が居眠りなんて」
「まぁ。・・・疲れているのかな?」
三谷さんだ。
フルネームは三谷海美。何の因果か、僕はソラ先輩の妹さんと同じクラスになった。
ソラ先輩と同じで魔法を知っているのかと思ったけど、そんなことはまったくないらしい。むしろ、まったく知らない。
まぁ、彼女自身が世話焼きな性格なのか、僕に何かとしてくれる。
ちなみに、ソラ先輩の妹かと疑うくらいに全然似ていない。
正直にソラ先輩に言うと、『よく言われる。ついでに、兄がこんなヤツなのに、妹が可愛いとかもね』と笑いながら言っていた。それなりに兄妹仲はいいみたいだ。
「へぇ・・・あの、兄貴もやってるっていう特別な授業?」
「たぶん?」
「まぁ、がんばんなよ!」
そう言いながら三谷さんが僕の背中をバシバシ叩いてくる。
正直な話、結構痛い。
そして三谷さんは次の授業の用意をし始めた。
「こーんにーちわーですぅ!」
「・・・シャン、うるさい。迷惑だ」
「はーるきくーん!どーこですーぅ?」
放課後、もうそろそろ帰るかなと思っていると、やたらと賑やかな人達が来た。
本来なら頭の上辺りにキツネ耳を出し、更にお尻のあたりからキツネの尻尾を出しているはずの獣人の双子、シャンさんとシャオさんだ。ちなみに、耳や尻尾は魔窟に人型以外の魔物を見た目とある程度の力の制限を掛ける為の魔道具の作成に成功しているらしい。
確かに、魔物の力は強大。下手をすれば人間なんか簡単に死んでしまう。それを制限する物があるというのは本当にすごい。いつか絶対に魔物と人間は分かり合えると思える。
まぁ、そんなことよりも・・・二人はどうしてココに?
この二人は三年生のはずだけど?
「一緒に帰るですぅ!」
「どうせ、いつもより早く帰るんだから一緒に帰りましょうとシャンが言いまして・・・。こうなったシャンはどうしても止まりません」
特徴的な語尾に続いてシャオさんが丁寧に説明してくれる。
どうも、僕のためにわざわざココまで迎えに来てくれたみたいだった。
「・・・本当は、シュウがいなかっただけなんですけど」
「・・・」
どうも、僕はシュウさんの代わりらしい。
いや、どう考えても代わりにはならない。
まぁ、半ば予想していた事実のカミングアウトを聞いて僕は帰りの準備を始める。
ふと、何故か僕は顔を上げてある一点を見る。
扉から外を見ると、そこには結構顔立ちの整った男子に言い寄られている三谷さんの姿があった。
どちらも中々にいい雰囲気を醸し出している。
「・・・どうしたのですぅ?」
双子の先輩達も僕の視線が気になったのか、僕の視線の先を追う。
「・・・ソラさんの、妹さん、ですか?」
「確か、海美ちゃんですぅ?・・・何だか、いい雰囲気ですぅ」
シャンさんが女子らしく、あんな感じにシュウと・・・と呟いている。
ただ、何故か僕にはそうは思えなかった。
いや、三谷さんの方はまんざらでもなさそうだ。でも、相手の方が何となく嫌な感じがする。何故かはわからない。
そんな僕の表情を見たからか、シャオさんが怪訝な顔で僕に尋ねてくる。
「どうしたんですか?浮かない顔をして?」
「何て言うか、嫌な感じが・・・」
「あの人が、ですぅ?」
シャンさんは僕と三谷さんと話している男子の顔を交互に見る。
すると、わかったぜと言うような感じでニヤリとこっちを見て笑う。
・・・・・・普通に、勘違いしている気が。
「そうなのですぅ?春樹君はソラさんの妹さんが好きなんですぅ!」
雄叫びを上げるかのような大きな声で言う。
その言葉に周りの生徒のみんなが振り向く。
・・・・・・どうやって誤解を解こうか?
