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にゃん基地サニーデイズ  作者: 猫見沢ハジメ
プチ・高校生編
27/29

もこもこ、泡泡!桜色の猫風呂天国

 


 玄関には、ピンクを基調としたガーベラやバラやカーネーションの花の束が大きな花瓶に生けられており美しい。甘く、芳しい香りが吾輩の鼻の奥をくすぐる。


 肩に乗せられ、見知った玄関を抜けたにゃあは、マットのうえにかろやかに飛び降りた。吾輩の白と黒の体毛がふわりと舞いあがる。ここは毛が細いから、足をこすりつけるととても気持ちが良いのだ。


 それに、草や砂をこうして落とすのは人の世界でのマナーなのだ、とオレンジのトラ猫の「みたらし」が得意気に話していたのだ。向かいの家の三毛猫の「あんみつ」と合わせて、人からは甘味処3猫衆(さんにゃんしゅう)と呼ばれ、また他の猫たちからも街の賢猫(けんにゃ)として慕われていた。


「足、洗っているの?にゃん吉」


 と快活に、クマのパジャマの彩葉がアタマを傾けて訊ねる。それに合わせて、クマの耳もぴょこんと揺れる。


「ほんと。えらいわね〜、にゃん吉」


「わ、お姉ちゃん!た〜いへん!!」


「どうしたの、彩葉」


 ぴっ、と指をさす彩葉の視線の先をたどる凛花が


「あら、ほんとね。こんなに猫ちゃんの毛が」


 と自身の肩を見て驚きに目を大きく見開く。


 換毛期の抜け毛には、たとえ街の賢猫をしてもあらがえにゃい宿命である。だって、仕方ないじゃない。吾輩、猫なんだもの。とってもキュートな猫なんだもの!


「それじゃあ、お風呂はいろっか。にゃん吉」


「んにゃ!」


 吾輩、雨で汚れた体を晴翔に洗ってもらって以来というもの、お風呂は大の得意である。猫同士のコミュ、ニティのなかでも、風呂好きだと言うと驚かれるほどだ。


「(目は痛くないんですか、にゃん吉さん?)」


「(ワタシ、お風呂あがりのドライヤーがうるさくてどうにもかないませんの。にゃん吉さんはどうしてまして?)」


「(ワシは浴室の湿気で鼻が詰まって苦手でのう)」


「(兄貴、さすがっす!)」


 うむ、苦しゅうない。余は偉大であるぞ。にゃふ、にゃふふふふ。脱衣所で衣服を脱いでいる姉妹を横目に、にゃあはそんなことを考える。


 凛花は脱いだブラウスを折りたたみ、その内側に着ていたキャミソールを脱ごうとしてその裾を両手でたくしあげている。まくりあげ、その状態でにぎにぎと膠着していた。


「何しているの、お姉ちゃん?」


「か、絡まっちゃって抜けないの……」


「何をどうしたら絡まっちゃうのさ!?」


「ご、ごめんね〜?たすけて?」


 まったく、ドジな娘である。吾輩は衣服の混線部分をくわえてほどくと、たた、と背中を折りてそれを取り払った。


「ありがとう、にゃん吉〜」


 それを見ていた、なぜか悔そうな顔を一瞬浮かべた彩葉が、次の瞬間には、感心した面持ちで「ほえ〜」と赤い唇で小さな指をくわえていた。吾輩、実は将棋なんかもできちゃう猫なので、結び目を解くくらい訳ないのである。



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 ぷかーー。ばちゃばちゃばちゃ。



 ————かぽーーん。鳴り響く風呂桶の音。身体を洗ってもらった吾輩は、湯船に浸かって黙って泳いでいた。熱々のお湯はとても気持ちが良かった。吾輩は瞳を閉じる。



 ぴちゃぴちゃ。すいーー。



 すぴー、くーー。



 すいーー。すぴー。



 ざばざばざばざばざばばばばあぶぶぶぶ……。



「きゃー!猫ちゃん、大丈夫!?!?」


 そう言って、彩葉のやわらかいお腹に着岸させられる吾輩。いけない、眠りこけている間に溺れかけてしまった。危うくお陀仏(おにゃぶつ)である。


「にゃん吉くん、大丈夫!?!?」


 髪を洗う凛花が何事かと心配して、腕をあげた姿勢で振り向く。泡に包まれた双丘を、ひと粒の水滴が滴り落ちる。


「みゃあ」


 なんとか溺れずに済んだみたいだ。猫も泳げば水に沈むのにゃん。お湯の波が体をあたたかく包み込んでいる。


「ドジっ子だね、にゃん吉。お姉ちゃんにそっくり」


 濡れた赤茶の髪を後ろへやった姿の彩葉が、浴槽に背を預けながら「にひひ」と小悪魔のような笑みを浮かべる。


「こら、彩葉。お姉ちゃんはドジじゃありません!」


 人差し指と親指をビシッと立てた凛花が彩葉を指差す。


「——って、ふわぁぁぁああっ!!」


 凛花が目をぎゅっと閉じた姿であたふたと手をばたつかせている。シャンプーの途中だったので、額を伝ってきた石けん水が彼女の目の中に入ってしまったのだ。


「自ら伏線を回収するスタイル、私、良いと思うの」


「————ふぇ!?」


 無言が浴室を刹那の間満たした後に、凛花が声にならない声をあげ、「何の話をしているの?」と冷静に一言。


「そんなことより、彩葉、お湯!お湯かけて頂戴?」

 

