1-9:「とっても美味しい」
SIDE:蒼井若葉
部屋の綺麗さと生活能力は必ずしも正の相関関係があるわけではないらしい。
要は、佐藤くんの料理はとっても美味しい。
私は全くと言っていいほど料理ができない。幼い頃に包丁で指先を切ってしまって以来、キッチンに立つと寒気がしてくるようになってしまい、料理は全て父に任せっきりにしていた。もしくはどこかで買って食べていた。
手芸ができるというイメージからか、佐藤くんは私を料理できる人かと思っていたらしい。確かにそういうイメージがあるかもしれないけれど、料理ができないどころかキッチンにも立てない人とは思わなかっただろう。
そこで、私は思いついた。
食事をすべて彼に頼ることはできないか? と。
いやいや、お金の問題はないけど、毎度毎度頼るのも申し訳ないし……。でもたまになら……いいかな……?
うん。お願いするだけならタダだし……。
せめて、今夜だけでも……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
まさか本当にご飯をいただけるなんて思っていなかった。彼の作ったカレーはちょっと、いやかなり辛かったけどとっても美味しかった。
大学生としての生活が始まってから一ヶ月。
遠方から通っていた私は友達ができなかった。他の人たちはサークルとか入っていっしょにカラオケとか行ったりしているらしいけど、時間の関係で私はそんなことできなかった。ぼっち学生生活まっしぐらだった。
当然、いっしょに授業を受ける友達などいないわけで。
だから、同じ授業があると聞いたときに恐る恐る提案した。
「ね、いっしょに受けない?」
そう言ったはいいものの、どうやら彼は何か考えているようで口を開けない。
━━そんなに嫌だったかな。
「どうかな? 聞いてる?」
「え、ああごめん。聞いてなかった」
聞いてよ!!!
私の脳内ツッコミは誰にも聞かれることなく消えていった。
ちなみに無事にいっしょに授業を受ける約束をすることができた。
ところで、メッセージアプリで送られてきたこの「よろしくナス」ってスタンプ、なにこれ。センスないよ。
そんなことを思いながらも、私の顔は笑みが浮かんでいた。
私のスマートフォンの連絡先に父以外の男の人が登録されたのは、これが初めてだった。