滅亡寸前のハードな異世界が召喚失敗して呼び出したご老人は、戦闘狂のやべぇやつなので生身で元気に人類の敵を蹂躙します。
ご拝読ありがとうございます。
テスト配信ですが数字が伸びれば、連載版で出しますので是非ご覧ください。
─────どれほどの研鑽を積んできたのかは覚えていない。ただ鍛練を重ね、気がついた時にはここにいた。
男の名は佐東 渋吾。御年78歳。紺の袴に白い道着で身を包んだ彼は白髪、身長165cmの小柄な体躯の壮年である。渋吾はその歳に見合わぬほど背筋の伸びた正座で、眼前の男達を見据えていた。
「おいおい、いくら何でもこの人数相手に徒手で挑むのは無理があるでしょ。おじいさん」
「俺らは本部道場から破門宣言されたゴロツキの流派だ。いくら表で名の知れた先生相手だって、"かかってる"演技なんてする気ないぜ」
渋吾の目の前に立っている男達はみな、彼の数倍は背丈のありそうな屈強な剛の者。その数30名。しかも全員が日本刀や短刀、戦杖などを手にしていた。しかし渋吾はそんな彼らを相手にしても視線一つすら動かさない。
一触即発の空気が流れる中、彼らの数メートル後方に置かれた立台の上に白袴の男が上がる。
「両者準備はよろしいだろうか?」
男達はこんな爺さんひとり相手に準備なんてねぇよと笑い、渋吾は1つ頷いた。
「それでは審査を行う─────始めッ!」
男が宣言したと同時に据え置かれた巨大な太鼓の唸りを上げた。
30人の男達は渋吾の周りを囲い、詰め寄ると
「「「うぉらァァァアッ」」」
一斉に手元の獲物を振りかぶった。
対する渋吾は未だ動かない。
男達と渋吾の距離が5メートル、4メートルと近づく。動かない。
3メートル、2メートル...動かない、否───
「─────スゥッ・・・フゥッッ」
ここではじめて渋吾が動いた。
呼吸。武器を振り回す男達に対して渋吾がしたのはただ大きく息を吸い、吐くだけの動作だった。人類誰もが可能な最も基本で単純な作業。
しかしその瞬間、バンッッッッという轟音が会場に鳴り響き─────30人の男達全員が数メートル後方まで吹き飛んでいた。
「・・・座技 呼吸法。何人を相手にしようが要点は変わらない。自分と相手の接点を見失わないことだ。」
「そっ、それまで!これにて審査を終了!!佐東渋吾九段を─────合格とする!!」
その日、渋吾は合気道の長い歴史の中で初の十段へと昇段した。
***
side:聖女
『ギュイィィ!!』
醜い化け物が襲いかかってくる。人のような形をしているが口は裂け、目から黒い体液を垂れ流している。おまけに猛禽類のような屈強な手には歪な形の槍が握られている。
異形と呼ばれるこの人類の敵は数千年前突如としてこの世界に現れた。
異形は強い。人間の作った武器は全く歯が立たず、普通の人間であれは数秒で頭を弾き飛ばされる。
事実奴らは人間を喰らい村村を根絶やしにしながら少しずつその数を増やしている。だが━━
「━━━━━━━信託の剣ベリルスよ!!」
【承認。発動を許可します】
『ギィィ?』
だが私もまた普通の人間ではない。化け物の槍は私の剣の放つ光の障壁に阻まれた。
────聖具。
それは私達人類がこの化け物共、通称「異形」に対抗するために残された唯一の希望。異形が現れ始めた数千年前から、生まれてきた子供がごく稀にその身に宿して産まれてくる、正体不明の兵器だ。
私はこの聖都サウセルズで1番の聖具使いであり、民から聖女と崇められている。
「聖印解放」
【承認。技能解放】
「聖絶ッッ!!」
『ギュアァァッ』
所有者である私に付与魔法を施した信託の剣ベルリスは、その刀身にも聖属性のオーラを宿した。命の危機を感じた異形が槍を乱れ打ち必死に抵抗を試みるも全て私に見切られ、少しづつ刻まれていく。
そして最後は私に首をはね飛ばされ朽ち果てた。
「ふぅ。今のが最後の試練かしら?」
【是。近くに生体反応がないためこの場所は制圧出来たと言えるでしょう】
聖具の正体は未だ未知数である。分かっているのは、所有者と思念伝達が出来ること、そして人類が到達出来ないような強い力を持っていることだけだ。普通の人間が束になっても叶わない異形を聖具使いであれば1人で数体同時に相手取ることも出来る。
しかしながら、長く続いてきた人類対異形の戦争は近年急速に人間側が劣勢になりつつある。
その理由は異形が少しずつ強くなり始め、聖具使いですら歯が立たなくなり始めたことだ。
人類滅亡の最中にある今、私がこの場所にやってきたのはそんな現状を打破するための唯一の手段を発動させるためだった。
【中央の聖堂にて大掛かりな魔法陣の存在を検知しました。文献にあった儀式場で間違いないでしょう】