「・・・シャン、とりあえず落ち着け。春樹君は何か考えがあるんじゃないか?」
「考えって言うより、ただの勘ですけど・・・」
「ソラさんのようなことを・・・」
シャオさんに呆れられてしまった。
シャンさんは何故かうんうんと頷いている。
「やっぱり、勘は大切ですぅ!・・・と、言うわけでココは尾行するですぅ」
「・・・何でそうなる?」
シャオさんの呟きは僕の心の声そのものだった。
目の前には仲睦まじく男女が一緒に帰っている。
そして、こちらはと言うと・・・。
「もっと近づくですぅ!」
「馬鹿。これ以上近づいたらバレる」
「・・・」
ものすごく暑苦しい状況。
僕達は寮には帰らず、そのまま一緒に帰った三谷さんとその男子を尾行。こっちは草葉の陰に隠れての移動になった。
・・・周りからの目がものすごく痛いことだけは言っておかなければ。
「でも、ソラさんに言わなくてよかったですぅ?」
「・・・いや、言わないほうがいいだろう?あの人、確かに普段は超が付く位優しい。でも、妹に彼氏ができたとか聞いたらどうなる?」
「・・・確かに、兄妹仲は結構よさそうですね」
僕達の頭上にはいろいろと変なオーラを出しながらあの男子生徒にえげつない魔法を放つソラ先輩の映像が浮かび上がる。
「絶対に言えないですぅ」
「万が一にと言う可能性があるからな」
僕達の先輩を犯罪者にしたくない。その一心でこのことは隠すことに決定。
「でも、ソラ先輩をココに来る前に見かけましたよ?」
「それは、本当ですか?」
「はい。何だか、忙しそうにしていました」
「たぶん、誰かにパシられている所ですぅ」
なんて言うか、いつもそんな感じのことばかりやってる気がしてしょうがない。それで女子とかにも『いい人』止まりで、更には自分に対しての好意にものすごく鈍感になっているという・・・。リカさんがものすごく可愛そうだ。
いや、今はそんなことよりも三谷さんが気になる・・・。
―――side冬香
「・・・ちょっと、何でわたしがアンタとこんなコトしてんのよ?」
「だって、ブラコンの冬香には教えた方がいいかなって・・・」
「余計なお世話よ、この馬鹿!それに、アンタに言われたくないわよ!」
わたし達は今、とある生徒の尾行中。
・・・と言うか、この状況は何?
「つい最近、弟がアンタにどんどん汚されていくような気がしないんだけど?」
「・・・キノセイダヨ~」
ムカついたから凍らせた。
でも、すぐに魔法を解析して無効化する。本当にムカつく。
「・・・でも、いいの?」
「まぁ、いいんじゃない?海美が何しようと、ボクには関係ない。それに、今回はボクの出る幕はなさそうだし」
そういうと、ソラはいつもみたいににへらと気の抜けているとしか思えない表情を浮かべる。まるで、この馬鹿には既にある程度の未来が見えているみたいだ。
・・・・・・本当に大丈夫なのかしらね。
―――side春樹
「隊長、何だか雰囲気がよさそうな公園に入りましたですぅ!」
「・・・あの、隊長って何ですか?」
「それに、雰囲気がよさそうって何だよ?」
二人は公園にいた。
僕達もその二人の後を追うように公園に入り、茂みの影に隠れる。
そして、そっと二人の会話に耳を傾ける。
「・・・どう聞いても、カップル手前の男女の会話ですね」
「そうですぅ。・・・春樹君はやっぱり海美ちゃんが好きなのでは?」
「いや、たぶんそうじゃないと思うんですけど・・・」
でも、何故か本当にこの男子からは嫌な感じしかしない。
そのことをできるだけシャンさんとシャオさんにうまく伝えてみる。でも、二人とも首を傾げるだけだ。
「・・・そんな、ソラさんみたいなこと言われても困るですぅ」
「あの人は、嫌な予感の的中率は一〇〇パーセントですからね」
よくよく聞いて見ると恐ろしい話だと思う。
