1-2:「深く考えずに」
すっかり蒼井さんと話し込んでしまい、時刻は昼の12時を回ろうかというところだった。
……ということに気付いたのは、彼女の腹の虫がなったからである。
「ちょっと話し込みすぎましたかね、すみません」
「いえいえ、貴重なお隣さんですから、その、それに……」
彼女はまだ何か言いたそうにしていたが、今度は僕のお腹が鳴る。
ぐー。
「……おなか、空きましたね」
「……そうだね」
それじゃあお開きにしようか、そう思ったが僕は思いとどまった。お昼ご飯を彼女にふるまうのはどうだろうか。そんな考えが僕の頭に浮かんだ。
「それじゃあ、私はこれで──」
「いや、ちょっと待って」
そして僕は深く考えずに口を開いていた。
「うちでお昼、食べていかない?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
キッチンに立って、僕は非常に焦っていた。
別に料理ができないというわけではない。むしろ料理は大の得意で、実家にいたころから家族の食事を担当していた。
問題なのは自室がすでにゴミ屋敷の片鱗を見せていること。そして蒼井さんをその部屋にあげてしまっていることだ。別に家事ができないわけではない。やる時間と体力がなかっただけだ。という言い訳を添えておく。
……さっきから否定してばっかりだな、僕は。いや誰に対して話してるんだよって感じだけど。
「できました」
脳内で言い訳会を閉会させたところで料理も完成する。料理というより、コメを醤油や卵と一緒に炒めたチャーハンのようなものだけど。
「ごめんね、お昼ご飯まで頂いちゃって……」
「いいんですよ、僕が誘ったんですから。むしろこんな汚い部屋に誘ってしまって申し訳ないというか」
「大丈夫だよっ! 私が掃除してあげるから!」
そういえば少し床が見える面積が広くなっている。蒼井さんが片付けてくれたのだろうか。
おそらく一週間ぶりにその姿を見せた床の上に僕が座り、机を挟んで向かいのもともと僕が座るために綺麗にしていた空間に蒼井さんが座る。
「それにしても、お料理できるなんて羨ましいなぁ~。私、全然できないから」
「意外ですね」
「手芸ができるからってお料理ができるわけじゃないんですっ」
そうやって他愛のない会話に花を咲かせる僕と蒼井さん。始まったばかりの大学生活で疲れた体が癒されていく。僕に足りなかったのは気兼ねなくお話ができる友人だったのかもしれない。
だから、この時間が惜しいと思った。
ずっと、続いてほしいと思った。
あまり初対面の人とこんなに仲良くなれる質ではなかったのだが、こんな感覚になるのは初めてだった。
でも、これは僕のわがままで。
きっと、迷惑をかけてしまうから。
この気持ちには蓋をしよう。そう思っていた矢先。
彼女から僕の願いを叶える提案がされる。
「また一緒に、ご飯をいただいても、いいかな?」