「いよいよね。ベルリス、魔法陣の起動準備を。」
ここは聖都サウセルズの禁書に書かれた大昔の儀式場。部屋一面に書かれた魔法陣は未だ正体不明の奇跡である聖具とその使い手を人為的に召喚するために描かれたものだ。
【承認。術式を起動する場所はどうしますか?】
何故、そんな手段があるのにそれを封印してきたのか。それはこの儀式の非人道さにある。
「平行世界にも学校はあるのよね?闘いの仕方はこちらで教育すればいいし、なるべく健康体で飲み込みが早い人材が欲しいから学生なんかはうってつけね...」
私たちの暮らす世界と平行な場所には、魔法も聖具も異形もいない全く異なる世界がある。この儀式はそこで死んだ魂をこちらの世界で転生させる為の儀式だ。
この儀式で召喚された者は必ず聖具使いとなって転生する。しかも所有するのは私の聖具「信託の剣ベルリス」にも匹敵するような強力な聖具だ。
「...。はぐれの異形を送り込んで数十人殺させた後、魂をはぐれごとこちらの世界に送り込んで転生させてちょうだい。」
だが、その為にはこの魔法陣を通じて繋げた場所で魂を回収しなければならない。従って召喚のためには魔法陣を繋げた場所で大量殺人を起こす必要がある。
【試練の間付近を浮遊していたDクラスの異形を転送しました。30秒後に異形を近くの生体ごと回収します。】
「Dクラスに30秒。相手が無抵抗に殺されてくれれば20人くらいは送られてくるかしら」
この聖具使い召喚の儀式は何の罪もない別世界の人間無理やりを手にかけた上で蘇らせ、武器を持たせて戦わせるという行為なのだ。この残酷さがこの逼迫した世界でも儀式が行われてこなかった理由である。
だが現在、もはや綺麗事だけでは立ち行かない事態に直面している。
【10秒経過】
「無理やり人生を変えてしまってごめんなさい。私のことはいくらでも恨んでちょうだい。でも、どうか。どうか私達の世界を救って。」
【3、2、1・・30秒経過。術式解放、転移】
魔法陣が、何も見えなくなるほどの強い光を発しながら異形と魂の転移を開始する。
「本当にごめんなさい。罪は一生背負っていくから。まずはあちらの世界の貴方達の命の仇を取るわね」
魂の回収手段には異形を使う。儀式では数十秒間の間しか平行世界へアクセスできないため、効率良く魂を奪う為にはには異形を暴れさせるのが良い。そして魂とともに異形を呼び戻しこちらで処理をするのだ。
酷いマッチポンプね──と自重する。
今回使ったのはDクラスに相当する異形。異形の中では弱い方だが末端の聖具使いであれば不覚をとることもある危険な存在だ。私も気を抜かずベルリスを構える。
光が徐々に弱くなり、中から人型の物体が姿を表す。
「利用させてもらって悪いけどここで終わりよ!さぁ観念な・・・・・さい?」
「ヒッヒヒッ!!久々に手応えのある御仁と合間見えて光栄だが、肩を返されては身動きも取れまい!」
光の中から現れたのは血みどろの異形と無数の魂、ではなく、Dクラスの異形の巨大な巨躯を片手で押え付ける老人の姿だった。
***
Side:渋吾
突然視界が変わり何事かと思ったがここはどうやら私の知っている世界では無いらしい。
そのことを理解できたのはこちらに来てから二日後の事だった。
審査帰りの道中で学生達に襲い掛かる不届き者を見つけたことがきっかけである。繰り出してくる刺突を捌いて押さえ付けていたら視界が真っ白になりこの世界にいた。初めは道理が分からなかった。
自分のことを聖女と名乗る女が私を転移させたのは自分の仕業であると言った時も、随分と懸想の激しい女だと思ったものだ。
「まさかこの私が失敗した??学生の魂を数十人呼び出すつもりが生身の老人たった1人ってどういうこと!?!?ここに来るまであれだけの犠牲を払ったのに....。ッ!!!こんなの許されない!!こうなったらこの老人を葬り去ってそれを触媒に...ウァァァァッ!!!!!」
1人で騒いたかと思うといきなり斬りかかって来たので、ほんとうになにかの病なのかと心配した。もっていた刃物が遊びで済まされないような業物だったので、
「ほいっと」
「ァァァッ!!!!へぇ???イタダダダダダ」
軽く手首をキメて武器を離させてから説教をすると呆けた顔で黙り込んでいた。
一先ず自宅に帰るのでそちらも早く帰るように、と聖女に伝えると「こんな意味わからない状況そのままここで放置できるわけないでしょう!?いいから一先ず私の国に来てください!!」と聖都という国への同行を無理やりさせられることになった。とはいえこの時点では、私は状況を理解できていなかった。2日後、道中で初めてこの世界に来た時に見た生き物とよく似た生物に襲われようやく理解することが出来たのだ。