どうしたらそんな特殊スキルが身につくのか、聞いてみたい気もするけど・・・。
「・・・お前等、何してんだ?」
「ぎゃぁぁぁぁああああああですぅ!?」
語尾に絶対『ですぅ』をつけて驚いているシャンさんほどじゃないけど、僕もかなり驚いた。後を振り向くと、そこには見た感じ何の特徴もない男子生徒。
「た、田中さん!驚きますよ!?」
そういえば、ちらりとだけ見た事がある。
魔導宝具を使う魔力無効化体質の人。
そんなことを思っていると、その人の肩の辺りに小さな人影が現れる。
『おい、タロウこりゃマズったかもしれねぇぞ』
「誰!」
声の方を振り向くと、そこには睨むようにしてこっちを見てくる三谷さんがいた。男子生徒も少し驚いたような表情だ。
「バレた・・・」
「・・・平地君、なの?」
『すまん、ヤツの妹のことは俺様も知っていた。だから怪しいやつかと思ったんだがな・・・』
「俺もすまない」
「しょうがないです」
「尾行してたのは本当ですぅ」
そういうと、僕達は大人しく茂みから出て行く。
すると、三谷さんはやっぱりと言う表情と、どうして?とでも問いたそうな、いろいろな感情の混ざった顔でこちらを見てくる。
「・・・つけてたの?」
「・・・うん」
「どうして?」
「・・・」
答えられない。
だって、何となくそこにいる男子に嫌な感じがあったからとか、言ったところで失礼なだけだ。
それに、その人のことを三谷さんが好きなら尚更・・・。
「ねぇ、答えてよ・・・」
「・・・あの、春樹君は・・・」
「貴女に聞いてません!わたしは、平地君に聞いているんです!」
シャンさんがその剣幕に思わず押し黙る。
普段から賑やかな性格をしているこの人には珍しいことだ。
「・・・そう、わかった」
僕が何も答えないことに業を煮やしたのか、三谷さんは自分のカバンと相手の男子生徒のカバンを持ってくる。
「速水先輩、行こう」
「え?でも・・・」
「いいの!」
「ちょっと、いいですか?」
帰ろうとした三谷さんをシャオさんが止める。
三谷さんはシャオさんにイラついたような目で睨む。
「春樹君は、貴女を心配してついてきたんです。それに、この子は、貴女の兄であるソラさんに毒されつつあります」
・・・あんまりな言い分に僕は言葉を失ってしまった。
でも、何故かそれだけで三谷さんには通じたようだった。
「兄貴は、無意味に変な主人公体質を持っているみたいに、平地君にもあるって言いたいの?」
「少なくとも、俺はそう思っています」
「なら、残念。わたしも、兄貴がどこぞのヒーローよろしくいろいろと解決するって言うのは聞いたことがある。でも、わたしはそれを信じていないから。兄貴は、どこにでもいる、ごく普通の・・・ヘタレよ」
そういうと、三谷さんは男子、速水先輩を連れてさっさと帰ってしまった。
「ゴメンですぅ・・・」
「いや、シャンさんのせいじゃ・・・」
「・・・」
シャオさんのほうは何かを考えているみたいだ。
でも、僕のせいでこの二人にも嫌な思いをさせてしまった・・・。
「本当にすみません」
「おい・・・さっきの、速水って言ったか?」
いきなり、僕達の会話に田中と呼ばれていた人が入ってくる。
「あ、はい。たぶん・・・?」
「・・・宇佐野ってヤツ知ってるか?」
「・・・?」
僕は首をかしげるけど、二人は何故かものすごく嫌そうな顔をする。
それを見て田中さんは僕に説明してくれる。
「宇佐野ってのは、俺達の事情を知ってる生徒の一人で、情報屋なんだ。今日そいつが、三谷になんか情報を押し付けていたんだ」
「押し付け?」
『あの馬鹿の妹が性質の悪いヤツに狙われているかもしれないってやつなんだってよ。俺様がこっそり盗み聞いてきたからな、間違いねぇな』
まぁ、情報ソースがどうあれ、宇佐野さんという人の情報は相当に信頼できるらしい。
『ただ、どういう目的で売ったのかはわからねぇけどな』
