木枯らしに、木の葉を揺らす、相生の木々
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「————晴翔、起きてるか?」
遠い川のせせらぎの聞こえてくる夜闇の和室に、龍也の声が響く。
「——ああ、一応、起きてるぞ」
隣を見ると、龍也が上体を起こしてこちらを向いていた。奥に目をやると、トイレにでも行ったのか障子が少しだけ開いていた。陽菜は穏やかに寝息を立てており、理玖も布団をかぶって眠っている様子だった。これならおそらく起こしてしまう心配もないだろう。
あまり聞かれたくない話なのだろうか、
「ちょっと、話でもしないか?」
龍也は声をひそめてそう言った。俺たちは、陽菜と理玖を起こさないようにそっと部屋を抜けると、縁側に腰かけた。足先に触れた石がひんやりとして冷たい。
「夜中なのに悪ィな、晴翔。あー、ちょっと目が冴えちまってよ」
頬をかきながら気まずそうに龍也がそう口にする。
「良いよ、僕も少しだけ目が冴えてたからね」
続けて、
「ところで、いきなり何の用だよ?結構、縁側寒いから手短に済ませてくれよな」
僕はそう言った。
「ああ、わかってるよ」と沈みかけの月を見ながら、
「お前、ほんとにサッカーやめるのかよ」
心なしか、どこかつっけんどんな口ぶりで龍也がそう訊ねる。その横顔は、唇をぎゅっと結び、何かをぐっとこらえているようにも見えた。
「ああ、龍也には悪いと思ってるよ」
小さい頃、子供らしいノリと勢いとにまかせて3人で「サッカー選手になるぞ」なんて夢を語り合ったものだ。あの頃は、夢はなんだって言ったもの勝ちなんだって、そう思っていたのだ。
「サッカー、嫌いになったのかよ?」
違う、そうじゃないんだ。ただ、成長するにつれて、自分よりも遥かに優れた選手がいるという事実に打ちのめされるようになったのだ。きっと、誰もが経験することだ。彼ら、彼女らには、生まれ持っての違う「何か」があるのだ。それは、こう言って差し支えなければ、生まれながらにして身体の不自由な人物がいるのと同じことだ。
「サッカーは好きだよ、嫌なことを忘れられるからね」
それに、自分にとってサッカーは人生をかけられるほど好きでも真剣でもないってことに気がついた。子どものうちは、努力と才能はトントンだ。けれど高校になれば、一気にレベルがあがる。そこは、龍也のようにプロを目指して本気で切磋琢磨して、闘いを欲する猛者たちの戦場なのだ。そこに自分みたいな人間がいたら士気が下がって、迷惑がかかってしまう。誰もが龍也みたいになれるわけじゃない。
「だったら、なんでやめるんだ?続けるだけ続けて、あとのことはそれから考えれば良いじゃねえか」
無理に明るく取り繕った龍也がこちらを見て笑う。
「できないよ、他に、やりたいことができたんだ。大学では福祉の勉強がしたいんだ。だから、部活には入らないつもりだ。自由な時間がとれなくなるからね」
龍也は「けっ」と気に食わなさそうに呟くと、
「勉強なんて、大学に行ってからやれば良いじゃねえかよ」
とそっぽを向く。なに言ってんだ、高校でやらなきゃ大学でもできねえ、っての。プロとしての活躍が期待されているだけあって、龍也の将来設計にはあまりにも甘い所があった。逆に、おまえみたいにスポーツ一筋で生きていけるようなのはほんのひと握りなんだよ。ふつうの人間は、それなりに勉強しないと生きてすら行けないんだ。
そう言ってやりたかったが、現実味を帯びた彼の夢に水を差すのもためらわれたので、「はは」とごまかすと
「龍也はプロのサッカー選手になるんだろ?僕とは違うさ、けれどお互いに別の目標に向かって歩いていけば良いんだ。もう、僕たちだって子どもじゃないんだからね」
そう言うと、
「なあに言ってやがる、お互い中坊のくせによ!」
ガハハと言って、その言葉を龍也は笑い飛ばした。
その後、少し気まずくなった僕たちは、
「俺、トイレ行ってくるわ」
「じゃあ僕は先に戻って寝ることにするよ」
そう言って、別々に客間に戻ったのだった。龍也はああ言って笑っていたけれど、翌朝、理玖や陽菜と家に帰る際、不思議とあまり目が合わなかったので、彼はやはりどこか不満を消化しきれていないらしかった。




