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第六話 兄からの愛情が分かったとき


 兄さんにくっついて、兄さんに頭を撫でられるだけでふわふわする。

 目を細めて兄さんに甘えるように抱きつくと、兄さんは身を固める。

 どうしたのかと思って見つめると、兄さんは今まで見覚えなく顔を赤らめていた。


「にいさあん?」

「……強烈だね、お前のサブスペース」

「んん。あったかい……」

「……何だか甘えっ子の子猫みたいだ」


 

 兄さんはそれまでの怒りを消して、一生懸命僕のケアをしてくれて、よしよしとひたすら褒めてくれる。

 兄さんに褒められる僕は世界で一番幸せな気がして、自然と笑みがこぼれた。


 その十分後。


 非常に恥ずかしくて僕はクローゼットの中にこもった。

 サブスペースが解けていき、理性を取り戻す頃には兄さんのまなざしは甘やかで。

 自分が何をしたのか一気に自覚する。

 慌てて兄さんに頭突きして、そのままの勢いでクローゼットに閉じこもった。

 兄さんはゆっくりと追いかけてきて、クローゼットを優しくノックする。


「暑いだろう? でておいで」

「いやだ!! どんなかおしろっていうんですか!」

「どうした、何がいやだ」

「恥ずかしい! あんな、あんな……っくそ、今生の恥だ!」

「幸せだったんだろう? 子猫みたいに俺の指ちゅぱちゅぱくわえていたぞ」

「兄弟でこんなのおかしいだろ! 言わないでくださいよ、ばか!」

「俺たちは何一つおかしくない。おかしいのは世の中だ。俺たちは生まれたときから一緒、それはとても。素敵な奇跡だろう?」


 そうだね、だからこそ貴方をずっと好きで好きで、恋を上書きできなくて苦しい。

 こんな醜態をまるごと包み込んでくれる甘やかさが背徳的で、唆されそうになる。

 でも。僕も貴方も同じ「形」をしていて、中身が違うだけ。

 でも成分と素材は一緒。


 見た目だけでも違っていたら、少しは罪悪感とかなかったのかな。

 貴方を見れば、貴方はどこをどうみても、僕の兄さんだとまるわかりなんだ、世間からは。



「章吾、開けて」

「わかんない、わかんないですよ、貴方がなぜこんなことをするのか!」

「俺は……お前が心配で」

「本当に心配ならしばらく一人にしてください!」

「いやだ、俺はお前を管理する」

「Domとしての欲求ですか!?」

「違う、お前だからだ。クローゼットあけて。熱中症なってしまうよ」


 兄さんの切ない声に心臓がぎゅっと締め付けられて、僕は思わず涙をこぼしてクローゼットを開けた。

 兄さんはクローゼットの扉をあけると、僕をそっと抱きしめて。


 ――キスをした。



 何をされてるのか理解が追いつかない。

 甘い唇がふわりと柔らかな感触で触れている。

 気持ちいい。

 でも驚きの方が多くて、咄嗟に身を退けようとすると、兄さんが後頭部をしっかり抱き支えて。しっかりと口づけをかわしてきた。


「な、にを」

「……お前の、荷物を。俺が全部受け取れればいいのにな」


 兄さんは、真面目な表情でうつむいてはにかみ。

 そっと間近でまぶたにキスをして、苦しげにつぶやいた。


「俺は兄ちゃんなのに、何にもしてやれねえなあ」


 *



 

 兄さんはそれからしばらく仕事が忙しくなったのか会えなくなった。

 それでも管理して保護したい欲は強いみたいで、僕の連絡がなければ速攻で通話はかかってくる現状だった。

 兄さんと会えなくなりづらくなって、三週間後くらいのこと。

 実家から連絡がきたのだ。受験勉強と最近どうなのかを心配してのことだと。


「大丈夫なの、体壊してない?」

「大丈夫ですよ母さん。それより先日、兄さんに再会しました。久しぶりに会いましたよ」

「ああ、じゃあ作哉はやっとあんたのとこ行く気になったのね」

「どういうことですか?」

「作哉はあんたの暮らしのスポンサーなのよ。バイトは許さなかったでしょう? 作哉からのお願いだったのよね。お金を出す代わりにって」

「え……家賃と生活費ですか」

「あんたの交友費含めてね。だからお礼くらいはしときなさいよ、お兄ちゃんも何考えてるのか。確実だって言われていた美大まであったのに、進学しないで」

「待って、待ってください。じゃあ兄さんは今、絵を描いていないってことですか!?」

「そうよ、画塾もやめちゃってね。なにをしてるんだか」

「と、止めなかったんですか」

「十八歳こえたら大人なんだから、あれこれ口出しするのもね。元気そうではあるみたいだから」


 

 僕みたいな一般人のために、天才が夢を諦めたんだと自覚すると、一気に怖くなった。

 兄さんは、全部僕の好きな生き方をさせるために、すべてをなげうったんだ。

 生活すべて、最初から管理したかったんだ。


 そこまで……保護したいなら。


(なんで肝心のことは言ってくれないんですか)


 頭を抱えて、髪を掻きむしる。

 僕は、兄さんみたいに夢をもっていたとかじゃなく。才能があったわけじゃなく。

 選択肢がほしかっただけで、難関大学を合格したかった。

 箔が欲しかったし。

 浪人しても許される言い訳もほしかった。


 そのすべてを、兄さんは甘やかしていたんだ。


「貴方をそうまでさせた感情を、答え合わせさせてくださいよ……」


 通話を切ってから、心臓がばくばくする。

 落ち着かない。

 大きすぎる、重すぎた愛なのか執着なのか分からない兄さんからの感情が。


 とても怖くて愛しい。


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