2-2:「土下座」
「どうか私に、お食事を恵んではくれませんか──!」
そう言いながら僕の前で頭を下げたのは、お隣に住む蒼井若葉さん。昨日すこしお話をしただけの関係だが、数少ないこのアパートの住人だ。
僕の持つ彼女への印象は、かわいい。手先が器用。手芸が得意。掃除が好き。そしてかわいい。
……大事なことなので二回言った。
そんなかわいいお隣さんである蒼井さんは今日もお昼前に僕の部屋のインターホンを鳴らしたので招き入れたら札束を見せつけ、開口一番に冒頭の懇願をしたのである。
いやまあ、気持ちはわかる。料理はあまり得意ではなさそうなことを話していたし、生活の一部だけでも他人に任せたいと思う気持ちは理解できる。
そしてそれ相応の対価を支払おうとする姿勢はとても好ましい。好ましいんだけど……。
「ひとまず、わかったから頭を上げてその札束をしまってくれる?」
一万円札が5センチメートルくらい積まれているその束を前に、僕はおののいていた。
机に推定50万円。その前では蒼井さんが土下座。こんなに綺麗な土下座は初めて見た気がする。
「いえ! 物事には対価を支払うのが常識ですから!」
僕の食事に50万の価値をつけてくれるのは嬉しいけど、さすがに度が過ぎていると思う。
「そんなに受け取れませんから! 第一これで何日分のお金のつもりなんです?」
「足りなかったですかっ!? それならもっと──」
「逆だよ!!!! 多すぎ!! もっとお金は大事にして!」
──といった問答を繰り広げ、最終的には食費はすべて彼女が負担、僕が毎日三食を提供するということで合意に至った。
僕は最初から食事を作るという提案を受け入れるつもりではあったけど、50万円なんて大金を受け取ることには抵抗があった。
いやまあもちろん貰えるなら嬉しいけど僕の料理にそれだけの価値を見出せないというかなんというか……。
とにかく、毎日の食事を僕が担当することになった。まあ一人分も二人分もそこまで変わらないので、毎日の食卓が賑やかになると考えれば僕がお金を支払いたいくらいだ。
なんてことを話していたら時刻は昼の1時を回ったところだった。早速僕の仕事が回ってきたようだ。