吾輩お気に入りの散歩ルート
晴翔が高校生になってから、すでに2年もの時が過ぎていた。その間晴翔は、基本的には勉強ばかりしていたが、たまに友だちを連れてきては食べたり、遊んだり、ほとんど変わり映えのしない日々を送っていた。
吾輩、超・退屈であった。どれくらい退屈かといえば、寝転がり、寝返りを打ったはずみで自分の尻尾が獲物に見えたので、思わず「ダッ」と音を立て起きるや、尻尾を膨らませてぐるぐると円を描きながら追いかけた後、疲れ切って「バタ」と倒れるくらいには退屈していた。吾輩、あくまで猫なのであるからして、たとえ知性があったとしても、やはり本能には弱い性質なのだ。
だが、最近の吾輩はひと味違うのである。ただただ無目的に、行き先も決めずに散歩しているわけではない。時には、そういう日がないでもないが。今、とてとてと向かっているのは吾輩の、お気に入りのセカンドハウスである。
辺りを見渡すと、春も終わりに差し掛かっていたが、野には咲き遅れたタンポポやその綿毛、春の七草と呼ばれる「せり」、「なずな」、「ごぎょう」、「はこべら」などがあちこちに生い茂っていた。見渡す限りの黄色に、草の緑、そして川の青色が、歴史の深い京の街を鮮やかに彩っている。
吾輩は趣のわかるツウなにゃんこなのである。ふんふん、と鼻歌を歌いながら足を鳴らす。暖かい陽射しがとても気持ち良い。しっぽが高くあがり、ゆらゆらと揺れていた。
賀茂川の遊歩道も終わりにさしかかり、視線の先にはスロープが見えている。ちょっぴり長いお散歩である。坂を登りきり、道を渡り、路地を進む。すると、赤い屋根の一軒家が瞳に映った。この家に来るのは、もはや吾輩の習慣である。人でいうところの「別荘」というやつにゃ。
「んなーお」「んにゃにゃにゃにゃにゃ」
としばらく鳴いていると、
「にゃん吉〜〜?」
ガチャリと音を立てて、晴翔の家とは違った様式の扉が開かれ、赤茶の髪をアタマの両側で結んで、まだ背丈の低い女の子がひょっこりと顔を覗かせる。なぜか、フードのついたクマのパジャマを着ている。耳の三角と足の肉球まで再現されている。
「お姉ちゃん、にゃん吉が来てくれたよー!」
そう言って、ぴょんぴょん跳ねながら嬉々として姉を呼ぶ彩葉。
「わあ、にゃん吉〜!また来てくれたの?」
そう言って、少し背丈の伸びた凛花がスリッパを脱ぐのも忘れて玄関先にちょこんと座っていた吾輩を抱えあげる。「んふふ」とお淑やかな笑顔を浮かべて、顔を吾輩の胸元にうずめる。タッとステップを踏むや、吾輩を胸のまえに抱えあげてくるり、と一回転。吾輩の視界も一回転して目がまわる。それに合わせて、濃紺の丈の長いスカートがふわりと空高く舞いあがる。身をまかせ、丸めた身体を抱えられる吾輩。ああ、とても良い匂いがする。懐かしくて、落ちつく甘い香りがする。吾輩、もう仏になっちゃおうかな。猫仏である。にゃふふ。
凛花は吾輩をその肩に乗せて、落っことさないように気づかいながらそっと歩き出す。その後ろを、吾輩のしっぽを「ふん、ふふふー♫」ともてあそびながらスキップでついてくる彩葉。その通り道には、白ユリの花の芳しい香りがキラキラと光りながらあたりに満たされていた。