***
『GAAAAAU』
「ほら、見て下さい!!あれが異形です。貴方が来た時に見た個体に似ているでしょう?しかも能力はあれより格段に上のBクラスです。」
聖女とやらの言っていることの意味は相変わらずほとんど分からなかったが、
「ひとまずお手合わせしていただくか...」
「本来生身の人間であればEクラスの異形ですら、一溜りもありません。ミスタージューゴがDクラスの異形や、エンチャントを行っていない私を圧倒できる異常人なのは分かりました。ですが、私達が討たねばならない異形はあれほどの化け物でってちょっと!?今なんとおっしゃいました!?ちょっ、いつの間にAクラスの近くに!?!?」
***
『GA!?GOGYAAAAA!!!!!!!!』
結論から言って聖女の言は本物だった。
私達の世界に生息する生き物には全員共通の弱点がある。それは体の中心を通る中枢神経。これを的確に揺さぶることが出来れば「お飾りの武道」と揶揄されることの多い合気道の技でも人を殺すことが出来る。しかしその神経を的確に射抜いた私の正面打ちや突きに対し、この化け物は悲鳴をあげるだけ。何度攻撃を行っても絶命することはなかった。これは地球の生物ではありえないことだ。
「はは...夢でも見てるのかな?おじいちゃんがBクラスを圧倒してる」
なにか有効打になる攻撃はないかと相手の抵抗を捌きつつ、反撃で小手返しや二教、襟締めなどを試してみるが決定打にはならない。
…しばらく試していると「もう眠らしてあげてください」と聖女が剣を振るった。
すると今までの攻防が嘘のようにすんなりと異形は息絶える。
「ほっほほ!アレだけの巨躯を一撃で葬るとはさすがは聖女殿!異形にとって聖具とやらが最大の弱点というのも本当らしい。疑って申し訳ない。お見逸れしました。」
「いや、生身でBクラスの異形を手玉に取る用な人の前じゃ、私のベルリスも霞みますよ...」
***
聖都に着いたあと、王を名乗る人物との間で一悶着あったりしたが、最終的に私は国の騎士として雇われることになった。
明日からは聖女殿の護衛として活動することになるらしい。日本にいた頃は道場の師範として生徒に技を教えることしかしていなかったから、ちゃんとした仕事は人生で初めてである。
翌日のために睡眠の準備をしていると来客があった。
「残念だったネェ人類共!!!聖都には私達子飼いのスパイがいてね。あの忌々しい聖女が転生を使ったことがわかったんだ。そしてこの部屋がその転生者の部屋だってこともネェェ!!」
城の窓を蹴破って入ってきたのはやたらと扇情的な格好の女だった。硬質的な肌は異形のもので間違いないが人の言葉を話すし、顔も人間の女と変わらない不気味な相手だった。
「噂じゃ召喚後直ぐにDクラスを殺したって話だ。転生者とはいえガキにそんなことが...ってアレ?ガキじゃなくてジジィ?それに聖具の反応もない...偽装系の能力かい?」
初めて会った時の聖女のように女はあれこれ騒いだあと、巨大な剣を振りかぶった。
「まぁいいわ────殺してからじっくり調べればネェェェ!」
その瞬間剣が黒い炎を纏い、私は一瞬呆気に取られる。
「シネェェェ!!!!業魔斬ッッ!!!」
────合気の技は基本的に相手に仕掛けさせる必要がある。状況を相手が有利なように見せ、仕掛けようとしたところを先手で制する。そして相手がそれよりも先に仕掛けてきてしまった時。ここでは後の先、つまり相手の力を使う。これが鉄則だ。それは相手の武器がなんであろうと変わらない。
女が打ってきた燃える剣は手刀で流した。間合いに入れば、後はてこの原理の容量で相手を誘導する。体制を崩したところで確実に腰を入れあとは剣を切る動作で相手を下に落とす────
「イッヒヒ!!!正面打ち 四方投げ。今回は投げずに足元に落とさせていただきましたがな。...なまじ体が強いから知らないのだろうが、受身の取り方位は覚えておいた方がいいですぞ。私の合気は痛いのでな」
「グッ...馬鹿な...聖具も使わずこの私を圧倒しただと?」
武器を取り上げられ忌々しげにこちらを睨む女。すると再び部屋の扉が開いた。
「ミスター・サトウ?!何かすごい音がしましたけど?貴方はSクラス異形のメイガス!?!?異名持ちの異形がなぜここに!?しかも地面に倒れ伏して!!!なにこれ!?!?どういう状況ですか!?!?」
***
これは聖女によって命を奪われ無理やり転生させられた少年少女達が、チートなスキルを手にし剣と魔法の力で異形に立ち向かう物語...を完全にぶっ潰し、体術だけでファンタジーの世界をぶっ壊した一人の壮年の物語である。