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 氷川と少女達は一時停戦を決め、宇多の許へ行って事情を説明した。そして、全員で件の門のある場所まで戻った。足を負傷して歩けなくなった藍晶は、翼を広げ木々の上を飛んで移動する。彼は自身の正体を語らなかったが、その様を見て宇多と氷川は彼が鳥に纏わる妖怪であると推察した。

 黒い大穴の形をした門の前に到着すると、まず最初に少女が自己紹介をした。

「私は鷸宮蛍流しぎみやけいりゅうと言います。私の家は代々祓い屋――辻の世界から流れて来る怪異を排除する仕事を行ってきました。厳密にはうちだけじゃなくて、他の似た様な家と協力し合って活動しているんですけど」

 鷸宮の正面に立つ氷川は名を聞いた瞬間驚いた様子を見せるが、ややあって「ええ」と相槌を打った。一方、宇多は氷川達とは少し離れた場所にいて、門の方へと視線を送りながら鷸宮の発言内容について考えていた。

(「鷸宮」、「いつみや」、「いみや」……「忌み家」。流石にこじ付けが過ぎる? 本当にそういう意味なら、余り素性の宜しい者達ではなさそうだけど)

 だが、その姓の意味する所に反して眼前の少女は見た目通りの素直な性格なのだろう。事の詳細を言い淀むことなく初見の相手へと語り続けた。

「それで、私達の間で最近辻の世界への入口が急増している件が問題になっていて、どうしてこんな現象が起こっているのかはまだ分からないんですけど、放置は出来ないから取り敢えず塞いで回ってるんです。でも、ここに関しては更に問題があって」

「『問題』?」

「この穴は私が一度閉じたものなんです。にも拘らず、また開いている。似た様なことは他にも何件か起こっていて、夫々担当者も異なるので、特定の一人が原因ではないというのは確かなのですが……」

 話を聞いて、氷川は怪訝な表情になった。宇多も顔を鷸宮の方へ向ける。次の質問は宇多が行った。

「貴女達に伝わっている対処法に問題があったのではなくて?」

「恐らくそうなんだと思います」

「ううん、それはどうなんでしょうねぇ」

 鷸宮が出した結論を間を置かず否定したのは氷川だった。鷸宮は「え?」と呟いて何時の間にか正面からいなくなっていた彼女を探す。やがて、門の前で相手の姿を捉えた。どうやら宇多と鷸宮が遣り取りをしている僅かな時間に、氷川は門の前へと移動していたらしい。超人技に驚きを隠せない鷸宮に向かって、氷川は黒穴へ首を突っ込んだまま尋ねた。

「蛍流ちゃん、穴を封じる術に動物の毛は使いますぅ?」

「『ちゃん』……い、いえ、使用するのは護符だけです。後は伝来の儀式を行って穴を閉じるんです」

「見て下さぁい。通路の中にこれが落ちてましたぁ。妖気は感じないので妖怪の物ではないと思いますけどぉ、微かに怨念や邪気の様なものがこびり付いていますぅ。これが楔となってぇ、閉じた筈の穴を再び抉じ開けたのかもしれませぇん。心当たりはありますかぁ?」

 氷川が穴の中から取り出したのは、黒に少しばかり赤味を足した色をした動物の毛の束だ。その場にいる全員が顔色を変え、氷川の指先を凝視する。続いて、鷸宮が首を横に振った。

「いいえ、ありません。何時の間にこんな物が……。ねえ、何か分かる?」

 鷸宮は背後を向く。視線の先では藍晶が足を伸ばして座っていた。氷川の妖術たる霜は既に消え去っていたが、足は未だ満足に動かせない状態だ。彼は負傷箇所に手を翳し、妖気を送り込んでいた。恐らくは回復の為の妖術を使っているのだろう。

 そんな藍晶は見るからに不機嫌な様子で返答する。

「僕に聞かれてもね。今見て何かに気付くなら、もっと早くにそれを察知してると思うし」

「むう……」

 感情の抑制を知らない幼子の様に鷸宮は頬を膨らませる。露骨な彼女の態度に、藍晶は思わず「役立たずって思われてる!?」と叫んだ。とは言っても、双方が軽い調子であったので険悪な雰囲気にはならない。使役術で強制的に結ばれているにも関わらず、彼等の関係は意外にも良好なのかもしれないと思い、宇多はやや安堵した。

 一方、氷川は相手が自分以上に情報を持っていないことを確信し、手持ちの情報の一部を公開する。

「そもそもなんですけどねぇ。この門は自然に出来たんじゃなくて、故意に作られた物なんですよぅ。古い妖怪の間ではそういった方法が伝わっていてですねぇ。これは似た形式なのでぇ」

「そうなんですか!」

 鷸宮は驚きの声を上げた。この場にいる者の中で一番無知であろう少女に向かって、氷川は丁寧に説明する。

「ほらぁ、最近の現世は妖怪にとって暮らし辛いじゃない感じですかぁ。だから、辻の世界に移住したいって子も結構いるのですよぉ。門が増加した一因は多分それじゃないですかねぇ。例えば自然に消えるタイプの門だから使用後も放置されていてぇ、偶然閉じる前に発見されたとかぁ。ただ、閉じ掛けてる物を仕掛けを施してまで無理矢理抉じ開けるのは完全に謎ですけどねぇ。往復用にしても不精が過ぎるというかぁ、帰りは別の場所に新しい門を作れば良いのにって」

