2-9:「恋心」
SIDE:蒼井若葉
その日は、よく眠れなかった。まだ休みの日であったことが救いか。
まだ出会ったばかりのお隣さんへの恋心を親友の結ちゃんから指摘された私は、そのあとは逃げるように電話を切って布団に潜り込んだ。それから隣からうっすらと聞こえてくるシャワーの音にドキドキしながら目を瞑って眠りに入ろうとしたのだが、案の定というべきか胸の昂ぶりは抑えられず、悶々としているうちにいつの間にか日が昇ってしまっていた。
よく眠れなかった、というよりは全く眠れなかった。
大学は休みの日だし、アルバイトも今日は入っていない。久しぶりの全休である。
とはいえほとんど徹夜のような状態では寝ようとしても空腹が邪魔をして寝付けない。仕方なく起き上がって、朝食をいただくべく着替えてお隣さんの佐藤くんの部屋の前まで来たのだが。
(どうしよう……緊張してきちゃった……)
昨日までは何ともなかったのに。彼に会うんだと意識したとたんに心臓がドクンドクンと主張する。
ポケットには昨夜にもらった合鍵が入っていたが、それを取り出そうとする右手が震える。
……ふう、深呼吸しよう。
大きく息を吸って。ゆっくりと息を吐いて。
脳裏に浮かぶのは彼の顔。普段はキリっとした爽やかな顔だけれど、笑顔はあどけなさの残るかわいい顔。今思えば、一目惚れだったのかもしれない。初めて出会ったその日から、私は彼に惹かれていたのかもしれない。
そう思うと、さっきまで感じていた緊張も、体の震えも止まった。彼に会いたい。彼の顔を見たい。
走り出したこの想いはもう、止められない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
──確かに『いつでも蒼井さんを歓迎する』とは言ったけれど、まさかその翌日の早朝に部屋に入られるなんて誰が予想していただろうか。少なくとも僕はしていなかったね。
まあ入ったことに関しては僕は一切怒っていない。ただちょっと驚きはしたけど。
でもさ。
「……蒼井さん、僕の寝顔って見てて楽しい?」
「とってもかわいかったよ? あと2時間は眺めていられたよ」
僕がこうやって起きるまでのおよそ1時間をずっと僕の寝顔を眺めて待っていたらしい。目が覚めた瞬間に僕の好きな人の顔が目の前にあったら誰だって驚くと思う。
というか、さっきから心臓の鼓動がうるさい。彼女のことが好きだと気付いたこの心は彼女に強く惹かれている。たぶん、顔も赤くなっている。
そんな思春期の中学生のような感情を抱いた僕は、照れ隠しのようにキッチンへと向かう。今までの約束通り、彼女と一緒に食べるための朝食を用意する。
とはいえ、朝だからそんなに手の込んだものを作るわけではないけどね。
食パンにマヨネーズを塗ってトーストで3分。良い感じに焦げ目がついて見た目もにおいも美味しくなる。本当に美味しいのに何故か僕の周囲ではやってる人がいない。なんでだろう。人生の9割損をしていると思う。
……さすがに9割は言い過ぎかもしれない。
いやマジで、マヨネーズ塗って焼いた食パン、ガチで美味いんですよ。読んでくれた方、ぜひ試してみてください。不味かったら文句言いに来ても良いので。