「わ、忘れてたよ。ごめんお姉ちゃん!」


「————あ!ああ!目が、目がッッッッツ!」


 もじもじと体をくねらせて身悶えする凛花。


「お姉ちゃん、いくよ!」


 その瞬間、


 ばしゃぁぁぁぁぁああん、と風呂桶からお湯が真っ逆さまに落っこちる。静かに!もっとゆっくりしないと!


「ひぃぃぶびびびび!…やあぁぁばばばば…!」


 驚いた凛花が「ごぼぼぼぼ」と音をあげながら、大袈裟に助けを求めて泣き叫ぶ。カウントダウンとか何かあるだろ、と吾輩、思わずツッコミを入れそうになる。


「もうッ、ひとおしィ!そいやっ!!」


 ざばばばばばばばばばばば…………。


 何やら、肩をぷるぷると震わせている凛花。


 その震えが収まると同時に、修羅の如き顔で振り返る凛花。びくッッ!と彩葉が肩を跳ねあげる。「ひょぉぉぉおお!」と小柄な肢体を抱きしめて、わなわなと逃げ道を探している。


 だが、いつしか風呂イスから立ち上がっていた凛花が目をギラギラと光らせながら、ゆらゆらと一歩、そしてまた一歩、じわじわと彩葉に迫ってきていた。


「ごごご、ごめんね?お姉ちゃん?私、ほんの出来心なの。急にお湯かけたらお姉ちゃん驚くかな、って」


 凛花は、舌を出してアタマの後ろを掻きながら「へへへ」とごまかすように笑っている。


 こくり、とうなずく凛花。で?と促すように首を横に折る。


 生唾を飲み込む彩葉の頬を、じわりと滲み出てきた汗が不気味なほど静かに滑り落ちる。早鐘を打つ鼓動が彩葉のひかえめな胸を上下に揺らす。チェスなら、チェックだ。


「——覚悟はいいかしら?彩葉」


 ちゃぷ、と音を立てて凛花が浴槽の反対側に足を踏み入れる。じわり、どくどくどくどく、と彩葉の緊張が吾輩の背中に直に伝わっている。にゃんだこれ。


 刹那、ドアノブを睨む彩葉がスタッと風の疾さで立ち上がり脱衣所へ走り抜ける。そこで、一安心して息をつく——、


 ————かのように思われた。が、閉じた目を開くと


「逃がさないわ、彩葉……?」


 見ると、凛花が彩葉の腕をしっかりホールドしている。完全に、チェック・メイトだ。彼女に、もう本当に逃げ場はなかった。


「さて、明日の朝日を無事に拝めるかしらね?」


 そう物騒なことを呟くや、手指を蜘蛛の脚のようにくねくねと動かし、伸びた手が彩葉のお腹、その横に向かうと


「きゃはははははははははは」


 脇腹をくすぐられた彩葉が刺激に耐えきれず「ぷっ」と吹き出し、中学生特有の甲高い笑い声をあげる。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 ガラにもなく容赦のない凛花は、それでも手をとめない。顔を寄せ、耳元に「ふーーー」と息を吹きかける。


「も…、もうやめ————」


「やめてほしい?なら、きちんと私に謝ることね」


 嗜虐的な笑みを浮かべた凛花が、彩葉の脇腹に手を触れながら表情の消え失せた冷酷な面持ちでそう告げる。


「ご、めんなさい」


「真剣に謝るのよ」


 乞い願うように両手を胸の前で組んだ彩葉が、浴槽の向かいにお尻をおろしている凛花を上目がちに見つめ、ゆっくり口を開く。


「お姉ちゃん、イタズラしてごめんなさい〜」


 凛花が彩葉を見つめ、


「やあね、彩葉。別に怒ってなんかいないわよ」


 そう言って吾輩を彩葉から受け取る。


「ふぇ?」


 すっとんきょうな声をあげる彩葉。


「なあんだ、てっきり本気なのかと思ったよ」


「ふふ、まさか。ふふふふふ……」


 凛花は気味の悪い笑い声をあげていた。吾輩をその豊満な胸で抱きしめる彼女の指には心なしか力がこもっていた。あんさん、だいぶ根に持ってはりますやん……。



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