「確かに。どういうことなんだろう……」

 鷸宮が呟き俯く。それから、長い沈黙が落ちた。夫々が物思いに耽り、葉音のみが響く状況が続いた。

 暫くして、宇多が動く。彼女は氷川の許へ行き、問題の毛に顔を近付けた。次に軽く口を開き、蛇らしく舌をちろちろ動かす。そうして、ある答えを得た宇多は姿勢を戻して言った。

「門を抉じ開けた犯人、碌な相手じゃないのは確かですね。仕掛けから血の臭いがします。恐らくは人間のものかと」

 同じ人間である鷸宮は「え?」という声を漏らして青褪め、人ならざる者達は表情を険しくした。

「確かに人毛にも見えるな。気持ち悪い」

 仕掛けから一番離れた場所にいる藍晶は、忌々し気にそう吐き捨てる。そして、一番近い場所にいる氷川は利き腕を思い切り伸ばし、人毛をなるべく自分から遠ざけようとした。

「同感ですぅ。私、雪女ですけど寒気がしましたぁ。でもこれ、持ち帰った方が良いですよねぇ。すっごく嫌ですけどぉ」

「確実に」

 有無を言わせぬ様子で宇多が頷くと、氷川は目を潤ませた。

「ううっ、仕方ないですぅ。でも、蛍流っちも持って帰りたいですよねぇ。半分、分けてもらって良いですかぁ?」

「け、『蛍流っち』……。あっ、はい、大丈夫です。けど、其方は何に使われるんです?」

「実は穴の急増は辻の世界でも問題になっていてですねぇ、調査と対応の為の特別チームが編成されたのですよぅ。私達はそのメンバーなのですぅ。今回は現世側での調査だったのですが、蛍ちのお陰様で収穫ざくざくですぅ。有難う御座いますですぅ」

 先程まで敵対していた相手から謝辞を受けるとは思っていなかった鷸宮は、口籠った声で「いえ、私はそんな」と言いながら俯いた。しかし、彼女は直ぐに顔を上げて尋ねる。

「ところであの、貴女達のことを上に報告しても良いですか?」

 重要な情報だ。この件を共有しなければ、鷸宮達は以降正しく動けない。けれども、辻の世界側にとっては障害になりかねない行動でもあった。氷川達に悪意がなく、行動の正当性を認めているが故に鷸宮は気が咎めた。氷川の方も困った顔をして首を傾けた。

「危ない組織ではないですぅ?」

「多分、大丈夫だと思います」

 断言は出来ない、という本音が透けて見える言い方だ。彼女は本当に心底嘘が苦手なのだと、初対面の氷川や宇多にも窺い知れた。きっと彼女自体は信用出来る相手なのだろう。氷川は軽く唸り、悩んだ末に口を開く。

「なら、構いませんかねぇ。貴女の思う塩梅でお願いするですぅ」

 止めてくれ、と頼んでも鷸宮は彼女の所属する組織に報告を行うだろう。殺して口封じをすることも考えたが、死者を出す程差し迫った状況であるかは今の所判断が付かない。また、許可も取っていない。故に、氷川は一旦様子見という決断に至って、こう返答した訳だ。

 安堵の表情を浮かべる鷸宮に、氷川は持っていた人毛の半分を分けて渡した。鷸宮は礼を言ってそれを受け取り、鞄から紙を出して包む。その様子を最後まで見守ると、氷川は宇多に呼び掛けた。

「では、そろそろ帰りましょうかねぇ?」

 宇多は頷き、門の方を向く。すると、鷸宮は慌てて頭を下げた。

「色々と教えて頂き、有難う御座いました」

「いえいえ~。また何処かで会えると良いですねぇ。否、会えない方が良いのかな? バイバイですぅ」

 氷川は、にこやかに手を振って踵を返す。鷸宮も「お元気で」と挨拶をして手を振り、黒穴の中に入る氷川を見送った。相棒である宇多も彼女の後に続くかと思われたが――。

「ちょっと、貴女」

「はい?」

 宇多は鋭い目付きで鷸宮を見詰めて告げる。

「得体の知れない者を前にして、軽々しく自分の名前を口にするものではないわよ。本名か偽名かは関係ない。本名ならばより容易ではあるのだけれど、世の中には偽名であっても持ち主に呪を飛ばせる術者もいる。邪な者に命綱を握られてしまわない様になさい。曲りなりも術を扱う者ならば、その程度の心構えは常に持っておくように」

 初めの内、鷸宮は話の内容が上手く飲み込めず放心していたが、やがて相手が自分を思って忠告をしてくれたのだと気付いて微笑んだ。

「分かりました。ご忠告、痛み入ります」

 礼を聞いても相手の表情は動かなかった。宇多は「ご機嫌よう」と短い挨拶を述べて漸く門を潜り、現世から去って行った。

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