「あいつは、代価さえ払えば自分の情報でも売るからな・・・。信頼性はともかく」
中々に恐ろしそうな人だった。
でも、それがどうしたのだろう?まさか、それがさっきの男子、速見って人のことなのか?とりあえずそれを尋ねてみた。
「いや、そこまではわからなかった。ただ、三谷のヤツは自分でいろいろと情報を集めていたらしいけどな」
「・・・あ、思い出した」
そして唐突に、シャオさんが思考から抜け出し、声を出す。
「シャン、あいつって三年の速水じゃないのか?」
「・・・誰ですぅ?」
「・・・お前が告られていただろうが」
「・・・・・・誰ですぅ?」
シャンさんにはシュウさん以外に他の男子は目に見えていないみたいだった。
その返事を半ば予想していたのか、気にした風にもせずに僕達のほうに説明をしてくれる。
「確か、あいつは速水って三年の生徒です。勉強もできて、運動も完璧。しかもカッコイイと三拍子そろった人で、女子からも人気があります」
「・・・あ、思い出したですぅ!ココに入ってからシュウの悪口を言った人ですぅ!」
「・・・でも、そいつには裏の顔があるんです」
「裏の、顔?」
「簡単に言うと、多くの女子に手を出しては捨て、何股もしてるって噂」
「「「!?」」」
そうか、そういうことだったんだ。
今なら、わかる気がする。たぶん、僕は重ねていたんだ。自分に、そして・・・。
「今すぐ、追わないと・・・!」
「ちょ、ちょっと待つですぅ!?いきなりどうしたんですぅ!?」
「わかったんだ。あの速水って人、似てたんだ・・・・・・ラズに」
そうだったんだ。あの、人を利用して、自分の利益のために使い潰すあの人に。
そのせいで、姉さんは・・・。それに、僕が気づいていれば・・・。
「だから、二度としない」
僕は躊躇うことなく、自分の中の魔力を体中に巡らせる。
大きな力が僕の中を渦巻き、巡り、髪の毛の先にまで染み渡らせる。
「≪身体強化≫」
唯一、龍造さんから教えてもらった、魔法陣以外の魔法。
「わたし達も行くですぅ!」
「まぁ、乗りかかった船ですし」
そう言うと二人からキツネの耳が生える。たぶん、本気を出そうとしているんだろう。
「海美ちゃんは・・・・・・たぶんこっちですぅ!」
そういうと、シャンさんは人間では考えられないほどの跳躍で一気に飛び出す。
・・・でも、たぶんって。
「大丈夫です。シャンはああ見えて、他人の魔力を追いかけることに慣れています」
そう言うと、シャオさんもシャンさんに続くようにして跳躍した。
僕はその言葉を信じ、≪身体強化≫で上がった身体能力にモノを言わせ、二人の後を追った。
―――side冬香
「ちょっと、どうするのよ?」
今、目の前では想定外の事態が発生。
「まぁ、何とかなるでしょ」
それにも関わらず、ソラはのんきに構えている。
「まぁ、最悪はボクが行けばいいだけだしね。・・・・・・でも、それも必要ないかな」
怪訝な表情を浮かべるわたしにソラはある方向を指をさす。
すると、そこには堂々と魔法を行使して追いかけようとする三人の姿。
「まぁ、ボクは海美の魔力はわかってるから、それを追っかければいい」
そう言うと、ソラは今まで隠れていた木の陰から出て、のんびりと歩き出した。
―――side海美
もう、サイテー。
平地君が、そんな人だなんて思わなかった。
そんなイライラした感情が表に出ていたのか、速水先輩が声をかけてくる。
「その・・・大丈夫?」
「・・・え?はい?・・・あ、大丈夫ですよ!?」
はぁ・・・。
平地君は、兄貴の友達の弟らしい。たしか、クールビューティな女性で、男女問わずモテるらしい。どうして兄貴がそんな人と友達なのかはよくわからない。しかも、夏休みがあけてから更に仲がよくなっていると噂がある。
