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心に咲いた、白ユリの一輪花



 にゃん吉はこの日を境に、ユリの花のような、石鹸のような匂いをつけて帰ってくることが増えた。時々、どこか懐かしいツンとした香りをつけてくることもあった。どちらも、どこでつけてきたのかはわからなかった。けれど、そういう時決まって彼はご機嫌だったので、なんだか俺も楽しくなってくるのだった。


 ある時、


「にゃん吉、どこに行ってたんだ〜?」


 と訊ねてみたのだが、


「んにゃ、にゃにゃにゃ。にゃにゃ」


 と話してくれた。が、さっぱり分からなかった。猫にでもなってしまえれば、とふと考えてみる。そうすれば、にゃん吉と会話することもできる。そして、彼のように寝たい時に寝て遊びたい時に遊ぶ。お腹が鳴ればお腹を満たす。そこでは何をするにも自由で、制約がない。


 あの空に輝く月や星たちは誰にも口出しされることなくひとりで生きて、死にたくなれば、思いの丈をぶちまけるようにして、たったひとりきりでド派手に死んでいく。人間は大抵の場合その反対の生を生きている。いつも学校や職場や家庭で口出しされ、言いたいことも言えず、馴れ合いばかりの環境で押し付けられた生を漫然と過ごしている。言い過ぎかもしれないが、大体の場合はそうじゃないだろうか。


 後に渡辺さんと再会して知ったのだが、どうやら彼は、彼女の家を訪れては可愛がってもらっていたらしい。羨ましくも、いっしょにお風呂に入っていたそうなのだ。


 あの頃の「僕」なら、「にゃん吉だけ僕に隠れてズルいぞーー!」とわしゃわしゃとかいて悔しがっていたかもしれない。渡辺さんの、お風呂か。そう思うと、つい想像してしまう自分がいた。夜の薄暗い机に向かいながら、俺はペンを顎に当てて考える。——いやいや、何を馬鹿なことを考えているんだ!妄想を振り払うように、ぶんぶんと頭を振る。血が巡り、思考がクリアになる。


 それは一旦脇に置くとしても、彼と身体を入れ替わりたいというのは実は心からの願いではある。もし、魔法のランプをこすって青い魔神が飛び出してきた日なんかには、いのいちばんに1日だけ彼と身体を取り変えてくれと頼んだことだろう。それには、まあ別の理由もあるのだが。そうでなくても、猫として生きることに憧れがあった。長いなら長いで家族に迷惑とかかるので、注文は多いけれど、ぜひ1日でご勘弁願いたかった。


 これから語るのは、そう願うほどに大好きな彼女・渡辺凛花との甘酸っぱい青春の思い出であり、後悔であり、願いであり、そしてある意味では序章の物語である。


 

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