3-3:「満員電車に乗り込む戦士たち」
大学が自宅から徒歩10分というのは、なんと便利なことだろうか。
一度その快適さに慣れてしまったら誰だって二度と電車通学に戻りたいとは思わなくなりそうだと思うし、現に僕はもう電車なんか乗りたくない。誰があんな満員電車に喜んで乗り込むものか。
まぁ、僕は田舎出身だから満員電車にはほとんど乗ったことは無いんですけどね。満員電車って言葉を言ってみたかっただけ。
5分おきに電車が来る快適さはいいと思うけど、それ以上に人口密度が高すぎることが日々のストレスになりそうだ。だから。
「満員電車に乗り込む戦士たちを僕は尊敬しているよ」
「だいたいの人は顔が死んでるけどね……」
自宅から歩いて10分ほど坂を登ったところに僕たちの通う大学がある。10分とはいえかなり急な坂道なので決して楽ではない。
……電車通学の人は満員電車に詰め込まれて疲弊した状態でこれ登ってるの、マジか。
そう思わずにはいられなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
坂道を登ってキャンパスに到着。20棟くらい建物がある中から目当ての3号館に入り、さらに4階へと向かう。
この間、僕と蒼井さんは他愛ない会話を交わしながら歩いていた。
主に電車の運転が荒いとか人が多すぎるとか、大学が駅から遠いとか、このあたり坂道多すぎでしょとか。
つまり、蒼井さんによる愚痴大会であった。
会話を交わしながらというよりも蒼井さんの愚痴を聞きながらの方が正しかったか。
講堂に入ると、学生証を専用の端末にタッチして出席を登録する。この時点で出席扱いになるのでそのまま退席するいわゆる『ピ逃げ』なる行為もあるようだが、僕は真面目な学生なのでそんなことはしない。ちなみにバレたら単位がつかないどころか最悪の場合退学処分になることもあるとかないとか。
まだ時間まで余裕があるからか、席はかなり空いていて選び放題状態だった。
後ろの方の二人掛けの席に荷物を置いて座る。必要な資料やら筆記用具やらを用意して待っていたのだけど。
「あの……蒼井さん、近くないですか?」
「そそそそそそんなことないと思うけどな~?」
明らかに距離が近い。席を二等分したその真ん中あたりに座っているはずなのに太ももが触れそうなほど近くに彼女が座っている。というか肩に関しては当たっている。すぐ横を見ると綺麗な瞳が──って耳まで真っ赤じゃないですかわざとじゃんか何してんですかこの人。
ドキドキするから思わせぶりなことはしないでほしい。僕はまだ勘違い野郎にはなりたくない。
ピ逃げ:出席を登録するだけやって、実際に講義には出席しないこと。カードリーダーが「ピッ」と鳴ることからその名がついた。教員や授業形態によっては普通にバレる。類義語:代返