まぁ、そんなわけで兄貴から平地君のコトをよろしくとは聞いてた。どうも、平地君は体が強くなく、つい最近までは友達らしい友達もいなかったとか。でも、悪い大人に騙されてたりしたとか、ワケのわからないことを言い出したときはどうしようかと思った。
一体、兄貴はどんなことに手を出しているのか・・・・・・不安だ。
平地君はいい子だよと兄貴からは聞いていた。実際に、平地君は人のいい男の子だ。まぁ、顔立ちは整っているし、誰に対しても優しい。それに勉強もかなりできる。運動のほうはよくわからないけど、男子の話ではそれなりみたい。まさに優等生を絵に描いたみたいだ。うちの兄貴とは一味も二味も違う。それに女子からも結構人気アリ。わたしも気にはなっていた。
でも、あんな、ストーカーみたいなことをするなんて・・・。
「三谷さん、さっきの事、ショックだったの?」
「いや、全然そんなんじゃないですよ」
「そう?・・・・・・そうだ、ちょっと寄って行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
そういうと、わたしの手を掴んで引っ張る。
わたしの返事も聞かずにと思ったけど、頭の中はさっきのことでいっぱいだった。
平地君は、何であんなことを?
・・・・・・何で?
「ついたよ」
「・・・え?ココ、どこですか?」
物思いにふけっていたわたしが連れて来られたところ、それは薄暗い路地裏。
何故か、速見先輩は喉を鳴らしてクツクツと笑っている。
「あの、先輩、何で、ココに・・・?」
「まだ、気づかないのかい?三谷空志の妹さん」
速水先輩は、こちらを見下したような表情で見てくる。
気づけば、近くの影にたくさんの人がいるのが見える。
「あぁ、彼等は僕の友人だ・・・・・・あの、三谷空志を潰すための」
「あ、兄貴を、潰す?」
意味がわからない。
何で、兄貴を潰すの?
何で、そのためにわたしがこんなところに?
「あの野郎、この僕をあろう事か嵌めやがった。全てにおいて優秀な、この僕を・・・!」
「な、何を、言ってるの?」
「まだ、わからないのか!?・・・なら、いいよ。何も知らずに、お前は利用されていればいい。・・・後は勝手にしてください」
そういうと、速見先輩がわたしから離れ、近くにいたガラの悪い人達が入れ替わるようにして近づいてくる。
そして本能的にわかった。何をされるのか、この後、どうなるのか。
「いや、やめて・・・」
恐怖で声が震える。
この言葉がちゃんと発声できたのかも怪しい。
足がすくんで動けない。
助けて欲しい、誰でもいいから・・・。そして、脳裏に浮かぶのは・・・。
「――お願い、助けて・・・」
「その、汚い手を、どけるですぅ!!」
わたしの横を風が通り過ぎる。
それと同時に一番近くにいたガラの悪い男の人が吹き飛んだ。
その人は近くにあったゴミの山に突撃して、あたりにゴミを撒き散らす。
顔を見れば、鼻の骨が折れているのか、鼻から血が出て、変な方向に曲がっている。
「ま、まだ、触っ、てもいねぇ・・・」
そういうとガクリと力が抜け、気絶したみたいだった。
そして、わたしを助けてくれた人を見ると、そこには・・・。
「お前は・・・!」
「海美ちゃんに手を出すヤツは、このわたしがぶん殴るですぅ!」
「劉香桜!?」
聞いた事がる。兄貴の知り合いの一人で、語尾に必ず『ですぅ』をつける変わった女の子。ただし、ものすごく強い人がいるって・・・。
「三谷さん!大丈夫!?」
「まったく、シャン、手加減しろよ」
「・・・平地、君?」
さっき、公園で別れたはずの平地君達がいた。
―――side春樹
「あの、あの人、生きてますよね?」
「・・・・・・だと、いいな」
「・・・」
シャオさんの希望を聞かなかったことにして、三谷さんに注意を向けた。
「三谷さん、大丈夫?」
「な、んで?」
