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A KITTY OF THE VALLEY

◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 ————彼女の指摘に背後を振り返ると、先ほどまで猫のように丸くなっていた理玖の姿はどこにもなく。まるで狐か狸のように、その場から「どろん」と消えていた。


「ええええええええ!?」


 どこ?どこどこどこ!?どこ行ったの!?!?


 晴翔から逸れていた視線が再び晴翔、だけではない、今度はその隣の少女にも注がれている。視線を向けると彼女はスンとしている、ように見えた。意外と打たれ強いのだろうか、けれど黙ったままでいる。なお、頼みの援軍は来ない模様である。


 ……くっ!これは、なかなかの大ピンチみたいだ。どうやら、ひとりで対処するしかないらしい。


「す、すみません!なにもありませんっ!」


 そう言って、びしっ、と綺麗なおじぎをすると、ひとまずざわついていた図書室が静かになった。その光景を彼女は目をまん丸にして見ていたが、目が合うと少しだけ照れくさそうに首を傾げて笑みを浮かべるのを俺はただ見つめ返すことしかできなくて。


 どこからか、タッ、タッ、と響いてくる壁掛け時計の秒針のその速度さえ、この胸の高鳴りは追い越してしまうかのように思えた。俺たちの物語の始まりを告げるように、今時珍しい青銅の鐘がゴーン、ゴーンと高らかな音を奏でながら校内中に鳴り響いていた。



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 その後、図書委員にそれとなく追い出された俺たちは、帰り道、2人でならんで歩いていた。陽の沈みかけたオレンジ色の街に行き交っているまばらな人の荒波を、もどかしくも、時折ゆらゆらとかいくぐりながら歩いていた。彼女の足取りは心なしかほんの少しだけ早いような気がしたけれど、気のせいだろうか。すると、


「……中島晴翔くんよね、あなた?」


 黒髪の美しい少女はすらりと伸びた細い指でぎゅっと茶革のスクールバッグをにぎりしめながら、どこか遠くの方を見つめてそう訊ねる。その仕草に胸がぎゅっとなるのを堪えながら、


「…………、どうして?」


 知るはずのない名前を知っているのだろうか。ふと、ぼんやりとした違和感が背中を掠める。


「——それは、……………からよ」


 彼女は俺の言葉に被せるように何か言ったようだったが、ぷいっと顔を背ける彼女の溶けてしまいそうなほど小さな声が美しくも街の喧騒に紛れてしまったかと思えば、びゅうっと木枯らしがどこかへ運んでいってしまった。


「——————」


 ふと隣を見ると、やはり彼女は向こうを向いたままだったから、おどけながらも、回り込んでその顔を覗き込むことなど自分にはどうしてもできなくて、俺は押し黙る他なかった。微かに見えるその横顔はどこか思案気であるように思えた。


 もしかすると、彼女は必死に何か打ち明けようとしているのではないだろうか。そのうち、話してくれれば嬉しいけれど、今はこうしていられるだけで充分だ。そう考えると、少しだけ頭が冴えてくるような気がする。さっきは気のせいじゃないかと思ったが、彼女は俺の名前を知っていた?そうだとすれば、辻褄が合ってくる。


 ピークが去ったのか、人の流れが次第に落ち着いてくる。落陽はもう半分ほどは沈みかけ、風が吹き荒び、彼女の胸の内を反映したかのようにあたりは途端に肌寒くなっていた。そのせいか、2人は心なしかさっきよりも拳ひとつ分近くなり、肩と肩が触れ合うか触れ合わないかというくらいだった。臆病な心持ちを覆い隠すように、そしてまた胸に空いた穴を糊塗するように、寄り添いながら浮雲のように漂っているのだった。


 そうしているうち、2人の間には、見えない糸か何かがあると思えるほどのなんとも穏やかな時間が流れていた。知己の幼馴染といるような、妙な安心感だった。——ああ、これじゃ、まるでにゃん吉と過ごしている時間のようじゃないか。そんな言葉は、いつしか繋がれていた2人の手の温もりにかき消されるように薄暮の茜空に浮かんだかと思えば、浮雲にぶつかって散っていくのだった。

前回の投稿からしばらく経ってしまいました<(_ _)>今後の展開やいかに!

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