1-3:「惹かれて」
──願ってもない申し出だった。
食事が終わって、そろそろ解散の雰囲気になってきたけど蒼井さんともっとお話をしていたい、なんて思っていたらちょうど彼女の方から、
「また一緒に、ご飯をいただいても、いいかな?」
なんて聞いてきたものだから速攻でオッケーしておいた。我ながらチョロいと思ったりするが、惹かれてしまったのだから仕方ない。
……惹かれてしまった? 僕が、蒼井さんに?
そうか。僕は彼女に、惹かれているのか。
それはまだ恋心ではない。いずれ恋心に変わるときが来るが、まだそれではない。
まだ、この気持ちは恋と呼ぶには未熟すぎる。
恋とは呼べないが、確かにその種火が僕の中に生まれたのは確かなことだ。
彼女のことが知りたい。いろいろとお話をして、顔や名前は知れたけれどまだまだ知りたい。
休日は何してるの、とか。趣味は何、とか。
手芸が得意って言ってたけど、もっと作品見せてほしい、とか。
うちの掃除してくれるってどういう意味、とか。
━━彼氏いるの? とか。
いやいやいや、何を考えているんだ僕は。下手するとセクハラで縁を切られてもおかしくない。そういうことはもっと仲良くなってから……。
「それじゃあ、今夜のごはんもお願いしてもいいかな?」
「もちろん。 食事は賑やかな方がいいからね」
それじゃまた、と別れの挨拶を交わした蒼井さんは隣の部屋へと戻っていった。ちなみに僕の部屋はフロアの端の二一号室に位置するので僕にとって隣の部屋は一つだけだ。
隣の部屋の蒼井さんは二二号室だ。とすると蒼井さんのもう片方のお隣さんはどうだろうと思ったが、その二三号室の扉には入居者募集の張り紙が張られていた。
ここの人をあまり見かけないと思っていたが、実際入居者は多くないようだ。
「今日の夕飯は何にしようかな」
自分ひとりであればコンビニかどこかで買ってきたものを食べるのでもいいのだが、今夜はお隣の蒼井さんが家に来る。できれば手抜きではなく、ちゃんとしたものをふるまいたい。
お昼は急だったからパッと思いついたチャーハンのようなものを作ったが、夜まではまだ時間がある。
女子ウケのいい手料理って何かあるだろうか。
うーん。僕ができる料理の中でいいものは……。
数分考えた結果、カレーを作ることにした。
佐藤家のカレーは市販のルーに我が家秘蔵のスパイスを加えるなど、かなりこだわりがある。これなら彼女も満足してくれるだろう。
ちなみに我が家秘蔵のスパイスはこの家にも持ってきている。今までは忙しくて自炊をする機会が多くなかったためにこのスパイスを使うことはなかったが、ようやくその出番が来た。
「気合い入れてがんばろう。 ……っと、その前に」
料理に取り掛かる前に、このゴミ屋敷を何とかした方がいいかもしれない。