クロワッサン・オ・ザマンド
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歩いていると、いつしか賀茂川デルタ付近の河川敷まで来てしまっていた。雪で増水した水のガラガラと流れる音だけが、川の方から静かに響いている。先の方にちらほらと街の明かりが見えている。家を出た頃はすでに22時をゆうに回っていたから、あと少しで23時になる頃なんじゃないだろうか。ポケットを調べたけれど、携帯は家に置いてきたみたいで正確な時間までは分からなかった。
けれど、ママには幼馴染の咲良と電話するからしばらく帰れない、と伝えているからおそらく大丈夫だろう。私はときどき、小学校の頃の友人だった咲良と長電話することがあった。その咲良も中学へ進学するタイミングでお父さんの転勤のため東京へ引っ越してしまって、これといって仲の良い友人もいなかった私は1人で過ごすことが常となっていった。私自身、影が薄いというか、中学ではあまり目立つタイプではなかった。なかには良く思わない子もいたけれど、休み時間は大体図書室で過ごしていたからそれで彼女たちの気が逸れることが多いみたいだった。
ちなみに、今、私の歩いている賀茂川デルタのあたりは、朝も夜もなくランニングや犬の散歩をする人々がおり、市内であることもあってか、治安はとても良い所なので夜も心配はほとんどいらなかった。もっとも、最近は京都を訪れる外国人観光客が増え、お昼の観光地の姿は以前と比べていくらか様変わりしてしまった。
夏休みに彩葉と嵐山に行った時なんて、まるで祝日の池袋駅の地下みたいに、通勤ラッシュの東京の列車みたいに、人でぎゅうぎゅう詰めで一歩歩くだけでもひと苦労だった。おかげで、食べ歩きのお店の値段も高くなっちゃったなあ。焼き魚が500円よりも高いなんてびっくりしちゃった。彩葉はよだれをたらさんばかりに目をキラキラさせていたから1つだけ買ってあげたけれど、私は宇治抹茶アイスのためにお腹の隙間を空けておくことにしたのだ。おかげで、家に着く頃にはお財布は随分と軽くなってしまっていた。妹の笑顔が見られればそれで良い。
けれど、それというのもあくまで日中の話なのであって夜中の河川敷は人の疎らながらも比較的に落ち着いていて風情のある場所だった。デルタからもう少し下流へ降ると、河原町、三条、四条、祇園があり、このあたりは飲み屋も多いので夜中でも賑わっている。私が大人だったら、きっと妹の彩葉でも連れて居酒屋でパァ〜ッとお酒を流し込む、なんてことは私の性格ではとてもできないかもしれないけれど、それでも、少なくともそれだけ豪快に気晴らしをすることだってできたのだろうか。
ああ、こんな時なのに私は誰にも頼れないでいる。ちょっとしたことだったら、いつものようにママや彩葉に相談することができた。けれど今回ばかりは、喜んでくれている2人にはあのことを伝えることができないでいた。何より、ああいった色恋沙汰を相談するのは恥ずかしくて心臓がもたないし、オブラートに包んで話さなくちゃいけない。
渦中の人物、クラスで人気者の明るい彼女、名前はたしか加藤さん、いいえ、佐藤さんだったかしら?とにかく、果糖だか砂糖だか知らないけれど、美味しそうな名前だったのは覚えている。亜麻色の髪を肩口まで伸ばしたロングボブスタイルで、コテで髪をくるくると縦巻きにしている。その姿も相まって、私は彼女のことを「クロワッサン・オ・ザマンド」と勝手に心のなかで呼んでいた。とかく、うちは校則が緩い方の部類に入る中学校だった。彼女は男子からは人気だったけれど、プライドもあり校内ではお高く留まっていて女子のなかにはよく思わない子もいた。そういえば、あれだけの容姿なのにそうした話がなかったのは不思議だった。もし私が彼女と同じくらい友だちが多ければ、誰かに気軽に打ち明けられたり、協力してもらえたりもするんだろうな。
私の悩みと事の顛末は単純にして明快、ではあったけれど、快刀乱麻を断つごとく問題を解決してのけることは、たとえ逆立ちして世界一周することに成功できたとしても、私にはとても無理な話だった。喜べば良いのか、悲しむべきなのか、それともはんなりとお断りすれば良いのか、つまる所、私は彼女を中心とした三角関係とやらの渦中に投げ込まれていたからなのであった。




