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にゃん基地サニーデイズ  作者: 猫見沢ハジメ
プチ・高校生編
28/29

にゃん吉の、ささやかな恩返し



 ぶろろろろろろろ。


 ドライヤーの温風が吾輩の体毛を乾かしている。温かくて気持ちが良い。お日様にあたっている気分である。


「わ、にゃん吉!いつもより大きくなってる!」


「ほんと、まんまるでぬいぐるみみたいね」


 鏡に映る姿を見ると、体がふた回りほども大きくなっている。それだけじゃない。ドライヤーの風を受けて、吾輩の口元が風に揺れて歯茎が見え隠れしていた。


「ぷ、くすくす、なあにそれ、にゃん吉!おかしいの!」


 ぶぉぉぉぉぉぉぉおおおおお。鳴りやまぬ風。


 ますます面白い顔になる吾輩を見て彩葉が、けらけらと笑い転げている。凛花は意外と責めるのが好きらしい。


 で、でも……、だな?そんなにされると、吾輩……。


「わ、お姉ちゃん!」


「なあに、彩葉?」


「にゃん吉、かっぴかぴになってるんだけど!?」


 風がやむ。ミイラ姿の吾輩、口と目元が動かにゃい。


「ほんと!だ、大丈夫?にゃん吉?」


「にゃん吉、お水あげる〜〜」


 どこまでも呑気な妹氏である。あんさんは猫かいな。目の前に差し出された水をありがたく頂戴する吾輩。


 ぺろぺろ。ぴちゃぴちゃ。水が口元や目を潤していく。そうして、乾いていた口元が元通りに戻っていった。


 ふう、生き返ったのにゃ。お風呂あがりのお水は最高である。この一杯のために生きている、といっても過言ではない。悪魔的なウマさである。すると、


「にゃん吉、ほ〜ら、鳥さんですよ〜?」


 吾輩が水を飲んでいるうちに、2人とも髪を乾かし終えていたようで、羽飾りのついた玩具をゆ〜ら、ゆ〜らと宙を泳がせる凛花が吾輩を誘っている。


 と、たまらず飛びかかる吾輩。右へ、左へ飛び跳ねては獲物をくわえる。隙を見て逃げ出した鳥が吾輩の頭上を飛び越えて尻尾に着地、しようとするよりも早くバク宙して両手でそれをキャッチしてくわえた。


「おー、にゃん吉すごーい!」


「さすが、猫ちゃんはちがうわね!」


 その大道芸じみた動きに、わー、きゃー、と歓喜の声を上げながら凛花と彩葉がパチパチと手を叩いている。


 その後も、しばらくそうして遊んだり、ソファで丸くなっていたり、凛花の肩に乗って眠ったりして過ごした。なぜか、吾輩用のトイレも常備されていた。そうして楽しい時間を過ごすうちに、いつしか日が暮れていた。見ると、あたりは紅色の夕陽に包まれている。


 吾輩は「んにゃ」と鳴き、ててて、とソファを降りて玄関に歩き出す。テレビを見ていた彩葉が、振り返り、


「猫ちゃん、もう帰っちゃうの?」


 と訊ねる。


「帰らないと、お家の人が心配しちゃうでしょ?彩葉」


「え〜、ヤダ〜!お姉ちゃんのいじわる!」


 とゴネる妹を嗜めるように「だ〜め」と可愛く凛花が釘を刺す。寂しげな目をして「うちの子になるんだもん」とぶーぶー言っている彩葉に、「また来てくれるわよ」と凛花。彩葉は「そっか、そうだよね」と機嫌を直す。


 玄関に向かう吾輩と、それを追いかける渡辺姉妹。


「————にゃあ!」

 

 そう鳴いた吾輩にウィンクするや、凛花が「ちょっとまってね」と三和土(たたき)に降りて扉を開けてくれた。


 開かれた扉の隙間から、春の終わりらしい涼しい風が吹き込んでくる。春の夕暮れの風に、玄関に飾られたガーベラやバラたちが手を振るように花びらを揺らす。その香りに頬を緩めた凛花と彩葉が、遠い目をして、嬉しそうに目を細めている。


 彼女たちは目を合わせると、


「じゃあね、にゃん吉!楽しかったよ!」


 と別れを惜しむ彩葉。それに続いて凛花も、


「また、遊びに来てね、にゃん吉くん!」


 と手を振りながら再会の約束を口にする。


「————にゃあ〜ん!」


 ——ああ、また来るさ。なんて言ったって、


 あの日、雨の降りしきる中で毛布と傘を持ってきてくれたのは、凛花、若い頃の君だったんだからね。


 「にゃあ」と、人の凛花にはきっと伝わらないだろうけれど、最後にもう一度そう鳴いて、吾輩は晴翔の待っている家へ帰るべく、夕陽を横目に駆け出したのである。吾輩が、彼女と言葉を交わせたらとそう思いながら。


 でも、これで良いのだ。これが、良いのだ。


 彼女のそばで、吾輩を救ってくれた人のそばで、その成長を見届けられるだけで、吾輩は満足である。言葉は、いつも救いとなるわけじゃない。吾輩がただ吾輩らしく、元気な姿を見せること。それこそが、きっと今の吾輩が彼女に対してできる最大の恩返しなのだ。


 帰る途中、何度か振り返ったが、彼女たちは姿が見えなくなるまで大きく手を振っていた。ああ、にゃんて幸せな一日なのだろうか。吾輩、生まれてきて本当に良かった。


 河原の石畳を飛び越え対岸に渡った吾輩は、しばらく歩いて家に到着した。すると、何やら柚子と鶏肉の香りが門を越えて漂ってきていた。晴翔に言えば、ひときれくらいは分けてもらえるだろう。


 吾輩、わくわくしながら門の前で「にゃああ!」と鳴いた。それはいつもより、ちょっぴりご機嫌な声音であった。


 

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