「まぁ、その・・・嫌な予感がしたというか・・・」
ものすごく説明しづらい内容でどうしようかと悩む。
「お前等、何で、ココに・・・!?」
どうも、うまく話をごまかせそうだ。
僕はとりあえず、速見先輩に向き直る。
「三谷さんに、もう手を出さないでください」
「そうですぅ!お前みたいな、性格ブス、さっさと消えるですぅ!」
「・・・なぁ、それって使い方あってるのか?」
「なぁ、なんか人数ふえたけどよぉ、こいつらもまとめてやっていいのか?」
唐突に、僕等のやり取りの成り行きを見ていたガラの悪い人の一人が言う。
それに対して、速見先輩はただ一言だけ言った。
「・・・あぁ」
「そうか」
「今回は上玉の女が三人か?」
「俺達、運がいいな!」
「・・・おい、誰が女だって?」
「シャオをそんな道に引っ張っていくような人はボコボコですぅ!!」
・・・シャオさんの触れてはいけないスイッチに触れてしまったところで、二人が攻撃を仕掛ける。
まるで、二人はテレパシーか何かで意思の疎通をしているかのように動き、相手を次々に倒していく。
その光景には、ガラの悪い人も、速見先輩も目を丸くするだけだ。
そして、矛先が今度はこっち向く。
「あいつだ!あの、弱そうな奴からやれ!」
・・・僕は、そんなに弱そうに見えるのだろうか?
そう思いつつ、ポケットの腕輪から武器を取り出す。
僕の武器は一本の棒、龍造先生仕込の棒術で相手の急所に叩き込む。
「お前、どこから、そんなものを・・・」
「・・・手品です」
とりあえず誤魔化してみる。
ついでにそう言いつつも相手の意識を刈り取ることは忘れない。
ものの数分で殲滅は完了した。
―――side速水
「クソッ!」
暗い路地裏を必死で走る。
何でだ、こんなはずじゃなかったのに!
そんな風に考えていると、何かにつまずき、僕は無様に転ぶ。
「まぁまぁ、そんな慌ててどこに行くの・・・速水君?」
「お前、はぁ!」
聞き覚えのある声に振り向く。
そこには、憎たらしい笑みを浮かべた三谷空志と、ショートカットに眼鏡をかけた、クールそうな女性。高等部の制服を着てることから、この三谷空志の仲間だろうと言うことが伺える。
「コレでも一応は先輩だよ?先輩に対して『お前はぁ!』とかないんじゃない?」
「・・・でも、わかる気はするわね」
「・・・」
女子の切り返しに苦笑いをした奴は、こちらを向く。
「さて、君はおかしいと思わなかった?」
「・・・何が、だ?」
「だってさボクは正直な話、いろいろなことをやってきた。それこそ、君以上にやばい相手のいざこざとか」
聞いたことはある。
困ったことがあれば、この三谷空志と間隆介と言う生徒に頼めば、大抵のことは解決してくれると。それこそ、ストーカーの撃退から財布探しまで。
「何が、いいたい?」
「簡単に言うと、逆恨みされているのは君が初めてじゃない。それこそ何回も対処している。まぁ、主にリュウに適当にぶっ飛ばしてもらっただけだけど」
「だから、僕はお前の唯一の弱点、三谷海美を・・・」
「そんな事、誰も思いつかないとでも思った?」
「こいつ、見かけによらずバカね」
「誰が、バカだ!僕は、選ばれて・・・!」
「ボクはね、海美の方へ向かってのヤツだけは速攻で潰した。それこそ、最悪の場合はいろいろと社会的に死んでもらったりとかね」
「・・・アンタ、何してんのよ。それに、人のことブラコンいう前に、アンタもシスコンじゃない」
「冬香ほどじゃないよ。・・・そして、何故か海美に対しての報復の結果だけは知られていない。どう思う?」
そういいながら、三谷空志はこちらに笑みを向けてくる。
ただ、それは悪魔の笑みだ。いや、死神の笑みかもしれない。既に僕の魂など、刈り取られている。
「あ・・・あぁ・・・!」
「んじゃ、つい最近のボクは理事長ってすばらしいバックがいるからね。ちょっとだけ、学校に戻ってもらおうかな?」
