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にゃん基地サニーデイ

 ある晴れた週末の朝、俺とにゃん吉はばあちゃん家の広い縁側で大の字になって横になり、ただただ穏やかすぎる春のわたあめ雲の流れを2人、目で追っていた。


 にゃん吉の方はと言えば、時々小鳥を目で追ってカカカカカと鳴いてみたり、鼻先に蝶々が留まっては庭じゅう走り回って追いかけたりと自由気ままな性分だったが、それでも2人こうして横になるのはいつものことだった。


 とりわけ今に限って言えば、にゃん吉と俺は昼飯をたらふく食べて胃がはち切れんばかりだったので、空に浮かんでいる雲でも眺めて気を紛らわせていたかったのである。俺の方はと言えば、また別の理由がないわけでもなかったが、その話は今は割愛することにする。


 これはなんでもない、愛猫・にゃん吉とのいつもの日常風景だ。けれど、俺はそんな日常が存外気に入っている。俺にとってこの家は、そう、まるで青空の麓に広がる秘密基地のような場所だった。


 ここは庭や蔵のある大きな和風の屋敷で、春には桜を眺めながら、ブルーシートのうえでばあちゃんの(こしら)えてくれた重箱の惣菜を突ついてはお酒を飲み、友人の理玖(りく)陽菜(ひな)たちと団欒(だんらん)する。夏から冬の季節は広い庭を活用して皆んなでBBQ(バーベキュー)のコンロを囲むことが常だった。もちろん、雨の日はゲームや映画を彼らと楽しんだ。俺たちは、お酒を飲めるくらいには、もうすっかり大学生らしくなっていた。 



————とある少女を除いては、だけれど。



「今日は随分(ずいぶん)と良い天気だな。おまえと出会ったときを思い出すよ」


「にゃあ」


「はは、おまえもそう思うか」


 にゃん吉はいつもこんな風に返事してくれるという具合で、彼と会話するのも日常茶飯事といえば茶飯事だ。ばあちゃんも、友人たちも皆んな話しかける。猫は孤独で、それでいて孤高でもある。ヘルマン・ヘッセがいうように、孤独を知りそのなかに生きることのできる人は本当の意味で自立的、自律的に生きられる。にゃん吉は生きることがどんなであるか、ということも教えてくれる。ああ、人よ、かく孤高たれ!


 話は変わるが、今、思い返してみれば、彼と出会った際、どうしてあんな所にいたのか分からない。誰かが捨てたのだろうけれど、どこの誰が捨てたのだろうか。あるいは、道端で出会(でくわ)した野良の子猫がカラスに襲われないようにと誰かがダンボールに入れてあげたのかもしれないが。捨てられたにせよ、野良にせよ、親や兄弟と分かれるのは不憫なことだと思う。


 けれど、覚えているのか、あるいはいないのか、あたりまえといえばあたりまえだが、にゃん吉は暗い顔もせず、いつも活発に走り回っている。昨日もどこからか小動物を(くわ)えてきた。それはまだ幸い生きていたので、隙をついて庭へ離してやった。


 ところがどうだろうか。しんみりと何日も押し入れの奥にこもってにゃあにゃあ泣いてばかりで、訊ねると明日が不安なんですと返ってくれば、なるほど、たしかにそれは可哀想であることは間違いない。だが、自然に生きる動物としてはなんだか滑稽にも思える。そんなことじゃ、天敵にやられてしまうぞ、と言いたくなる。かく気ままに生きる姿は、心なしか飄々としてたくましくも思えてくる。猫は俺にとって、かけがえのない、最高の人生の師匠だった。


 彼と出会ったのは、数年前のことになる。まだ、12歳になったばかりの頃だった。その日は晴れていて、雲ひとつない、胸の空くような青空がどこまでも、どこまでも続いていた。京都・賀茂川の水は浅くなり、河川敷に沿って遥か遠くまで京の桜が咲き乱れ、どこからか、祭りの練習なのだろう、街を彩る太鼓と鈴の音色が聞こえてくる。


 そんなうららかな春の日の午後に近所の公園を歩いていると、ダンボールに1匹の猫が捨てられていたのだ。そばに咲いてある桜の木から舞い降りてきたのか、彼のアタマには無数の花びらが乗っていた。それは、桜もちみたいだった。白く美しい体毛は、黒い毛によって額と右の胸元、そして左のお尻あたりをふちどられている。その姿はさながら豆大福の様ですらある。


 可哀想だが自然に生きるものだ。一度はそう思い通り過ぎようとした。だが、ひどくお腹を減らしていたようで、俺の姿を目にとらえるや箱から飛び出したかと思うと、にゃあにゃあと鳴き離れなかったので、耐えきれなくなった俺は抱えあげてダンボールに収めそのまま家へ連れ帰ってしまったのである。


 ところが大誤算なことに、住んでいる自宅では猫が飼えない、と却下されてしまった。父はアンティークが好きで、ソファや机の蒐集家でもあったからだ。だが、あまりにも可愛く思えたので頼み込んだ結果、晴れて、自宅の横にある、この広い屋敷で飼えることになったのだった。家族で話し合った結果、奔放なにゃん吉をこの家に閉じ込めるのは可哀想だからと半野良という形で首輪をつけずにいた。朝と晩のパトロールは彼の習慣だったが、基本的には家の周りで昼寝をしており、その姿はもっぱら街の名物となっていた。


 それが、今、俺の目の前であけっぴろげに大の字になっているにゃん吉というわけだ。彼は出会った頃から不思議と人懐っこくて、なんというか野良の猫のような警戒心がまったくと言っていいほどなかった。


 と、突如どこからか流れてきた朧雲(おぼろぐも)が太陽にかかったかと思うと、街に影を落とした。まだ初春だからなのだろう、太陽が隠れるとやはり風も少し冷たく感じる。ふと横に視線を向けると、にゃん吉は変わらず寝返りを打っていて。


「おまえは良いなあ、あったかそうな毛皮だ」


 そう語りかけると、


「んにゃっ」


 彼は空を仰ぎながら嬉しそうにそう返事した。


「もしかして自慢したのか、にゃん吉」


「にゃ〜ん」


 会話できる猫というのもめずらしい。もっとも、人の言葉がわかるわけもないだろうけれど。会話しているつもりなのだろうか。——あるいは。


「そうかそうか、お前は人の言葉がわかるのか。おまえはえらいなあ。俺もお前みたいに少しは頭が回れば、あんなことにはならかっただろうに」


 そう呟く(つぶや)と、手元にあった大きな塊を抱きしめる。にゃ、とそのクッションが鳴いた気がした。しばらくすると、太陽がまた顔を覗かし始めた。


 暖かな陽射しを浴びて、横になっていたからなのだろう。次第に、眠気も強くなってきた。にゃん吉はすでに夢のなかにいるようだった。もう駄目だ。薄目に飛び込む太陽の光にふたり、うろんげに目をこすると、両手でアタマを抱え込むような体勢で贅沢にも平日から昼寝をしゃれこむのだった。

お読みいただきありがとうございました!次回に乞うご期待!ほっこりにゃんこ小説をお届けいたします。

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