「その前に、こいつ、わたしの弟に手を出そうとしたのよ?」
「わかったよ・・・・・・・・・・・・・・・殺しちゃダメだからね」
「了解♪」
冬香と呼ばれた女性がうれしそうにこちらへと向く。
そして、そこから先の記憶が僕にはない。
―――side春樹
「三谷さん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫・・・」
「もう、あの速水って野郎を逃がしたのが痛いですぅ!」
「・・・まぁ、そこは龍造さんやソラさんに頼めば大丈夫だと思う」
僕達は残念なことに、あの速水だけを逃してしまった。
今はこっちの三谷さんの精神状態の方が不安だと思ってこっちにいるけど・・・。
「・・・どうします?僕、三谷さんの家とか、わからないですよ?」
「確かに、もう時間が遅いですぅ・・・」
既に周りの景色は暗くなっている。
こんな中、女の子一人を、しかもさっきあんな事があったのに放っておくのは無責任すぎる。
でも、僕等にも門限がある。
「・・・やっぱ、ココはわけを話して門限を遅れます?」
「それがよさそうですぅ」
隆介さんには、できるだけ他と特別扱いしたくないから、普通に規則は守れと言われていますが・・・。今回ばかりは仕方が無いです。
「・・・ゴメン」
三谷さんが小さな声でそう言う。
「いや、そんな門限ぐらい・・・」
「違うの。・・・ううん、それもあるけど・・・」
「「「?」」」
僕達三人はそれに首を傾げるだけだ。
何か、他に謝られるような事はあったっけ?
「さっき、公園で酷い事したのに・・・」
「いやぁ・・・・・・アレは・・・・・・でも、本当のことだし」
「・・・ストーカー、してたの?」
ストレートな物言いにどうしようと悩んでいると、何故かシャンさんが後から僕を羽交い絞めにする。
そして、手で口を塞ぐ。
するとシャオさんが口を代わりにあけて話し出す。
「春樹さんは、ちょっとした事情でマフィア的な組織に一時期拘束されていました」
その言葉を聞いた瞬間、僕は思い切り暴れた。
でも、この双子のコンビネーションの前には無駄だった。
しかも、三谷さんは絶句している。
「そんな、バカな・・・」
「それが、実際にそうなんです。しかも、お姉さんはそのせいでそのマフィアにコキ使われていると言う状況です。それを、ソラさんがその頭でえげつない策略を思いつき、俺とシュウと言う人が春樹君を助け出し、ここにいるという状況です」
「あの、ざっくばらん過ぎて内容が・・・」
「これ以上知ると、元の生活には戻れなくなりますよ?」
「・・・」
「まぁ、そんな経験があったためか、あの速水から不穏な気配を感じた春樹君がどうしようかと悩んでいたのです」
「そこをわたしがつけようと提案してこうなってしまたですぅ・・・」
「そう、なの・・・?」
反論もできないので、僕は頷く以外の選択肢を思いつけなった。
僕が大人しく頷くのを見て、シャンさんはやっと拘束を解いてくれた。
「でも、ごめんなさい。嫌な思いをさせちゃって・・・」
「ううん、いいの。だって、わたしを助けるためにしてくれたんでしょ?」
「まぁ。でも、ほとんどはシャオさんとシャンさんのおかげだし・・・」
「けど、わたしの方に向かってきた人達からちゃんと守ってくれたでしょう?」
まぁ、確かにそうだ。
二人が攻撃に出ると、どうしても三谷さんを守る人がいない。戦力的にみても、僕が適任だったと思う。
「まぁ、状況がそうなっただけで・・・」
「でも、その・・・アリガト」
三谷さんがもじもじしながら、照れ臭そうに言う。
何故か、僕のほうも照れ臭くなってしまう。
「あ、いえ」
軽い返事を返しては見たものの、何故か僕等の間には沈黙が訪れてしまう。
・・・どうしよう?
そして、沈黙を破ったのも三谷さんだった。
顔を赤らめながら僕に向かって言う。
「んと、それに・・・・・・平地君、かっこよかったよ」
「・・・・・・はい?」
「えと、平地君のこと、下の名前で呼んでもいいかな?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ソレッテ、ドウイウコトデスカ?
いや、あのソラ先輩のレベルまで自分が鈍感だなんて思わない。
でも、さすがに自分の耳と、センス、その他もろもろの感情を疑う。脳内で大規模なサミットを起こしても答えが『それ』に行き着く。
「あの、それって、どういう・・・」
「「絶対にない!」」
唐突に近くからものすごく大きな声が響いてきた。
そっちを見れば、そこには見知った人が二人ほどいた。
「このバカがわたしの義兄!?絶対にないわよ!?」
「それはこっちのセリフだよ!?こんな性格悪い義妹とかいいです!」
「アンタ、この美少女によくそんな事が言えるわね!?」
「春樹君みたいな義弟なら大歓迎だよ!でも、いくら心が広くても冬香だけは・・・」
「アンタに性格悪いとか言われたくないわよ、アンタの方が狡賢いことしていつも相手をボコボコにするくせに!?」
「失敬な!ボクは『罠は常に二重に仕掛ける』をモットーにしているだけだ!」
「それが性格悪いって言ってんのよ!ついでに頭もね!」
「そういう冬香は数字以外はからっきしじゃん!」
「世の中、数学できりゃ生きてけるわよ!」
「全世界の文型頭の人に土下座しろ!」
「ソラ先輩に、姉さん!?」
「え?あ、兄貴!?それに、平地君のお姉さん!?」
「誰がお義姉さんよ!?」
「冬香さん!誰もそんなこと言ってないですぅ!?」
・・・何だか、大変なことになってきた。
この場を収めるにはどうしようかと悩む。そして、僕がそんなことを考えていたところを三谷さんが僕の腕を掴む。
「春樹君、逃げよう」
「え?はい?それに名前・・・」
「わたしの事は海美でいいから」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
「春樹君!今すぐ逃げてください!」
「このソラさんと冬香さんの二人を止めるのは無理ですぅ!?」
「「誰がシスコン(ブラコン)だぁ!?」」
・・・命の危険を感じる。
ココは大人しく逃げておこう。
「とりあえず逃げよう!」
そう言って僕等は何故か愛の逃避行の物まねをすることになった。
まぁ、三谷さんの笑顔を見ていれば、コレでよかったかなという気もしないわけじゃない。
とりあえず今は、たぶん友達以上で恋人未満なこの友人のために傍にいよう。そうすれば、明日もいつものような笑顔であえると思うし・・・。
ちょっと長くなりました。
今回は中学生の三人+一人と言う感じでやってみました。
投稿する暇がなくてこんなに間が開いてしまいましたが、次回から新しい章にてがんばっていきたいと思っています。